現代社会の光と影を見つめ、常識のウソに鋭く切り込んだ作品を次々と発表する小説家、真山仁さん。2014年に刊行された真山さんの作品『売国』は、東京地検特捜部の検察官が、宇宙開発を巡る政治の闇に迫るというストーリーです。真山さんは、この小説を執筆するにあたり、ロケット開発に携わる研究者に話を聞くなど徹底的な取材を重ねたといいます。この『売国』が2016年の秋にドラマ化されることになり、JAXAも撮影に協力しました。


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日本の宇宙開発にエールを送りたい

真山さんが小説『売国』で描きたかったことは何でしょうか?

『売国』文庫本の表紙(©文藝春秋)『売国』文庫本の表紙(©文藝春秋)

JAXAでの撮影風景。女性研究者を演じるのは相武紗季さん(©テレビ東京)JAXAでの撮影風景。女性研究者を演じるのは相武紗季さん(©テレビ東京)

この小説のテーマは、東京地検特捜部の「正義」と宇宙開発の「夢」です。特捜部は、政治家汚職など一般の捜査が届きにくい所に潜む「巨悪」を追及する役割を担っています。その特捜部の検事が巨悪に立ち向かう姿を通して、「正義とは何か」を問います。一方、自ら設計したロケットを飛ばすことを目標に学ぶ若き女性研究者がいます。彼女が希望を抱く宇宙開発には、国を越えて注目される技術があって……。国家の陰謀に巻き込まれた彼女の夢はどうなるのか。正義のあり方とともに「夢や希望をどう守るか」ということも描きました。

その小説を原作とするドラマ「巨悪は眠らせない」が、テレビ東京系で10月5日に放送されますね。

ドラマはかなり原作に忠実で、「正義」と「夢」というテーマもきちんと描かれています。私は映像と原作は別物だと思っているので、あえて原作通りにしてくださいという注文はしないのですが、よくあれだけ原作どおりにしてくれたなあと感心しています。正義を貫く特捜部の揺るぎない強さ、宇宙に広がる人類の可能性といったことが、視聴者にもきっと伝わるでしょう。特に宇宙に関しては、JAXAの相模原キャンパスと内之浦宇宙空間観測所で撮影させていただいたことで、主人公の宇宙への想いがより強く印象に残るシーンになっていると思います。相模原キャンパスでの撮影を見学したときに、検事役の俳優、玉木宏さんに撮影の感想を聞くと、「本物はすごい」と言っていました。相模原は大学のキャンパスのような雰囲気なのですが、構内にはロケットの実機が展示され、最先端の研究を行っているということを空気で感じたようです。

撮影セットとは違う、本物のすごさがテレビ画面からも伝わってきそうですね。

そう思います。当初はJAXAに撮影に協力していただけるかどうか心配でした。なぜなら、『売国』というタイトルからも想像がつくように、日本の宇宙開発技術を他国に売り渡そうとする研究者が登場するからです。しかし私がこの小説で言いたかったのは、その研究者は売国奴なのか、といったつまらないレベルのことではありません。結局のところ、どうすれば日本の宇宙開発がより良く可能性を広げていけるのか、という点について思いを込めて書いたんです。あくまでもフィクションですが、宇宙開発に予算がつき、宇宙の可能性がもっと広がれば、研究者は国益を損なうようなことをしなかった。現実にそんな不幸が起きないためにも、もっと多くの日本人が宇宙に興味を持ってほしいと言いたかったのです。私は、日本の宇宙開発に携わる方たちにエールを送る気持ちでこの小説を書きました。

驚きの連続だった現場取材

真山さんは執筆前の準備に1~1年半の時間をかけると聞きました。宇宙関係の取材はいかがでしたか?

2013年に行われたイプシロンロケット打ち上げ2013年に行われたイプシロンロケット打ち上げ

イプシロンロケットの森田泰弘プロジェクトマネージャをはじめ、ロケット開発に携わる研究者にお話を伺うことができました。森田さんが、「ロケットの打ち上げが話題になっている間はだめだ」とおっしゃったのが印象に残っています。今や飛行機で世界を行き来するのが当たり前となり、飛行機が飛ぶこと自体がニュースになることはありません。同じように、ロケットで人やものを宇宙へ運ぶことが当たり前となる時代を切り拓いていくのが、自分たちの使命だとおっしゃったのです。打ち上げよりも、何のために宇宙へ行くのかということに、もっと目を向けなければならないと伺い、それを小説でも伝えたいと思いました。

また、週刊誌で『売国』を連載中の2013年に行われたイプシロンロケットの打ち上げも見に行きました。19秒前にカウントダウンが中止になった8月27日と、成功した9月14日、どちらも行っています。当日はマスコミ用の展望席もあったのですが、一般見学席の抽選に当たったので、皆さんの反応を知りたくて、そちらで見ました。第一回目の打ち上げが中止になったときのことは、今でもよく覚えています。自由席なので場所取りで朝早くから行き、望遠鏡を構え、今か今かと打ち上げを何時間も待ちわびていました。ところが、打ち上げ時刻になってもロケットが打ち上がらないのです。そのあとの記者会見で、ロケットの自律点検システムが姿勢の異常を誤検知したためだという理由がわかりましたが、森田さんは「コンピュータが不具合を検知して打ち上げを自動停止したのだから、これは失敗ではなくて、全て成果なのだ」と言いました。そして、普段は失敗を批判するような報道記者たちからも、それに賛同する声があがったのです。私はこの反応に驚きました。それだけではありません。一般の方の反応も、私にとっては驚きでした。

どのような反応だったのでしょうか?

