対談「身体の宇宙」
宇宙の入口
対談
「身体の宇宙」
森山未來(俳優・ダンサー)
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若田光一(JAXA理事・宇宙飛行士)
身体表現の世界に身を置きながら、科学やテクノロジーと交わる姿勢を持つ森山未來さん。
これまで4回の宇宙飛行を経験し、現在JAXAの理事として、
有人宇宙技術、国際宇宙探査などを担当している若田光一。
身体という有限な器で挑む、宇宙への旅。互いの領域が交わるところを浮き彫りにしながら、
未知の物事に向かうふたりの精神を垣間みた。
宇宙、人間、素粒子マクロからミクロをめぐる旅
森山
『Powers of Ten』(1968年)という映像作品をご存じですか? 家具や建築のデザインで有名なチャールズ&レイ・イームズが監督した作品で、宇宙・人間・素粒子をめぐる大きさの旅が題材の作品です。
若田
興味深いですね。どんな内容ですか?
森山
最初、芝生に寝転んで休日を過ごすカップルが映っているんですけど、そこからカメラは少しずつ上昇して、ズームアウトしていきます。脇には縮尺表示。10m、100m、1000mと画角が広がるにつれて、都市圏、国、大陸......、そして地球と視点が広がり、やがて地球から太陽系へ。他の惑星系を取り込み、銀河系全体を見渡すようになります。そして銀河系が一粒の輝点となって大宇宙の闇に飲み込まれるときに、フレームは一転。今度は急速なズームインを開始して、再び最初に映していた寝転ぶカップルに戻っていくんですけど、カメラはそこで停止しないんですよ。カップルの男性の手の皮膚を突き破っていくんです。
若田
マクロからミクロへと戻っていくんですね。
森山
そうなんです。どんどんミクロに入っていって、組織、細胞、DNA、分子、原子、原子を構成する陽子と中性子......。最終的には核の周りを周回する電子にたどり着くんですけど、それが銀河に見えるんです。僕自身「宇宙」というと、この『Powers of Ten』を思い出すんです。
若田
『Powers of Ten』というタイトルは「10の力」ではなく「10のべき乗(10n)」という意味で、この映像はスケールを10倍ずつ変えながら見えてくる世界を捉えているんですね。今、お話を伺いながら毛利衛さんが初めて宇宙に行ったときにおっしゃっていたことを思い出しました。毛利さんはスペースシャトルの実験室で顕微鏡を通じて細胞を観察していたとき、ふと顕微鏡から目を離して窓から外を見ると、まるで細胞が広がったような世界があったと。巨大なものと微小のものが相通じていて、地球規模で起こる現象はすべてつながっていることを宇宙で認識したと私に話してくれたんです。
森山
ミクロとマクロが見せる風景が、変わっていなかったと。
若田
この視点に立って物事を捉えていくと、今まで気づけなかったさまざまなものに出会うことができるような気がしますね。一方で宇宙の現実でいうと、宇宙は96%、まだ科学で説明できていない物質から成り立っています。私自身、宇宙に行ったときには、その吸い込まれそうな暗黒の世界に身を浸しながら、いかに我々人類の存在が小さいか。そして無重力空間の中でふわふわと目を閉じながら浮いていたときには、目に見えてるものだけが実在するものではないんだなということを実感しました。その96%の未知を、既知へと変えていくこと。それが科学であり、JAXAの役割のひとつでもあるんです。
森山
科学というと、僕は昔、科学とどのようにタッチしたらよいのかわからなくて、正直あまり好きではなかったんです。なぜなら科学が証明したことを正解とするこの現代社会の中では、抽象的な概念はどんどん排除されているように感じていたから。でも、数年前に知ったひとりの学者がその考えを変えてくれました。ロジャー・ペンローズという、理論物理学者で量子力学を研究している人なんですが、彼は著書の中で「量子力学の世界では、例え人の肉体が滅びても、人の意識は量子の世界に溶けて、永遠に残り続ける」と述べていたんです。そもそも量子の世界とはなにか?僕にはよくわからないんですけど(笑)、でも「意識は永遠に残り続ける」という部分にハッとして。なぜならそれはもう、科学的な根拠とかがわからないで読んでいる僕としてはもはや幽霊の話みたいな話に聞こえてくるじゃないですか。科学者がそんな非科学的な話をするんだということに驚きつつ、同時に、僕が日々なんとなく感じていること、例えばふとした瞬間に他者の存在を感じてしまうとか、本来見えないはずのものを見てしまうとか、そういう想像や妄想かもしれないことを、実は科学は現実の世界にあるものとして解明しようとしているんだ。そう思えたときに、自分と科学との距離が縮まった気がしたんです。
