J-SPARC

JAXA TIMES「J-SPARC」(新事業促進部)

約20のプロジェクトが進行中。
JAXAと企業が共創する新しい宇宙ビジネス

新事業促進部が進める「J-SPARC」は、企業等とJAXAが一緒になって宇宙ビジネスの
立ち上げを目指すプログラム。
プロデューサーを務める高田真一と菊池優太が、これまでの成果とこれからの展望を語った。

J-SPARCプロデユーサーの高田(左)と菊池(右)。

イノベーションを起こすJAXAの"出島"

JAXAの新事業促進部が目指すのは、宇宙ビジネスが日本において大きな産業となり、身近なところに宇宙事業や宇宙技術があふれている状況をつくること。そのために、宇宙利用の拡大や、産業振興につながるさまざまな取り組みを行っている。

そのなかのひとつである「宇宙イノベーションパートナーシップ」、通称「J-SPARC(ジェイ・スパーク)」は、2018年5月に立ち上げた新しい研究開発プログラムだ。宇宙ビジネスのアイデアを持つ民間企業等とJAXAが人的リソースや資金等を持ち寄り、企画段階から一緒になってコンセプトを共創。必要な技術開発・実証などを行い、新しい事業を創り出すことを目標にしている。

J-SPARCコンセプトムービー

菊池は、J-SPARCの立ち上げの背景について「日本の宇宙利用を拡大していくためには、まずJAXA自身がイノベーションにつながる挑戦型組織であることが必要」だと言う。

「大きな組織単体では、新規事業やイノベーションを起こすことがなかなか難しい。そこで立ち上げたのがJ-SPARCです。外部の企業や組織と組むことで、マインドやスピード感、意思決定の価値観も、既存とは違うものに触れられる。その結果、まったく新しいものや技術革新を生み出せるのではないかと考えました。

J-SPARC活動の最前線拠点である東京・日本橋の「X-NIHONBASHI」コワーキングエリア。

J-SPARCは、JAXAのイノベーションを牽引する"出島"のようなものなんです。今までJAXAの仕事は、ほとんどが国の予算を使ったものだったので、着実、確実にやっていくことが求められました。民間ビジネスを出口に、ある意味で失敗を繰り返しながらでも大きなチャレンジをし、JAXA自身も新たな技術獲得を目指すのがJ-SPARCのコンセプトです」

「X-NIHONBASHI」の空間デザインには、そこかしこに宇宙の要素が取り入れられている。トイレのサインは宇宙人。

技術が発展するにつれて、企業のなかでの宇宙事業の捉え方も変化してきた。これまで宇宙開発といえば、国が主導するプロジェクトが中心。それが今、宇宙事業は企業が新規事業を立ち上げる際の候補のひとつになっている。それについて、菊池はこう続ける。

「新規事業担当者が上層部に『今、宇宙が盛り上がってるから、なにかいいビジネスアイデアを』と求められる時代。これまで宇宙事業に取り組んできた企業だけでなく、宇宙業界に新しく参入したいと考えている異業種とも積極的に組んでいきたいと思っています」

パートナーに求めるのは、揺るぎない熱意

J-SPARCの立ち上げから約1年。これまでの問い合わせ件数は150件を超え、現在、事業化に向けて約20のプロジェクトが進行している。特徴的なのが、小型ロケットの開発から、宇宙食料関連マーケットの開拓、宇宙空間を体感できるVR、宇宙飛行士の訓練内容を活かした教育プログラムまで、ジャンルが多岐にわたっていることだ。

Space BDと増進会ホールディングス(Z会グループ)をパートナーに、宇宙飛行士への訓練方法を活用した教育事業を進めている。宇宙飛行士に求められる変化への対応力、価値創造力、課題解決力などの訓練方法を活用し、幼児教育から企業の採用・研修等に至るまで全世代を対象とした次世代教育だ。

事業テーマの例として「人類の活動領域を拡げるテーマ」「地上の社会課題を解決するテーマ」「宇宙を楽しむテーマ」の3つを設定。特に「宇宙を楽しむテーマ」では、これまでほとんどなかった"宇宙にまつわる個人向けサービス"を想定している。

高田は、これについて、「一般の方にしっかり届けられるものを作っていきたい」と話る。

「例えば『AVATAR X Program』のような、地球にいながら宇宙環境を体感できるようなサービスを創り出していけたらいいですね。それに、個人が宇宙旅行に行ける日もそう遠くはないはずです。実現に向けて、できるところからどんどん事業創出を進めていきたいと考えています」

アバター技術(遠隔存在技術)を利用した「AVATAR X Program」。ANAホールディングスと共同で企画運営を行い、宇宙空間での遠隔建設、宇宙ステーションや宇宙ホテルの遠隔運営、宇宙空間でのエンターテインメントビジネスなどの事業化を、さまざまな企業と共に目指す。

