日本の味が、宇宙開発を支える

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宇宙の視座でものを見る / 宇宙食編

日本の味が、宇宙開発を支える

生きることは、食べること。それは宇宙空間でも変わらない人間の営み。
多国籍な人間同士が同じ時間を共有し、共存する国際宇宙ステーション(ISS)においては
なおのこと、食事の時間は大切なコミュニケーションの場になる。
慣れ親しんだ日本の味を、宇宙でも変わらずおいしく味わってもらいたい。
そんな想いを宇宙飛行士へと届けるため、日々邁進するJAXAの佐野 智主任研究開発員と
須永 彩主事が、「宇宙日本食」について語った。

安全な宇宙食が、
地上の食事も支えている

—今後、野口聡一宇宙飛行士と星出彰彦宇宙飛行士が国際宇宙ステーション(ISS)に長期滞在を予定しています。まさに今、おふたりに必要な宇宙食の準備をしているときでしょうか。

須永

はい、宇宙食の準備のほかにも、衣服に始まり、歯ブラシなどの身の回り品の運用管理もまた、我々宇宙飛行士健康管理グループの業務で、それら諸々で絶賛バタバタしています(笑)。

—基本的なことですが、宇宙食の概念と条件について教えてください。

須永

宇宙食とは、宇宙滞在を行う宇宙飛行士が安心・安全に食べられるように開発・製造される食品です。現在のISSでの宇宙食の条件としては、宇宙飛行士の健康維持に必要な栄養が確保されていること。常温で、少なくとも1年半の賞味期限を有すること。宇宙は地上と違い微小重力環境なので、液体や粉末が飛び散らないこと。そして絶対に食中毒にならない、高度な食品安全管理下で製造されていることなどが挙げられます。

宇宙日本食のしょうゆラーメンを食べる油井宇宙飛行士。ラーメンは飛び散らないように粘性を高めている。
宇宙日本食のしょうゆラーメンを食べる油井宇宙飛行士。ラーメンは飛び散らないように粘性を高めている。©JAXA/NASA

佐野

食品安全管理と言えば、HACCP(ハサップ:Hazard Analysis Critical Control Point)をご存知ですか?アポロ計画が進められていた1960年代に、宇宙食の安全性を確保するためにNASAやアメリカの食品企業、陸軍などによって構想されたものです。現在の宇宙食にもまた、このHACCPの考え方が組み込まれているんです。

—具体的にHACCPとは、どういうものですか?

佐野

食べ物の安全性を確実に確保するには、原材料の受け入れから最終製品までの工程ごとに衛生的に取り扱うことが必要です。そのため、どの工程で微生物や異物混入が起きやすいか、あらかじめ予測・分析して、被害を未然に防ぐための監視・記録をする衛生管理手法、それがHACCPです。現在HACCPは日本の食品業界でも広く活用されているんですよ。HACCPは宇宙のために開発され、それが地上でスピンオフされたひとつの事例と言えますね。

—宇宙食といえば、現在NASAとロシアが提供している宇宙食が「標準食」と呼ばれています。

須永

宇宙に長期滞在する宇宙飛行士たちはみんな「標準食」をメインに食べています。各国の宇宙飛行士に合わせた、その国ならではの宇宙食の開発が進められてきました。日本でも、食品メーカや団体の協力のもと、日本の家庭で通常食されているような食品を「宇宙日本食」としてJAXAが認証をしています。日本人宇宙飛行士の場合、それを「ボーナス食」という位置付けでISSに持って行き食べることができるんです。

—宇宙に長期滞在中、宇宙日本食はどのぐらいの割合で食べられるものですか?

須永

割合としては、宇宙食全体の15%から20%ぐらいになります。そもそも宇宙日本食とはISS長期滞在中に、日本の味を楽しんでもらい、精神的なストレスを和らげ、仕事の効率の維持・向上につなげることを目的に開発されているものですが、それは食品メーカの協力のもと、成立しているんです。

—JAXAには「宇宙日本食事務局」があります。その事務局が窓口となって、食品メーカや団体から宇宙日本食となる食品を募集していますね。

須永

そうです。宇宙日本食としてその食品が認証されるには、最初にお伝えした宇宙食の基本条件のほか、JAXAが設定している「宇宙日本食認証基準」を満たすべく、書類審査や1年半の保存試験、食品に対する各種検査や専門家立会いの工場立入検査など、厳しい基準を乗り越えなければなりません。なので受付から宇宙日本食認証取得まで2年以上はかかってしまうんです。

