「宇宙探査イノベーションハブ」、第2フェーズへ

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宇宙と地上で使える技術を共同研究

「宇宙探査イノベーションハブ」、
第2フェーズへ

企業等とパートナーシップをむすび、宇宙探査にまつわる多彩な研究に取り組む「宇宙探査イノベーションハブ」。事務局で主任研究開発員を務める布施哲人が、その独自性と来年度からの新たな展開について語った。

社会に還元されることこそが「イノベーション」

科学技術振興機構(JST)のイノベーションハブ構築支援事業に採択され、JAXAに設置された「宇宙探査イノベーションハブ」(通称「探査ハブ」)。外部機関と一緒になって宇宙探査に役立つ新技術の研究に取り組む画期的な組織として、2015年から活動をスタートした。
JSTの支援期間が終了する今年度末までの"第1フェーズ"で行った共同研究はさまざまな成果を上げ、幅広い業界から注目を浴びている。

パートナーとなる主な外部機関は、「探る」「作る」「建てる」「住む」「支援する」ことにまつわる分野の事業を展開したり、研究したりしている民間企業や大学、研究機関だ。

目指しているのは、宇宙探査に役立ち、かつ地上でビジネスになり得る新しい技術をつくり出すこと。そのため、宇宙分野ではない外部機関を主なパートナーとしている。
探査ハブで主任研究開発員を務める布施哲人は、「技術革新を起こすだけではなく、その技術が社会に還元されてはじめて"イノベーション"と言える」と語る。

「便利なサービスなどに利用して一般の人に直接的な恩恵を与えるなど、生み出した技術を、宇宙開発だけでなく私たちの暮らしに役立てることを前提としているのが探査ハブの新しいところ。研究を通して、JAXAは宇宙探査に向けた日本の優位技術を手に入れ、パートナーはビジネス化して利益を得る、というゴールを目指しています」

探査ハブのロゴ
探査ハブのロゴ。ロケットが地球、月、小惑星、火星に至る太陽系の宇宙空間を自由に飛翔し、人類の活動領域拡大を目指すことを表している。

パートナーの募集は、探査ハブ側が設定したテーマに合う研究内容を提案してもらうという形で行っている。
約30名の在籍メンバーが中心となり、毎年15件前後のテーマを決定。公募やコネクションを通じて広く募集した提案を毎年約20件採択し、5年間で計75件の研究を進めてきた。
これまでに設定した研究テーマは、「月面における建設資材の現地生産技術」「昆虫ロボットの研究開発」「水の効率的な分離技術」「次世代太陽電池デバイスの実現」など多岐にわたる。
募集する研究提案は、目指す技術が明確な「課題解決型」と、有効性が期待できる未知の技術や発想の発掘を目指す「アイデア型」、特定の課題にとらわれず挑戦的なアイデアを募集する「TansaXチャレンジ研究」の3種類に分類されているのがポイントだ。

「『TansaXチャレンジ研究』の枠では、もしかしたらすぐに事業化につながらないかもしれないけれど、チャレンジングでおもしろいからやってみよう、というものも選んでいます。JAXAの研究開発の多くは、最初にきちんと予算や計画が決められていて、その通りに遂行し、目指していた目標を達成することが前提。一方、探査ハブは新しい価値を生み出すことを大事するので、狙った通りにはできないものがあるだろうというのは初めから思っていたことでした。だから、見通しはあるけれど、やってみないとわからない研究にも積極的に挑戦します。そういった研究もめげずに継続することで、時期が来ると一気に発展することがある。極端に言うと、"すぐにできるとわかっているような目標ではおもしろくない"。そう考えています」

JAXA相模原キャンパスにある実験場「宇宙探査フィールド」
JAXA相模原キャンパスにある実験場「宇宙探査フィールド」。月や惑星の表面地形や光を模擬した環境で実験することができる。

「最初はすぐに成果が出るか半信半疑で共同研究を進めたけれど、徐々に『もしかしたら、この研究はいいかもしれない』とパートナーが思ってくれるようになり、思いがけない加速をしてくれることがよくある」と続けた布施。
意義を感じたパートナーが社内に新しくプロジェクトチームを作ったり、試作製品を製造するラインを作ってくれることもあるという。

また、研究内容によっては、探査ハブのメンバーだけでなくJAXAの他部門、さらに大学教授など外部の専門家にもチームに参加してもらうこともある。フレキシブルに形を変え、最適な体制をつくっていけることも探査ハブの強みだ。

宇宙開発にも、地上のビジネスにも使える技術を生み出す

布施は事務局として研究テーマの発掘やパートナーの選定をするだけでなく、いくつかの共同研究のメンバーとしても活動している。現在主に取り組んでいるのは、農業分野の研究。そのひとつが、株式会社いけうちをパートナーとした「水利用効率を高めた屋内型ドライフォグ栽培システムの開発」。「ドライフォグ栽培システム」とは、密閉空間に植物を固定し、その中に張り巡った根にドライフォグと呼ばれる"ものに触れても濡れない霧"を散布するという新しい栽培手法だ。