事業アイデアの提案は常時受け付けており、対話を経てパートナーを決定する。ベンチャー企業から大企業まで多様なパートナーと一緒にプロジェクトを創っていくのが、菊池や高田をはじめとする10名のプロデューサー陣。衛星データ利用、宇宙輸送、探査、ロボティクスなど、各々が多様な専門分野を持ち、プロジェクトの内容に応じて担当を決めている。高田がパートナーとの対話の際に重視しているのは「熱意」だ。

「最後までやり通そうとするパートナーの意志の強さがなによりも大事。そのうえで、事業の規模や実現可能性、JAXA技術基盤との関連性を見極めながら、パートナーと事業コンセプトを共創していきます」

進行中のプロジェクトのひとつである「Space Food X」。約30以上の企業・大学・研究機関などが参加し、宇宙と地球上における食料の生産・供給に関する課題解決に取り組み、世界初の「宇宙食料マーケット創出」を目指している。

民間ロケットやヘルスケア、そしてスポーツも。想い描く未来とは

ふたりにこれから取り組んでみたい分野について聞くと、高田は宇宙輸送サービスに着目しているという。

「宇宙ビジネスを発展させていくうえで、宇宙へ到達し、そして更に遠い目的地へ行き、また、必要に応じて地上へ戻るため、輸送手段の確保が極めて重要です。しかし、まだ宇宙への輸送手段は限定的で、輸送コストも高い。そこに民間のアイデアで改革を起こしたいんです。今、アメリカ等の諸外国では、ロケット開発に取り組むベンチャー企業がたくさん誕生し、いくつかの企業は打ち上げに成功しています。これまで宇宙開発を牽引してきた日本においても、民間ならではの宇宙輸送サービスを創出していきたいと思っています」

さらに、国際宇宙ステーション(ISS)の利用についても目論見がある。

「私は以前、宇宙ステーション補給機『こうのとり』でISSにモノを届ける業務に携わっており、"人がいるISSっていいな"と思っていて。人が宇宙にいることで伝えられる経験、地球での生活だけでは気付けない拡張体験も多くあるといいます。ISSは、地球から一番近い宇宙(=地球低軌道)を飛んでいる。この"地球低軌道"の場を、将来的には、誰もが使える、規模の大きな経済活動の場として発展させていきたい。その第一歩として、今までISSについて知らなった人も楽しめる仕掛けを今年度中に立ち上げていきたいと考えています」

「X-NIHONBASHI」にあるモニターには、国際宇宙ステーションの窓から撮影した映像が流れている。まるで宇宙船から地球を眺めているよう。実はこのプロダクトも、京都でデジタル窓を開発しているAtmoph社が、J-SPARCへ事業提案したことがきっかけで生まれた。」

一方、菊池が関心をもつのは、スポーツとヘルスケアの分野だ。
「今よりも多くの人が宇宙に行けるようになると、必然的に新しい食や、健康、エンタメなどいろんなものが生まれるはずです。そのうちのひとつとして、事業ポテンシャルや社会へのインパクトの観点でスポーツ分野に注目しています。それからヘルスケア。美容分野でもいろいろできることがあると思います。今は、宇宙に興味をもつ人には男性が多いので、女性向けの分野にも進出できたら、これまでとはまったく違う層を取り込むことにもつながると思います」

始動から1年が経ち、高田は手応えを実感している。

「熱意あるパートナーとさまざまな壁を乗り越えながら共創することで、さらに新たな資金調達や人材確保が図られたりしています。携わる私たちも新しい技術や知見が得られ、仕事のやり方も徐々に変わりつつありますね」

「X-NIHONBASHI」は、宇宙ビジネスを志す人たちであふれている。プロジェクトを前進させるための密な打ち合わせは、ここで行われることも多い。

世界規模で宇宙ビジネスが急速に進展するなか、JAXAへの産業界からの期待は年々大きくなっており、研究開発法人としての新たな役割が求められている。民間とのイノベーションの創出を目指して技術やアイデアを共創するJ-SPARCは、JAXAにとっても新たな挑戦。熱い想いを原動力に、新しい宇宙ビジネスの数々、そして技術革新を今日も着実に前進させている。


Profile

高田真一 Takata Shinichi
兵庫県出身。ロケットのエンジン開発や事業推進、宇宙ステーション補給機「こうのとり」の開発・運用、米国・ヒューストンでの国際調整などを経て、現職。米国滞在中に体感した米国の事業創出モデルの本質を取り込みつつ、日本流の事業創出を目指す。主な担当は地球低軌道を活用した有人宇宙ビジネス、宇宙輸送ビジネスなど。趣味はピアノとNFL観戦。「アメフトは、アメリカ人との対話ツール」。


菊池優太 Kikuchi Yuta
大分県出身。ロケット部門の事業推進や、宇宙教育センターにて外部機関と連携した教育事業を担当したあと、大手広告代理店に出向。その後、ミッション企画部(当時)でJ-SPARCの立ち上げに携わる。主な担当は、宇宙旅行・衣食住ビジネス、コンテンツ・エンタメビジネスなど。趣味は、スポーツ全般、異業種交流。夢は、「月面オリンピックを実現し、自ら実況すること」。


取材・文:平林理奈

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