残暑が厳しい中、一般の方と一緒に打ち上げを待っていましたが、何時間も待ったのに直前で中止になり、怒り出す人がいるだろうと思いました。ところが、大勢の方がいたにもかかわらず、私が見た限りでは、誰も怒らなかったのです。「また次のチャンスがあるね」という感じの反応で、これには驚きました。

そして2回目の打ち上げ見学。一般見学席の抽選は一度きりなので同じ当選者が集まったのですが、9月に入って学校の新学期が始まったにもかかわらず、ほとんどの人が戻ってきました。そして、日本全国から集まった知らない人同士が、1回目のときに撮った写真を交換していたのです。その様子を見て、これほど理解と応援する気持ちの強いファンがいる「宇宙」の魅力に、すごく興味を惹かれました。宇宙開発は税金の無駄遣いだと批判する人たちに、この光景を見てほしい。宇宙開発の重要性をもっと知ってほしい。そのような思いを込めて、イプシロン打ち上げの様子を書きました。

イプシロン打ち上げ日の細かい描写が印象的でした。

イプシロンロケット打ち上げ直後の森田プロマネ(左)イプシロンロケット打ち上げ直後の森田プロマネ(左)

打ち上げが成功した後の記者会見で、森田さんが開口一番、「みなさん、おめでとうございます。イプシロンが打ち上がって、本当に良かったです」とおっしゃったんです。最初は聞き間違えかと思いました。でも明らかに、森田さんはスタッフ全員に向かって「おめでとう、良かったね」と賛辞を送っていたのです。打ち上げが延期された責任は一身に背負い、成功の喜びはスタッフやマスコミ、宇宙ファンとともに分かち合う。これこそがプロマネなのだと感動しました。小説はフィクションですが、宇宙の現場取材で見たことをなるべく忠実に再現したいと思ったので、この森田さんのコメントも小説に入れさせていただきました。

宇宙は成長産業になりうる

最初は、ロケットではなく航空産業を題材にする予定だったそうですね。

JAXAでの撮影を見学する真山さん(©OFFICE MAYAMAJIN)

JAXAでの撮影を見学する真山さん(©OFFICE MAYAMAJIN)JAXAでの撮影を見学する真山さん(©OFFICE MAYAMAJIN)

そうです。小説の執筆準備をしていた頃は、国産旅客機であるMRJ(三菱リージョナルジェット)のニュースが話題になり出した時期で「航空産業で日本が本気になると世界の先進国は焦る」という構図を考えました。ところがアメリカの場合、自国の上空を飛ぶ飛行機に対して設計図などを提出させるというルールがあることを知ったんです。つまり、日本が新しい飛行機を作ってもその技術はアメリカに全部ばれてしまうため、考えた構図が成立しません。困ったなと思っていると、当時事務所でアルバイトしていた、航空宇宙に詳しい学生から、宇宙が面白いと言われたのです。彼は何時間もレクチャーしてくれ、日本の宇宙技術には他国が真似できないものがたくさんあるということを教えてくれました。

私は、もともと日本の宇宙開発について否定的でした。日本人宇宙飛行士が宇宙へ行くのをニュースで見るたびに、宇宙に行くことだけが目的化していて成果が見えず、予算の無駄遣いではないかと思っていたんです。ところが関係者の取材を進めるうちに、確かに宇宙開発は今の日本で数少ない「成長産業」になりうる分野だと思うようになったんです。そこで、テーマを宇宙に決めました。

アメリカも取材したそうですが、いかがでしたか?

宇宙開発がすでに産業化しているアメリカと、まだまだ研究段階にいる日本の差を感じました。NASAジェット推進研究所(JPL)などの研究者に話を伺うことができましたが、彼らは常に、自分たちが開発した技術をどうビジネスに活かすのかを考えています。それはアメリカの教育に原点があります。例えば、アメリカの大学院では、利益を得る成果を上げないと、その研究室に居させてもらえないのが当たり前です。これは宇宙科学に限ったことではなく、学生は互いに切磋琢磨して、研究室の成果をどうやってお金に変えるかを考えます。ただ賢いだけでなくて、常にビジネスのことまで考えるのです。しかし、このような切磋琢磨できる学生は、高校時代から鍛えないと育たないでしょう。日本の学生や研究者が産業化まで考えるようになるには、日本の教育を見直さなければならないかもしれません。

