長野県佐久市のJAXA臼田宇宙空間観測所には日本一大きい、直径64mのパラボラアンテナがあります。この大型アンテナは1984年に整備され、1985年に日本が初めて惑星間空間に打ち上げたハレー彗星探査機「さきがけ」や「すいせい」との交信を行いました。その後も、このアンテナは小惑星探査機「はやぶさ」などの深宇宙探査機との通信を担い、現在も金星探査機「あかつき」や小惑星探査機「はやぶさ2」の運用に使われています。しかし、建設後30年以上が経過したことで老朽化が課題となり、2019年度の完成をめどに新たなアンテナを整備することになりました。
新しいパラボラアンテナの開発
深宇宙探査用地上局プロジェクトについて教えてください。
新アンテナの完成予想図(提供:三菱電機)
臼田宇宙空間観測所にある直径64mの大型パラボラアンテナの老朽化が進んでいること、また、次の深宇宙探査の時代に向けてより多くのデータを受信できるように、新しいパラボラアンテナを開発することになりました。そのために2015年11月に発足されたのが深宇宙探査用地上局プロジェクトチームです。
どのようなアンテナを作る計画ですか?
新しいアンテナの直径は54mで、宇宙探査機との交信は周波数X帯(8GHz)とKa帯(32GHz)で行います。アンテナを整備する新地上局は、臼田の64mアンテナから直線距離で1.3kmほど離れた国有林内で、佐久市にある蓼科スカイラインの道沿いです。
なぜその場所が選ばれたのでしょうか?
造成中の新アンテナの建設予定地(提供:竹花組)
深宇宙を航行する探査機から送られてくる電波は微弱です。テレビや携帯電話、トラック等が使う無線のような電波の雑音が少ないところほど、弱い電波を受信しやすいため、都市部を避けてアンテナを建設します。アンテナを使って探査機の小さい声を聞くと思ってください。静かなところほど聞こえやすいですよね。また、電波を弱める雨が多く降らないこと。道路に近く工事車両の出入りが簡単なこと。そして、すでにJAXAの施設が存在し、地元の支援を得られやすいことも、この場所が選ばれた理由です。地元の方からは、なぜ臼田宇宙空間観測所の中に建設しないのかという声もいただきましたが、アンテナが大きいため、お互いの電波が干渉しない位置まで離す必要がありました。
どのような予定で開発が進められているのでしょうか?
2019年度の完成に向け、2016年10月上旬に、アンテナを含むシステム全体の仕様を決める基本設計を終えました。現在は、実際に図面を書く詳細設計を行うとともに、建設予定地の造成を進めています。2017年4月からは、重量約2100tのアンテナを支えるコンクリートの土台を作る基礎工事を始め、2018年4月からアンテナの本格的な組み立てを開始する予定です。12月~3月の冬季4ヵ月は降雪のため屋外作業ができず、スケジュール的には大変厳しいですが、「はやぶさ2」の運用に間に合うよう完成させたいです。「はやぶさ2」は現在小惑星「Ryugu」に向かって航行中で、2018年半ばに到着し、2019年末頃に小惑星を出発する予定です。
最新の技術を使った高性能アンテナ
新しいアンテナの直径は54mで、今の臼田のアンテナよりも10m小さいですが、受信性能はいかがでしょうか?
新アンテナの完成予想図(提供:三菱電機)
新地上局のアンテナの主反射鏡の直径は、コスト的な制約もあり直径54mとなりました。現行局のアンテナは直径64mでテニスコート約12面分、新しいアンテナはテニスコート約9面分に相当します。これだけ小さくなった分、アンテナが探査機から届けられる電波を受信できる能力は従来の70%程度に落ちますが、それを補う対策をとり、受信性能を維持します。
その一つは、アンテナの主反射鏡の鏡面精度を上げることです。それにより現行局のアンテナよりも1.6倍、受信性能が向上します。反射鏡の表面が凸凹していると、電波を正しく集めることができませんが、表面すべてを同じ滑らかさで仕上げると電波が中心に集中し、受信する力が向上します。新しいアンテナでは、表面の凸凹を0.6mm以下におさえますが、これはクレジットカードよりも薄い厚さです。直径が54mもある巨大なパラボラアンテナは、傾けたり動かしたりするだけでも変形しますし、風や温度差でもわずかに形が変わりますので、この精度を保つためには熟練した技術が必要です。2013年に完成した南米チリの国立天文台アルマ望遠鏡に日本が開発を担当したパラボラアンテナがありますが、その新しい技術も取り入れながら、高性能のアンテナを作ります。
アンテナが小さくなっても受信性能を維持できるということは、それだけ技術が進歩したということですね。
そうです。新たなアンテナは指向精度も向上します。指向精度とは、探査機の方向にどれだけ正確にアンテナを向けられるかを表します。パラボラアンテナの役目は、電波を使って人工衛星や探査機の追跡管制を行うことです。アンテナを人工衛星や探査機に正確に向けて、飛ぶ位置や姿勢、搭載機器の状態を正しく把握するとともに、人工衛星や探査機の動きに修正が必要な場合は、指令信号(コマンドデータ)を送ってコントロールします。そのためには、アンテナの高い指向精度が求められるのです。新しいアンテナの指向精度は、例えば、約2.4km離れた場所からダーツボード(直径約0.4m)に矢を投げて、的を当てることができるほど、とても正確な角度で探査機にアンテナを向けられます。