重力からの解放で起きる概念の転換
森山
科学と言えばこの話をしてしまうんですが、あるときアインシュタインに向かって、「結局、相対性理論がわかりません。どういうことですか?」と尋ねた人がいたんだそうです。それに対するアインシュタインの答えは、「サウナ室があって、あなたはそこに座っています。もし隣にあなた好みの美しい女性が座っていたら、そこで過ごす5分間は一瞬のように感じられるでしょう。でもかたや筋肉隆々のむさ苦しい男性が座っていたら、そこで過ごす時間は永遠にも感じられるでしょう。それが相対性理論です」。僕、この文章を読んだときに、すごいなと感動したんです。科学の概念や定義は、僕たちの日常に密着した言葉に置き換えられるんだと。そしてそういう言葉で語れる科学者がいるのであれば、ちょっと科学も信頼できるんじゃないかと。そう思えたんですよね。
若田
アインシュタインや先ほどのロジャー・ペンローズとの出会いが、少なからず今の森山さんを作っているんですね。
森山
はい、以来科学者の思考にすごくインスパイアされるようになりました。そういった意味でも若田さんやJAXAの取り組みに、とても関心があります。僕ら人類が生きる世界はすべて重力ともにあるじゃないですか。そのなかで生活様式や宗教やパフォーマンスといった表現が生まれているわけで。そういったなかで、若田さんは宇宙飛行士として無重力空間を体験されている。重力から解き放たれるというだけで、破壊されるとまではいかないかもしれませんが、圧倒的な概念の転換が起こってしまうのではないかと思うんです。
若田
おっしゃるように軌道上では重力がない状態になりますから、例えば飲料水をこぼしても水滴は球体になり浮遊しますし、汗をかいても落ちずに皮膚にぺったりと張り付くようになる。そういうなかでしばらく過ごしたあとに地球に戻ってシャワーを浴びると、自分の顔から流れ落ちる水滴の挙動が不思議に思う瞬間もありました。
また、軌道上では顔がむくみます。無重量環境では、自分の体の中の水分や血液などが上半身のほうに移動しますから。地球上では極普通だと思っていた現象が、むしろ特殊かもしれない。宇宙ではその連続でしたね。
森山
宇宙空間を体験した人間はそれだけで少し進化するといった話を聞いたことがあるんですが、お話を伺っていて、わかる気がしました。
若田
進化できたかな(笑)。でも間違いなく身体感覚は変わりますね。人間の2本の足は、移動手段として進化したわけですけど、無重力空間ではその足は移動手段としての重要性は失い、止まった体の位置を維持するための道具になります。移動時には手すりなどを使って移動する事がほとんどなので、歩行という概念がなくなるんです。だから足の代わりに手が4本あったほうが便利なんです。
森山
なるほど、そうなるんですね。
若田
面白いことに月の重力は地球の約6分の1です。その低重力下では、人間が移動するには歩いたり走ったりするよりスキップが一番楽なようです。実際、月面着陸したアポロの映像を見ると、宇宙飛行士が月面で少し飛び跳ねながら移動しています。それは一番移動に楽な身体性だから。
国際宇宙探査計画。
高度400キロの先の宇宙へ
森山
これは事実かどうかわからないのですが、アポロ11号が月面着陸したときのコンピューター技術のスペックは、ファミコンほどだったと聞いたことがあります。それは本当でしょうか?
若田
おっしゃる通りです。間違いなく今私たちが持っているスマートフォンのほうがスペックは高いでしょう(笑)。今年、アポロ11号の月面着陸50周年を迎えましたが、今、アメリカのNASAは、再び有人月面着陸を成功させる「アルテミス計画」を発表しています。
森山
アポロ計画以降、人類は月に行ったのでしょうか?
若田
行っていないです。アポロ計画による6度の着陸で、アメリカ人合計12人が月面を歩きましたが、1972年のアポロ17号以降、さまざまな理由から有人月面探査は行われてきませんでした。ですが2007年から、月、そして火星をターゲットとした国際協働による宇宙シナリオや、技術の検討が、JAXAを含む世界各国の宇宙機関によって行われています。宇宙機関レベルで調整された有人探査の共通ゴールと有人火星探査に至るロードマップや、各機関の宇宙探査計画などをまとめたも2018年2月に第3版が公開されています。天体を対象にして国際協力によって推進される有人宇宙探査活動や先行して行われる無人探査活動を我々は「国際宇宙探査」と呼んでいます。
森山
ということは、日本人もいよいよ月面着陸するときが来るのでしょうか?