宇宙日本食ロゴマーク(左:認証食品、右:搭載食品)
宇宙日本食ロゴマーク(左:認証食品、右:搭載食品)(※ロゴマークをクリックすると宇宙日本食の認証ページが開きます)

—2年という期間は、メーカにとってはハードルでしょうか。

須永

申請メーカに聞くと、皆さん、2年は長いと言われます。メーカとして2年以上の期間や開発費用をかけて、宇宙日本食の認証取得するその意義や効果とは何か、考えてしまうところだと思いますし、我々JAXAもまた、宇宙日本食はメーカの支えがなければ成り立たないので、より多くのところが参入したくなる環境を整えることが重要だと感じています。さまざまなハードルを乗り越えて認証取得にチャレンジされるメーカというのは、宇宙というフィールドに参入し、貢献することでの自社の成長を信じていますし、また認証取得することで、改めて自社食品の品質の高さを打ち出すことができます。それはメーカのイメージアップにつながるだけに留まらず、今後の日本の宇宙開発を支える技術が生まれる起爆剤にもなっていると思うんです。

佐野

そもそも日本食は栄養価が高く、おいしい食事として海外で人気です。メーカも日本の高い食品加工技術に誇りを持っていますし、宇宙食としても親しんでもらいたい。ISSの団欒を支える食事になることを願っているんですね。

—宇宙日本食は、他国の宇宙飛行士も食べられるのですか?

佐野

ISSでは宇宙飛行士が自国の宇宙食を持ち合い、交換して食べていました。それがコミュニケーションを円滑にすることにもなっているようです。実際にISSに搭乗した日本人宇宙飛行士に話を聞くと、日本文化を紹介することも兼ねて、宇宙日本食を積極的に振舞っていたそうです。

各国の宇宙飛行士たちと食事をする野口宇宙飛行士
各国の宇宙飛行士たちと食事をする野口宇宙飛行士©JAXA/NASA

須永

他国の宇宙飛行士が宇宙日本食を持っていきたいというリクエストがあれば、提供できるようにしたい。それが日本の各国への貢献にもつながりますし、宇宙日本食に認証されたメーカも同じ想いでいます。現在、日本人宇宙飛行士がISSに搭乗するのは約1年~1年半に1度のペースなので、宇宙日本食の購入もそのペースでしか行われないです。それが今後、例えばNASAやロシアの宇宙飛行士にも提供できるようになると、企業であれば宇宙日本食をビジネスとしてとらえることができるようになると思っているので、より民間を巻込むきっかけになると考えています。

—水やお湯を加えることで戻して食べるスープやご飯類をはじめ、カレーなどのレトルト食品、キャンディ-やビスケットといった加工食品などの、宇宙食の種類は様々ありますが、生鮮食品が宇宙食の位置付けになるのが意外でした。

須永

地球の土の感覚や匂いを感じさせる青果は、宇宙飛行士の活力につながります。日本からも、種子島宇宙センターから打ち上げる宇宙ステーション補給船「こうのとり」が、これまでりんご、みかんなどの柑橘類、ぶどう、マスカット、たまねぎ、パプリカなど、様々な生鮮食品を届けています。生鮮食品は各国の補給船が打ち上げられるタイミングで搭載されます。搭載の条件は、生で食べられるもの、ISSに到着するまでを模擬した環境下で4週間以上保存がきくものなどがあります。

佐野

なかでもたまねぎは、宇宙飛行士に人気ですね。ごみを減らす為に表面の茶色い皮は剥いた状態でISSに届けるのですが、調味料も使わず生のままかじりつく宇宙飛行士も多いです。地上ではあまりない光景ですけど、宇宙では滅多に食べることができない生鮮食品ですから、かじりたくなるようなんです(笑)。

須永

NASAの宇宙食にトルティーヤがあるんですが、「こうのとり」7号機が届けた北海道産の生のたまねぎをスライスして、チーズやサラミと一緒に、ハンバーガー風にして美味しそうに食事をする宇宙飛行士の姿がJAXAの公式You Tubeチャンネルにアップされているので、ぜひ見てもらえればと思います。

宇宙日本食を選ぶ。
地上でもそんな時代が来る可能性

—率直に、宇宙日本食が抱えている課題はありますか?

