気候変動観測衛星「しきさい」

宇宙の視座でものを見る / 宇宙開発・利用編

気候変動観測衛星「しきさい」
地上の光が、地球を彩る

例えばこの土地はどんな植生があるのか。海面温度は何度なのか。雲はどこにどれだけあるのか。気候変動観測衛星「しきさい」(GCOM-C)は、地上の光を通じて大気や植生などに関する観測を行っている。「しきさい」が日々捉える地球の営み。
そのミッションを支える宮崎理紗研究開発員は語る。

「多波長光学放射計」が取得した、冬の日本の植生分布(2018年1月6日~2月9日)。積雪域は白く抜け、山岳部では植生の活性度が高く、都心部では植生量が少ないことがわかる。(画像の右上側が北)

人間は特定の波長を
「色」として感じている

—まず、何より「しきさい」が捉えた地球の彩りに目を奪われました。

宮崎

美しいですよね。「しきさい」は、ほぼ2日に1回の頻度で地球全体の観測が可能で、それも250mという高解像度で地球の姿が見えるというのは魅力だと思います。そもそも「色」は「光の存在」によって見ることができます。光は電磁波の一種ですが、その波の間隔を「波長」と呼んでいて、人間は特定の「波長」の光を色として感じているのです。「しきさい」は、可視光をはじめ、紫外線や赤外線など、19種類の波長を観測できるセンサである「多波長光学放射計」を搭載し、大気や陸海を観測しています。

—可視光は人の目で見える波長ですが、紫外線や赤外線などの波長は人の目には見えません。「しきさい」は、見えないものも可視化しているということでしょうか?

宮崎理紗研究開発員。大学院時代は地球惑星科学を専攻し、月科学の研究をしていたという。

宮崎

そうです。例えば森林は緑のイメージがありますが、実は目に見えない近赤外線の光をより強く反射しています。それも植物の種類や樹齢、葉っぱの広がり方で波長の強さが違うんですよ。また、熱赤外線や近紫外線の波長を使って海面温度が何度なのか、雲や大気中に浮遊する微粒子、エアロゾルがどこにどれだけあるのかといったことも「しきさい」では調べることができます。特に陸上のエアロゾルはこれまで精密な観測が難しく、それが地球温暖化の予測を難しくする要因にもなっていたのですが、「しきさい」によって、今までより遥かに精度よく観測することができるようになると期待されています。

図は、光の波長と観測対象物を表したもの。物質はそれぞれ特定の波長を反射する特性を持っているため、その物質の特徴を掴み、「しきさい」に搭載している「多波長光学放射計」で感知することで、地球上の様々な現象を捉えることができる。

—エアロゾルには種類があるのですか?

はい、エアロゾルの種類には、化石燃料や森林火災によって放出される「すす」、同じく化石燃料の燃焼や、火山噴火・海洋プランクトンからの放出ガスにも起源をもつ「硫酸(塩)」、風によって巻き上げられる「海塩」や「黄砂」、そのほかにも「火山灰」や「花粉」なども含まれます。近年、健康への被害が懸念され大きな話題となったPM2.5もまた、エアロゾルの一種。この小さな浮遊物であるエアロゾルは、地球温暖化や酸性雨など、地球環境に非常に大きな影響を及ぼしているんです。

—地球の未来にとって、地球温暖化はやはり大きな課題ですね。

宮崎

21世紀末の地球の平均気温は、今よりも2~4度ほど上昇すると予測されていますが、その推定には2度程度の誤差を持っています。この約2度の誤差をできるだけ小さくしていくためには、現状の地球をきちんと捉えたデータが重要になってきます。「しきさい」のような人工衛星が観測した全球データの蓄積によって、より高精度な地球気候変動の予測が可能になっていくと思います。

熱赤外線の波長帯によって「しきさい」が観測した、関東から近畿地方の地表面温度(2018年8月1日10:40頃)。この日は大都市域で地表面温度が50度以上と非常に高温となり、日本が酷暑に見舞われた様子を捉えている。

—気候変動の謎を解くこと。それは地球の未来と人々の環境を守ることにつながっていますが、そんな「しきさい」のミッションにおいて、宮崎さんは具体的にどのようなことを担当されているのでしょうか?

