月は地球のタイムカプセル

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月裏側のカラー合成モザイク画像(※月と地球の配置はイメージです) 地球の画像:©NASA

宇宙の視座でものを見る 宇宙開発・科学編

月は地球のタイムカプセル

太陽とともに、もっとも身近な天体のひとつである月。人類の生活や文化と密接に関わりあってきた月を知ることは、地球がどのように誕生したのかという、私たちがつねに抱いてきた根源的な問いに答えていくことでもある。月と地球の深いつながりのこと、そして現在進行中の月探査について、惑星科学者の大竹真紀子助教と佐藤広幸研究員は語る。

天体としての歴史を
月と地球は一緒に歩んできた

—まず、月誕生の背景について教えてください。

大竹

太陽系が誕生して間もない頃、成長途中の地球に火星クラスの大きな天体が衝突しました。その破片が集まって月が誕生したというジャイアント・インパクト説が一番有力だと言われています。つまり月の形成と地球が出来上がっていくタイミングが同時期であったと考えられているので、そういう意味では地球にとって月は距離的に身近なだけなく、天体としての歴史を一緒に歩んできた切っても切れない関係、それが月と地球なんですね。

—例えば潮の満ち引きは、月の引力によって起きていることはよく知られていますが、もしも月が存在していなかったら、地球の環境は今とはまったく違ったものになっていたのでしょうね。

大竹

その可能性が十分ありますね。1年に数cmずつ、月は地球から遠ざかっていること知っていますか?つまり過去に遡れば遡るほど月と地球の距離は近く、地球は月の影響をもっと深く受けていたに違いありません。

—月を考えることは、同時に地球を考えることにもつながりますね。

佐藤

そもそも私たち惑星科学者とは、なぜ私はここに存在しているんだろう?地球はどのように誕生したのだろう?といった、人類の根源的な問いが出発点にあり研究を重ねているわけですが、月の研究を通して私自身は地球の成り立ちを学んでいるような感覚があります。例えば月はなぜ地球のような天体にはならなかったのか?それは質量が足りなかったからだ、とか。このように月をはじめとする様々な天体と地球を比較することで、地球が存在するための条件が絞られていきます。加えて惑星科学者にとって、月ほど研究しやすい天体というのは、ほかにはあまり見当たらないんですよ。

—それはどういうことですか?

佐藤

月は地球の4分の1の大きさとコンパクトですし、月には大気や水がないので、地球のような活発な風化作用や侵食作用がありません。昔は火成活動で溶岩が噴き出して地表の一部を覆うなど活発な変化がありましたが、現在はたまに隕石が当たって地表が掘られるという程度です。地表面にほぼ変化のない状態で長い期間保たれるので、クレーターはどのように形成されるのかなど、地球も含むほかの天体と比べて研究するにはとてもいい天体なんです。

ハイビジョンカメラがとらえた月面
ハイビジョンカメラがとらえた月面 ©JAXA/NHK

—今のお話を伺いながら、前号のJAXA'sの取材で宮崎理紗研究員(JAXA)の言葉を思い出します。「月は早々に地殻が冷え固まったので、地球に比べてとても古い過去の情報も保存され続けている」と。

大竹

だから私たちは「月は地球のタイムカプセルだね」とよく言うんです。地球は今から46億年前に出来たことがわかっていますが、地殻変動などのある地球では、30数億年より前にできた岩石はほとんど残っていません。一方で天体形成初期に冷え固まった地殻が露出している月には、40億年を越えるような岩石が、地表にごろごろと転がっている。だから地球のことを知りたければ、月を知ることが近道なのかもしれないです。

—と言うことは大竹さんも佐藤さんも、まずは地球を知りたいと思っていたのでしょうか?