須永

そうですね、現在20社/団体による36品目の宇宙日本食がありますが、食品のバラエティが偏っていることでしょうか。やっぱり宇宙という環境下を前提とすると、どうしても加工しやすいレトルトや缶詰食品が多くなってしまうので、特に副菜系のおかずは足りていないかな、という印象です。

—時間がなく急ぎつまみたいとき、じっくり味わいながら食べたいときなど、地上にもよくあるような食事のシチュエーションに合わせた宇宙日本食があっても良さそうですね。

須永

おっしゃる通り、今は作業で忙しいからワンハンドでサンドイッチを食べたいとか、そのときどきで食べたいものって変わりますよね。食品のバラエティを増やすという視点において、そのときどきのシーンに合わせた宇宙食の開発というのもとても大事な視点だと思います。

—その課題を踏まえつつ、宇宙日本食の今後の可能性と未来について、考えを聞かせてください。

佐野

JAXAは今、火星も視野に入れながら、月を周回する有人拠点や、月面での有人探査などを行う国際宇宙探査に参画を表明しています。つまり今後はISSよりさらに遠い距離を人間が移動することに。火星探査ともなれば、往復で3年くらいはかかりますし、さらに月や火星での滞在期間にも食事は摂ります。なので今後は大量の宇宙食を持っていくことや、宇宙での食料生産も課題になります。それはまだ先の話ですが、まずは宇宙日本食をISSで標準化したいですね。日本の食品の存在感を高めることが、未来の宇宙探査に役立てると信じています。

須永

日本は自然災害の多い国です。そういうなかで、宇宙食は常温で1.5年保管ができて栄養価も高く、何よりおいしく食べることができます。ですからいざという時の備えとして、防災食への転用になると思っています。また今後、高齢化社会が進んでいきますが、小さく安全な容器の中に収められた宇宙食は、食事の負担が懸念される高齢者の方にも役立てるような気がしています。

宇宙日本食の緑茶を飲む金井宇宙飛行士。飲みやすいようコンパクトなパッケージに入っている。
宇宙日本食の緑茶を飲む金井宇宙飛行士。飲みやすいようコンパクトなパッケージに入っている。©JAXA/NASA

佐野

地上の場合、温かいスープを飲もうとすると、100℃の熱湯を注ぎますが、宇宙ではお湯を沸騰させることはないんです。そのためお湯をつくる際も、火傷の危険性を避けるため100℃までは沸騰させず、60~80℃のお湯をつくるんです。熱湯を注がなくても美味しいスープが飲める。そんな宇宙食は高齢者の方にも危なくなく、食べていただけます。また、無重力環境で飛び散らないように粘性を高めているので、寝たきりの方も食べることができます。

—地上では様々な食の選択肢がありますが、そのなかでも宇宙日本食を選ぶ。そういう時代が近い将来訪れるかもしれませんね。

須永

我々JAXAは宇宙開発・宇宙利用が大きなミッションですが、その中で生まれた技術を地球上の社会問題の解決につなげていくこともまた大切なミッションです。防災食も高齢者の方のための利用も、まだ確固たる道筋があるわけではありませんが、宇宙食には様々な可能性がある。そう信じてその可能性を広げていきたいです。

  • 画像をクリックすると、拡大で表示されます。
宇宙日本食のパッケージに宇宙飛行士の食欲がそそられるようなデザインを掲載する取り組みも開始している。

Profile

佐野智

有人宇宙技術部門
宇宙飛行士・運用管制ユニット
宇宙飛行士健康管理グループ
主任研究開発員
佐野 智 SANO Satoshi

山梨県出身。入社以来、食品・製薬企業等と連携した宇宙実験を担当。また、宇宙での機能性食品や睡眠、ハイセツ、鍼灸などの生活系研究会も推進。現在、宇宙食・健康管理技術担当。週末は畑で有機野菜を育て、たくあん作りにも奮闘中。

須永彩

有人宇宙技術部門
宇宙飛行士・運用管制ユニット
宇宙飛行士健康管理グループ
主事
須永 彩 SUNAGA Aya

群馬県出身。現在、宇宙食・生活用品・生鮮食品を担当。"宇宙をもっと身近に"をモットーに、企業等との連携や宇宙日本食のPRに邁進中。元々食べる事が好きで、夢にまで見る自分の食欲が悩み。最近は下町の銭湯とサウナに夢中。

取材・文:水島七恵 イラスト:阿部伸二

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