若田
近い未来、きっと実現すると思います。そもそも「国際宇宙探査」計画が持ち上がった背景には、国際宇宙ステーション(ISS)での人類の活動と実績が大きく影響しています。2000年に有人常時滞在を開始したISSですが、JAXAは「きぼう」日本実験棟や宇宙ステーション補給機「こうのとり」などの取り組みを通じて貢献してきました。これまで、7人の日本人宇宙飛行士がISSに長期滞在しています。ISSによって、人類は日常的に地球周辺の宇宙で生活するための知見を得ました。人類はその活動領域を拡大する次のステップに向かっています。ISSの軌道は地上から400kmぐらいの高度にあるのですが、さらにその先の、遠くの宇宙を目指しましょう、と。国際宇宙探査の意義や価値を世界各国で共有し、月や火星などに向かおうとしているのです。
森山
それが「国際宇宙探査」。ではもう、みんな月に行く気満々ですね。
若田
はい、そのための技術の研究・開発も進んでいます。例えば月周回衛星「かぐや」は、月の精密な地形図作成や地下構造などの観測に成功し、月探査に必要な貴重なデータを残しました。そしてそのデータを活用しながらJAXAは降りたい場所へ正確、安全なピンポイント着陸を可能とする、小型月着陸実証機SLIMの開発も進めています。また、月周回拠点等に人間が滞在するために必要な生命維持システムや「こうのとり」で培った技術を生かした深宇宙物資補給技術など、日本の強みとして生かせる技術の研究開発に全力で取り組んでいます。
森山
すごい時代ですね
若田
無事に月面着陸をしたら、もちろん科学的に利用していくことは重要ですが、月は人類みんなにとってのフロンティアであり、いろんな観点から月の利用を考えていく必要があると思います。それこそ人文社会学的な観点から、森山さんのような表現者の方にも、ぜひ月を利用していただきたい。
より多くの人が宇宙へ向かうために
森山
もし月に降り立ったら、僕はどうするかな(笑)。
若田
これまで重力のもと、地上に自分の身体が落ちてくるという前提のなかで森山さんは踊られています。でも当然そうではない展開というのが待ち受けていると思います。
森山
間違いなく踊るということへの概念は変わりますよね。踊りと重力といえば西洋の踊り、例えばバレエの特徴は重力からの解放です。重力に逆らうように身体を極限まで引き上げていきますから。一方で日本の踊りというのは地への愛着、五穀豊穣の祈りなどがベースにあるので、重心を下にもって踊るんです。重心が下と言えば、アフリカ系アメリカ人、黒人文化から育まれたタップダンスもそうですね。靴のつま先とかかとに金具を付け、それを床にたたきつけながら踊る。それは当時、マイノリティーであった黒人の怒りやプライドからもきているのだと思います。
若田
地球上の同じ重力の下で生きていても、これだけ重心のイメージは違うんですね。
森山
バレエダンサーやタップダンサー、能楽師がもしも月面着陸したらどうなるでしょう。バレエダンサーは宇宙の彼方に飛んでいってしまうのかな(笑)。ちなみに僕が生きている間に、気軽に地球から宇宙へ行き来できる時代はきますか?
若田
今でも往復できますよ。最近米国ではISSへの旅行が70億円ぐらいでできると発表されました。
森山
70億(笑)。
若田
マイクロソフトのエクセル等を開発したチャールズ・シモニーさんという方がいるんですが、かなりの額を支払って、彼は宇宙にきました。彼は所謂宇宙旅行者ですが、宇宙へ行くことは少年時代からの夢だったようです。それも一度ではなく二度、宇宙へ。
森山
彼は観光で宇宙へ来たということですか?