大竹

そうです。生命を生んだ地球。この環境は水だけでも、大気だけでも生まれない。そんな地球の環境は宇宙にとってどれほど普遍的な存在なのか。そのことに私は興味があるんです。そのうえで地球のはじまり、一番古い時代の岩石を調べたいと思って、その時代の岩石があるなら世界中どこにだって行くと意気込んだんですが(笑)、どれほど遡ろうとしても38億年ぐらい前の岩石しか手に入らなくて、最初の8億年がわからない。それで月に興味が向かったんです。

佐藤

私自身も、最初は自分が生きているこの地球の大地がどのようにできたのかを知りたくて、もともとは山に登り石を拾って、地質図を描いていました。地質図とは表土の下に、どのような種類の石や地層が分布しているかを記したものなんですが、あるとき地球以外の天体の構造にも興味をもって、火星の地質の勉強を始めました。当時はまだJAXAの月周回衛星「かぐや」がなかったので火星を選んだのですが、しばらくするとアメリカのほうで月探査衛星が打ち上がるから来ないか?と言われて、そこから月の研究を始めました。

—NASAによるアポロ計画も実現させましたし、月と言えばアメリカの印象があります。

佐藤

確かにアメリカで月の研究ができるということはラッキーでした。研究会で「では月の地質の話をします」と言って出てきたおじいさんが、「いやあ、あのあたりで月面車を飛ばしたな」と言い出して、誰だろう?と思ったら、アポロ計画で月面着陸した経験を持つ宇宙飛行士だったり(笑)。アメリカにとって月は本当に身近な存在なんです。そんなアメリカで、私は高解像度のカメラで撮りためた月の画像補正を行いながら、月の研究をはじめました。

月面の宇宙飛行士
月面の宇宙飛行士 ©NASA

「かぐや」の探査データをもとに
SLIMは月面着陸を目指す

—月探査といえば、JAXAでは2007年に打ち上げられ2009年にそのミッション終えた「かぐや」。そして現在、小型月着陸実証機SLIMの打ち上げが2021年度に控えています。

大竹

「かぐや」は世界で初めて月の全球で15種類の観測データを取得し、元素や鉱物の分布、重力分布、地形などを調べました。結果、例えば分光観測データでは高分解能の月面観測データが大量に得られ、月の内部を理解するためのカギとなるカンラン石を多く含む岩石(カンラン岩)の分布場所も特定することができました。「かぐや」の観測によって"月面上のどこか"ではなく、"あのクレーターで放出された岩石"にまでフォーカスできるようになったんです。そのうえでSLIMでは「かぐや」のデータをもとに、カンラン岩の分布場所にピンポイント着陸し、月面での科学観測を行う予定です。

「かぐや」のデータをもとに選定したSLIMの着陸目標地点。(月の低緯度地域にある「神酒(みき)の海」付近)
「かぐや」のデータをもとに選定したSLIMの着陸目標地点。(月の低緯度地域にある「神酒(みき)の海」付近)

佐藤

どんどん解像度が上がっていく月面観測データによって、今まで発見できなかったクレーターが見つかる。そのクレーターには大抵まだ名前がついていなく、SLIMで目指すクレーターもまたついていなかったので、プロジェクトチームで名前を考えて、新しく登録しました。

—SLIMにおいておふたりはどんな役割を担っているのでしょう?

大竹

SLIMにはひとつ、分光カメラという観測機器を搭載するのですが、私はその観測機器と探査機本体のあいだを取り持つペイロード・マネージャを担当しています。高精度な着陸技術の実証がミッションのSLIMは、その名の通り、既存の探査機に比べてもかなり小型・軽量化された探査機です。そんなSLIMにひとつだけ、なにかを搭載できるいうことになり、みんなで議論した結果、分光カメラを載せようという話になったんです。ピンポント着陸したあともせっかくの機会だから観測したいですね、と。

小型月着陸実証機SLIM
小型月着陸実証機SLIM

佐藤

私はその分光カメラにつける、フォーカス機能の開発を主に担当しています。今回SLIMに搭載できるのはとても小さなカメラです。そのカメラで例えば30m先にあるカンラン岩の表面の結晶を見たいということになると、フォーカス機能がないと困るんですね。それもマニュアルで一回一回ピントを合わせていられないので、オート・フォーカス機能であることが重要で、実現させるためには高度なアルゴリズムの検証が必要です。それがうまくいけば、カンラン岩の構成物質である結晶粒径の観測などもできるかもしれません。

—オート・フォーカス機能の開発というと、それは科学ではなく、エンジニアリングの領域のように感じますが、そこも佐藤さんが担われるんですね。

佐藤

おっしゃる通りエンジニアリングの領域まで担当します。これは私に限らずJAXAで惑星探査に取り組む科学者は、カメラのハードウェアをゼロベースから作って、キャリブレーション(画像補正)までやる人間が多いです。