宮崎

私が担当しているのは、主に「しきさい」の偏光観測の校正です。偏光観測では、光の強度だけでなく光の状態(電磁波の振動方向)も調べることができます。光の偏光状態を観測できることは、「しきさい」の重要な特徴のひとつであって、陸上のエアロゾル推定への利用が期待されています。

カムチャッカ半島の朝焼け(2018年1月1日)。「多波長光学放射計」が取得した、トゥルーカラー合成画像(赤、緑、青のチャンネルをRGBに割り振った画像)。

空の上から、人間の
営みを支えている

—「しきさい」のデータは私たちの日々の食卓を豊かにするためにも活用されていきます。

そうです。例えば観測したデータを科学的に解析することで、水産事業者の漁場探索や漁場形成に役立てられていきます。「しきさい」が搭載している「多波長光学放射計」は、暗い海面を高感度に観測可能な海洋観測用チャンネルを備えていて、水中の懸濁物質やプランクトンの濃度差によって生じる、僅かな色の違いを捉えることができるんです。沿岸海域の海色の様子を詳細に観測し、漁場予測や赤潮発生状況を把握することで、安定した水揚げ量をもたらすことを目指しています。

—空の上の観測から海水のなかの情報が得られるなんて、純粋にすごいです。

「しきさい」のデータは農業にも活用できるんですよ。「しきさい」で得られる世界各地の耕作地分布や、作物暦、日射量、地表面温度といった農業気象から、作物の生育状況や生産量を把握することができます。たとえば小麦や大豆のような輸入に大きく依存している作物について、世界各地の生育状況や生産量に関する客観的な情報を得ることにより、食料供給におけるリスク分析・評価に役立てられます。

ナミビア沿岸(2018年1月1日)。「多波長光学放射計」が取得した、トゥルーカラー合成画像(赤、緑、青のチャンネルをRGBに割り振った画像)。

—「しきさい」は、さまざまな角度から私たち人間の営みを支えてくれているんですね。

そうですね。火山や林野火災による災害を低減することにも役立てられていきます。そもそも火山は噴火による災害のほかにも、噴煙による航空機の欠航など、私たちの生活に大きな影響を及ぼしています。また、林野火災は森林資源や家屋の焼失だけでなく、煙霧による呼吸器疾患などの健康被害にも関係しているので、世界的な課題となっているんです。そのとき赤外線では熱に関わる火山活動の状態や林野火災の発生位置などを、紫外線では火山活動や火災に伴う煙などを把握することができます。これらの観測結果は、火山や林野火災による災害を低減するのに役立てることができ、私たちの生活の安全・安心を支える有益な情報が提供可能になります。

日々変動している地球と
遥か昔の情報を残す月

—「しきさい」を通じて、宮崎さん自身が実感していることを聞かせてください。

宮崎

人の目に見えない光にも、たくさんの情報が詰まっていること。そしてそんな情報を地球の画像として可視化することは、純粋に面白くやりがいのある仕事だということ。例えば、植物。人の見えない近赤外線の波長で見るほうが、可視光線である緑色の波長で見るよりも、植物の分布(植生)をはっきりと映し出すことができるんです。このようにさまざまな波長の組み合わせをとったりしながら、どんな処理をすれば私たちが見たいものを可視化することができるのか。それを私が在籍する地球観測研究センターでは、日々研究しています。仕事を通じての個人的な感想としては、とにかく地球は複雑な惑星だなと日々感じています。

—複雑というと?

宮崎

例えば月と比較するとその複雑さは明白です。なぜなら地球には大気や海、植物や雪が存在していることで、日々刻々と変化していますし、地殻すらも大きく変動しています。これはプレート・テクトニクスといって、地震とも関連が深い現象ですが、一方の月は地殻が冷え固まっていて、プレート・テクトニクスがなく、地球に比べて非常に古い過去の情報も表層に保存され続けています。

—月は地球の衛星でありながら、まったく異なるんですね。

宮崎

そうですね。もともと私自身は月に興味があって、大学院では地球惑星科学専攻で月科学の研究をしながら、月のマグマを作るような実験を行っていたんです。月は、日々変動している地球と反対に、遥か昔の情報をそのまま残しているので、個人的には月の面白さはそこにあると思っています。ただ、月をずっと研究しているうちに比較している地球のことを実はよくわかっていないと気づき、JAXAに就職したときには、地球観測衛星の利用研究を担当している今の部署を希望したんです。

サハラ沙漠のティベスティ山地(2018年1月6日)。「多波長光学放射計」が取得した、トゥルーカラー合成画像(赤、緑、青のチャンネルをRGBに割り振った画像)。

—自らの希望で地球を観測してきた宮崎さんですが、「しきさい」に今後期待することとはなんでしょうか?

宮崎

例えば金星の大気には硫酸の微粒子からなる雲が存在していますが、この雲粒の大きさを観測するのに偏光観測を利用しています。偏光だけでなく地球観測と惑星探査で共通している観測手法は多いと思うので、「しきさい」が行なっている観測手法が、今後太陽系外の天体に用いられる手法とも合わせてお互いに発展していくといいなと思います。

Profile

第一宇宙技術部門 / 地球観測研究センター研究開発員
宮崎理紗 Miyazaki Risa

東京都出身。2014年地球観測研究センター配属となり、気候変動観測衛星「しきさい」の画像作成や偏光観測センサの校正を担当。興味は地球の美しい画像を捉えることと、月の起源と進化の解明について知ること。

取材・文:水島七恵

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