現行局のアンテナの周波数はS帯(2GHz)とX帯(8GHz)ですが、新局のアンテナはX帯とKa帯(32GHz)です。Ka帯は周波数が高く、大容量の通信に向いており、最近のNASAやESA(ヨーロッパ宇宙機関)の深宇宙探査機にも使われています。その一方で、Ka帯は波長が小さい分、アンテナのビーム幅(指向性の鋭さの指標)がX帯に比べて4分の1程度に細くなります。そのため、指向精度が高くなければ、正確に探査機を追跡することができません。日本の技術が進歩したからこそ、Ka帯を扱えるようになったといえるでしょう。
Ka帯は「はやぶさ2」でも使われていますね。
小惑星探査機「はやぶさ2」(提供:池下章裕)
「はやぶさ2」にもKa帯のアンテナが搭載されています。しかし、残念ながら今は日本にKa帯に対応した地上局がないため、NASAの地上局を使わせてもらっています。新しいアンテナをできるだけ早く建設し、日本の地上局から「はやぶさ2」と交信できるようになれば、これまでの2倍のデータ受信が可能となる計画です。また、新しいアンテナは、「はやぶさ2」だけでなく、2018年に打ち上げられる予定の日欧共同による水星探査機との交信でも大いに活躍するはずです。
深宇宙探査の運用を切れ目なく継続するために
臼田宇宙空間観測所のこれまでの実績を教えてください。
臼田宇宙空間観測所の64mパラボラアンテナ
臼田宇宙空間観測所は、約30年前に日本唯一の深宇宙探査用地上局として整備されました。日本が初めて惑星間空間軌道に打ち上げたハレー彗星探査機「さきがけ」「すいせい」をはじめ、最近の月周回衛星「かぐや」や小惑星探査機「はやぶさ」、金星探査機「あかつき」まで、日本のすべての深宇宙探査機の追跡管制に関わっています。臼田のアンテナの活躍が広く知られるになったのは、行方不明になった「はやぶさ」を3ヵ月ぶりに発見したときだと思いますが、当時は、いつ現れるかわからない「はやぶさ」からの微弱な信号を、臼田宇宙空間観測所から毎日注意深く探し続けたと聞いています。また、「ボイジャー」などNASAの探査機の追跡管制を支援した実績もあります。
臼田のアンテナは深宇宙探査に欠かせない重要な役割を担ってきたのですね。
そうです。30年以上も深宇宙探査を支えてきた「縁の下の力持ち」といった存在なのです。しかし、臼田のアンテナは設計寿命を10年以上過ぎており、補修ができない部品もあります。現在および将来の深宇宙探査機の運用を切れ目なく確実に継続するためにも新たなアンテナが必要です。先ほど「はやぶさ」を発見したときの話をしましたが、あれは日本に地上局があったからこそできたのだと思います。
これまでどのようなご苦労がありましたか?
臼田の64mのパラボラアンテナが作られた当時の開発経験者はほとんど残っていません。そのため、手探りで進めざるを得ない課題も少なくありません。また、特にプロジェクト発足前の準備段階に私自身がほとんど関わっていなかったこともあり、限られた資金の中で、アンテナの利用側である探査機チームの要望を聞きつつ、経営層からの厳しいコスト低減のプレッシャーも受け、その折り合いをつけるのがとても難しかったです。探査機からの観測データを確実に入手するために、アンテナの性能をできるだけ高くしたいということも理解しますが、プロジェクトは、スケジュールや予算といった決められた制約の中で、目標を達成することで初めて価値が出ると思うんです。これはプロジェクトマネジメントの基本ですが、実際に責任者としてこれを実践するのは本当に大変でした。
最後に今後の抱負をお聞かせください。
プロジェクト発足からの1年間、生みの苦しみも味わいましたが、建設地の佐久市をはじめ多くの関係者の方々の支援にも支えられ、基本設計を終えることができました。これからもプロジェクトマネジメントの基本を忘れることなく、その成功のために力を尽くしたいと思います。また、私たちプロジェクトチームは、相模原の宇宙科学研究所と筑波宇宙センターのメンバーで成り立っていますので、お互いの苦手分野をカバーし合えるチームにしていきたいですね。各自がチームを意識した行動を起こすことでチームワーク力を高め、その力で目標を達成したいと思います。また、これまでの経験から、どんなことが起きても慌てずに、まっすぐに取り組んでいかなければならないと学びました。プロジェクトには想定していないさまざまなことが起こりますが、その一つ一つに真摯に立ち向かっていくしかありません。それを念頭に置いて、新アンテナの完成に向けて着実に進んでいきたいと思います。
宇宙で活躍する探査機ばかり注目されがちですが、その探査機の活躍を地道に支えているのが地上局です。JAXAにはこのような地上のプロジェクトもあることを皆さんに知っておいていただけると嬉しいです。
沼田健二(ぬまたけんじ)
沼田健二
JAXA 深宇宙探査用地上局プロジェクト プロジェクトマネージャ
1988年、熊本電波工業高等専門学校電波通信学科卒業後、NASDA(現JAXA)に入社し、種子島宇宙センター増田追跡管制所に赴任。その後、筑波宇宙センター中央追跡管制所、情報収集衛星システム開発グループ、チーフエンジニア室などを経て、2015年7月、宇宙科学研究所深宇宙探査用地上局プリプロチーム長。同年11月より現職。
[2016年11月公開]