大竹

惑星探査に取り組む科学者は、結果的にエンジニアリングにも詳しくならざる終えないんです。「私は科学者だから、データを解析する部分だけをやりたい」と思っても、そもそも欲しいデータが手元にない場合も多い。となると、自分自身でデータを取りにいくしかないですよね。だからこそある程度の範囲は自分でエンジニアリングの部分も担わないと、自分のやりたい研究はできないんです。

佐藤

だから今回、自分で作った分光カメラを実際の探査機に乗せて、宇宙へ打ち上げて、月に着陸して、撮る。そしてその撮ったデータが送られてくるという挑戦に、本当にワクワクしています。

—話を伺いながら、ますます期待が高まりました。

大竹

SLIMが月面へ緩やかに降下し、地面に着陸するソフトランディングを行うには、大量の燃料が必要になってくるんです。それは、月は小さいとはいえ重力を持っているので、厳密な制御をしながら降下しないと一気に落ちてしまうからです。もともとSLIMは将来の火星探査に向けた技術を蓄積するという狙いもありますが、火星よりも月のほうが着陸するには難しい部分もあるといわれています。火星は重力に加え、月にはない大気を少し持っています。その大気がブレーキとなって降下がしやすくなるんです。月にピンポイント着陸することは相当にチャレンジング。私自身もワクワクしています。

月は解明されたベースとなる知見があるからこそ
よりサイエンスを深められる

—惑星科学者として、おふたりの研究欲を掻き立てる本質的な動機とは何でしょう?

佐藤

まだ世の中で解明されていない物事に挑みたいという欲求ですよね。そしてそれが解明されたときに人類の知識レベルが一歩前に進んだという喜びがあるからこそ、研究を続けられるのだと思います。私の場合は、カメラなどの探査ツールの開発や月の全球地図の制作に携わることです。自分の研究にだけでなく、世界中の研究者に使われ、新たな発見や進歩が生み出されるんです。

—月の地図を佐藤さんが作っているんですね。

佐藤

はい。今、「かぐや」のデータを使って地図を作っています。その地図が美しいものになるか、醜くなるか。それは我々の手にかかっています。同時にアメリカからの依頼もあって、月の極域データを使った地図も作ろうとしています。アメリカからは早く作ってくれと言われているんですが(笑)、太陽が常に横から照らされているので、画像の補正がすごく難しいんです。でも、私がそれをやらないと世の中にその地図が公開されないので、プレッシャーを感じながらもとてもやりがいに感じています。

大竹

私は佐藤さんよりもセルフィッシュな人なので(笑)、もっと自分のために研究を続けているところがあります。それは先ほどお話したように、素直に地球のことをもっと知りたいという気持ち。月を調べることで地球へとつながっていく。それが自分にとっての大きなモチベーションになっていますね。そして地球をよく知れば、地球に似た性質を持つ天体を知ることにもつながっていきます。

月高地領域(ジャクソンクレータの中央丘)で見つかった純粋な斜長岩(青い部分)。
カラーは「かぐや」のマルチバンドイメージャ画像からの処理によって作成。

—まさに月と地球は切っても切れない関係、ですね。

大竹

月というとアポロ計画で持ち帰ったサンプルがあるし、宇宙飛行士も着陸しているし、ほかの天体に比べて明らかになっている範囲が広いため、「なぜ今、月なの?」と言われることがたまにあるんです。確かにその通りなんですが、でも、そのベースがあるからこそ、わかっていることがあるからこそ、よりそこからサイエンスを深められる。その楽しさが月にはあるんです。

Profile

大竹真紀子

宇宙科学研究所 太陽系科学研究系助教
大竹真紀子 Ohtake Makiko

兵庫県出身。月周回衛星「かぐや」による月面分光観測データを用いた月の起源と進化解明、将来月着陸探査に向けた分光観測機器の研究などを行う。月惑星探査データ解析グループにも所属。趣味は山登り。山登りの途中で面白い石を見つけては立ち止まることもしばしば。

佐藤広幸

宇宙科学研究所 主任研究開発員
佐藤広幸 Sato Hiroyuki

山形県出身。月惑星探査データ解析グループに所属し、「かぐや」や米国月周回衛星LROのデータを用いた地図作成、月の反射散乱特性の研究などを行う。趣味はキャンプと登山。サーフィンも趣味と言いたいが、長続きしないことが悩み。

取材・文:水島七恵

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