ドライフォグ栽培システムの試作機
ドライフォグ栽培システムの試作機。

「いけうちは、商業施設などにあるドライフォグ機のノズルを製造している会社です。農作物のビニールハウスに設置するドライフォグ機を手がけたことをきっかけに『これを使えば植物を栽培できるんじゃないか』と考えたそうで、そのアイデアが、私たちが設定した研究テーマに合致したので共同研究をすることになりました。
植物は、噴霧することによって徐々に根が細かく、かつ周りの根と重ならないように広がっていく。そして、霧から水を取り込むようになります。
水が極めて貴重な宇宙空間で植物を栽培する場合、通常の水耕栽培のように根を水に浸したり、配管して大量の水が循環させたりするのは難しい。必要最低限の水で育てられるドライフォグ栽培システムは、将来必要になるであろう、宇宙での自給自足にすごく役立つんです。
一方で、いけうちはこの技術を地上でのトマトの栽培にも応用しようとしています。トマトって、水が少ないほうが甘くなるらしいんですよ。無事に成功したら、今までにないような甘い高級トマトの生産ビジネスにつなげられるかもしれません。この研究のように、宇宙開発にも地上のビジネスにも使える技術を生み出すことは、まさに探査ハブが目指すところです」

別チームが進めている研究には、たとえばミサワホーム株式会社、株式会社ミサワホーム総合研究所をパートナーとした「持続可能な新たな住宅システムの構築」がある。

「月の過酷環境で居住できるユニットをつくるための研究テーマに対して、南極の昭和基地を作っているミサワホームに興味を持っていただいたことで始まったプロジェクトです」と布施。共同研究を通じて開発したのは、簡単に設置、拡張・縮小ができるコンテナ型の居住モジュールだ。

居住モジュールのイメージ図
居住モジュールのイメージ図。外面にはソーラーパネルが貼られている。

「今度、南極の観測隊のみなさんに『移動基地』として使ってもらうことになっています。南極のドームふじ基地に向かう観測隊は2カ月かけて雪上車で移動しながら観測活動をするのですが、その間ずっと雪上車のなかで暮らすのはなかなかハードらしく、この居住モジュールを持っていきたいというお話をいただきました。
モジュールには、国内最高基準の断熱技術や太陽光パネルや温度差発電機、振動センサーといったハイテクなものをたくさん入れ込んでいます。宇宙での利用にあたっては、これをそのまま月に持って行くようにはならないと思うんですが、地球の過酷環境である南極で、宇宙飛行士に相当する隊員たちにこの居住モジュールで生活してもらうことにより、いろいろなことがフィードバックされてくるので、それを将来の月面拠点の設置を考えることに活かしたいと思います」

輸送時のイメージ図
輸送時のイメージ図。雪上車が居住モジュールを牽引する。

研究テーマを宇宙探査以外にも広げる第2フェーズへ

探査ハブの今後について、「来年度からはさらにパワーアップします」と布施。5年間の科学技術振興機構の支援が終了することを機に、さらなる展開を目指すという。

「まずはJAXAの人たちをさらに巻き込んで、これまで宇宙探査分野に限っていた研究テーマを他分野にも広げていきたいと考えています。外部からの研究の募集はこれまで通り続け、『こういうテーマの研究がしたい』と手を挙げたJAXA職員にテーマリーダーを務めてもらい、パートナーを選定していく形になる予定です。その第1弾として、有人宇宙技術部門の人たちと一緒に医学分野のテーマ設定に取り組み、それも含めて今年度から新たに20の共同研究を開始します。ゆくゆくは、ロケット、衛星というふうに、どんどん分野が広がっていったらいいですね」

また、公式サイト内に活動内容を端的に紹介する「宇宙探査イノベーションハブ ビジョン」ページを新たに公開。より多くの人に探査ハブを知ってもらうために、わかりやすく伝えることを意識した構成になっている。

ひと区切りを迎え、いよいよ第2フェーズへと進もうとしている探査ハブ。さらなるイノベーションを生み出すための取り組みが始まっている。

新しく公開されたWEBページ「宇宙探査イノベーションハブ ビジョン」
※クリックすると「宇宙探査イノベーションハブ ビジョン」のサイトが開きます。

Profile

布施哲人

主任研究開発員
布施哲人 Fuse Tetsuhito

千葉県出身。衛星運用部門でのネットワークシステム開発や、国際宇宙ステーションの実験装置開発、国際パートナーとの計画調整を担当。その後、経営推進部で予算調整に携わり、探査ハブの立ち上げにも関わる。2015年より、立ち上げ当初の探査ハブに加わり、制度設計や運営を担当。趣味はバックパックスタイルでの貧乏旅行。

取材・文:平林理奈

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