若田
観光ですね。2009年の彼の2回目の宇宙飛行の時、私はISSで2週間程彼と一緒に過ごしました。。彼の1日の滞在費はどのぐらいなのだろうと思いながら(笑)。
森山
相当な金額ですよね。
若田
その宇宙輸送に必要な費用をいかに低くしていくのか。今後、宇宙利用を促進したり、より多くの方々が宇宙に行くためにもそれは大きな課題です。JAXAでも、現在の基幹ロケットである「H2Aロケット」より低コストでの打ち上げを目指す、「H3ロケット」を開発しています。製造から打ち上げまでのシステムを効率化し、打ち上げスケジュールを柔軟にするなど、市場競争力を強化する目的があります。民間企業の皆さんに宇宙産業に参入していただくことも非常に重要ですね。宇宙を利用したビジネス市場の活性化が、結果として宇宙へ多くの人を送り出す近道にもなります。
自分の肉体を通じて
問い続けること
森山
自分の肉体を使って表現している身としては、今後も様々な科学技術が発展していくなかで、一体どこに肉体を取り留めておけるだろうかということは、考えてしまいます。例えばVR(仮想現実)の登場によって、その創造された仮想現実をまるで現実であるかのように体験できるようになりました。AI(人工知能)の技術もどんどん発展していくでしょうし、ひょっとすると人間とロボットの違いすらなくなる時代が訪れるかもしれない。この、脳という名のハードディスクが外付けされていく感覚が拡大すればするほど、ここに確かに存在している肉体というものを、僕はどのように取り留めていけるんだろうかと。取り留めていかなければいけない、とも思うんです。
若田
その森山さんの問題提起は、実は私自身が抱えている問題提起でもあります。例えば天気を予測するためには人工衛星があれば予測できますし、小惑星探査機「はやぶさ2」もその開発と運用は地上チームが行いますが、実際に小惑星リュウグウへ行くのはロボットである「はやぶさ2」です。つまり、何かを達成するための手段として、人間が必ずしもその現場に行く必要がない時代を生きている。ではそういったなかで、「私」という存在価値はなんだろうかと。
森山
その肉体を持って宇宙へ行った若田さんでも考えるのですね。
若田
そうですね。私は「有人宇宙技術部門」を担務しています。「有人」とつくように、人間が活動する部門というのが前提にあるので、常にそのことは問われているように思います。突き詰めていくと、科学技術のすべては、やはり人間として生き残っていくための手段であるべきだと思うのです。
森山
いつか太陽系がなくなってしまう日も来ますよね。
若田
そのときが訪れたとしても、人間が文明を維持して生き残っていくためには、外に出ていかなくてはいけない。そのための準備をしていくというのが根本にありますね。宇宙への取り組みを通してJAXAは安全・安心な社会の実現、宇宙利用の拡大、産業振興、世界最高水準の宇宙科学・探査の成果を目指しています。私は人類が宇宙に挑む究極の目的はサバイバル、つまり人類存続のための究極の危機管理の営みだと思っているんです。生身の人間が、永遠に生き残っていくために宇宙に向かうという、その営みを止めた瞬間に人類として生き残ることはできない。私はそう思っています。
森山
難しいところですよね。「生きる」という概念そのものがどんどん変化していくでしょうし、ひょっとすると「死ぬ」という概念も、今後なくなるかもしれない。そういう時代のなかで、現実的になにをどのように提示することができるのか。日々、自分の肉体を通じて問い続けているように思います。そしてそれはこれから先もずっと重要なテーマになる。そんな気がしています。
Profile
森山未來 Moriyama Mirai
兵庫県出身。演劇、映像、パフォーミングアーツなどのカテゴライズに縛られない表現者として活躍。現在、NHK大河ドラマ「いだてん~東京オリムピック噺~」に出演中。待機作として、10月7日から27日まで、舞台『Bunkamura30周年記念 シアターコクーン・オンレパートリー2019 DISCOVER WORLD THEATRE vol.7「オイディプス」』に出演。11月22日から12月1日まで横浜赤レンガ倉庫1号館にて、辻本知彦とのユニット"きゅうかくうしお"の新作公演。映画として『"隠れビッチ"やってました。』(2019年冬公開)などがある。miraimoriyama.com/
若田光一 Wakata Koichi
埼玉県出身。1992年宇宙飛行士候補に選抜。1993年NASAミッションスペシャリスト(MS)認定。1996年、2000年、2009年にMSとして宇宙飛行。2009年には日本人として初めて国際宇宙ステーション(ISS)長期滞在ミッション搭乗。2014年、日本人初のISS船長に就任。4回の総宇宙滞在時間は日本人最長。JAXA宇宙飛行士グループ長、NASA宇宙飛行士室ISS運用部門チーフ、JAXA ISSプログラムマネージャを歴任。
取材・文:水島七恵 写真:高橋マナミ ヘアメイク (森山未來):須賀元子 (星野事務所)