また、アメリカの宇宙開発の現場では、失敗もひとつの成果だという考えが根付いているように思いました。言い過ぎかもしれませんが、ミッションをひとつの実験だと思っています。それに対して日本には、ミッションを「失敗したら次はない」という悲壮感が漂っています。しかも、日本の宇宙予算はアメリカの10分の1です。予算を徹底的に絞られたうえ、「失敗は許されない」という極限状況下での研究を強いられているのです。そもそも研究開発というものは、失敗と試行錯誤を重ねることで、最終的な成功につながっていくのが当たり前のことです。それにより日本は世界の科学文明をここまで押し上げてきたということを、今一度認識しなければならないと思います。

若い研究者にもっとチャンスを

日本の宇宙技術を伸ばすためにどうすればいいと思いますか?

成果にこだわり過ぎず、若い研究者にもっとチャンスをあげてほしいです。取材に協力していただいた若い研究者に将来の夢を聞くと、ワープの研究をしたいとか、世界で最初の宇宙建築家になりたいと嬉しそうに語る一方、現実は事務作業などに追われ、十分な研究時間を確保できていないようでした。また、研究資金も不足しています。これでは、日本の宇宙開発技術は伸びないでしょう。民間企業では、成果がすぐに出ないことに対して投資するのは難しいため、国が予算をつけて、若い研究者の研究開発を後押しする。彼らがもっと自由に勉強し、研究に専念できる環境をつくることが必要です。若者の優秀な才能をどうやって上手に使い続けるか、という発想を持ったほうがよいと思います。また、優秀なプロデューサーも必要ですね。

プロデューサーとは?

いろいろな先端技術を目利きし、資金調達できる人。つまり、その技術が将来的に金になるかどうかを見極め、ビジネスにするための資金調達をするプロデューサーです。資金を集めるためには、投資家に対するプレゼンテーション能力も求められます。国がこのような優秀なプロデューサーにも補助金を出すようになれば、信頼を得られて、さらにお金が集まるでしょう。日本はいまだに、モノには投資するけれどキーマンとなる人には投資しないところが、まだまだなのだと思います。このキーマンも、日本の場合は10人中10人が成功しなければならないと考えがちですが、10人に1人が成功すればいい、つまり9回失敗してもいいから、どれか1つでも世界で一番を獲ればいいと思います。

やはり、新しいもの、競争力のあるものを作ろうとすると、金を惜しまない投資も必要なんです。いずれにしても、日本の人たちに宇宙開発の必要性をもっと理解してもらわなければならないのでしょうね。先ほど申し上げたように、私も以前は日本の宇宙開発のことをよく知らず、否定的でしたから。

宇宙へ行くことは現実である

宇宙開発に関心を持っていただくには、どうすればいいと思いますか?

宇宙への進出は人類の夢なんだ、という過去の発想を止めることです。いまや、宇宙へ行くことは現実なんです。宇宙は新しいフロンティアであり、新しいビジネスチャンスがあるという現実の世界を、人々にわかりやすく説明するべきだと思います。

人と話をするときに、自分に対して好意的な人と、批判的な人とでは話し方を変えますよね。宇宙開発についても同様で、誰もが宇宙に好意的であるわけではないのだから、みんなが宇宙を好きだと思って話しかけてしまってはダメでしょう。ミッションの説明をするときにも、批判的な人と接するように、もっと丁重に説明したほうがいい場合もあると思います。

夢を語っても魅力を感じてもらえないのでしょうか?

今の若者は現実思考で、夢を持っている人が少ないです。夢を語る人を見ると、放漫だとすら思うようです。彼らが憧れるのは、ひたむきに現実と向き合い、失敗を繰り返してもへこたれることなく立ち上がり、目標に向かって進むような人です。自分もそういう大人になりたいと言います。ですから、この技術を開発するためには、これだけの研究と失敗を重ねてきたという事実をきちんと伝えたほうが、多くの人が感動し、宇宙開発にも関心を持ってくれるのではないかと思います。フォーカスされるのは、夢ではなく、現実の世界なんです。

今後の抱負をお聞かせください。

小説を読んでくれた方が、自分も頑張って、もっと積極的に行こうと思えるような物語を書き続けたいと思います。私は、小説の中にプロフェッショナルを登場させ、彼らを心から尊敬し、いつもエールを送っています。プロフェッショナルとは、技術も知識も経験もあり、最後に責任も取れる人です。残念ながら、現実の世界ではそのような人が減り、そのことが日本を弱くしてしまいました。だからこそ、プロフェショナルの真の姿を描き、特に若い人が、そのような人間になりたいと思ってくれたらいいなと思います。『売国』の取材では、宇宙に携わるプロフェッショナルの方に大変お世話になりました。今回ドラマ化されたことで、小説の読者だけでなく、さらに多くの方が映像から宇宙に関心を持ってくれるきっかけとなればうれしいですね。いつかもう一度、宇宙開発を題材にした小説を書きたいと思っています。

真山仁(まやまじん)

小説家

同志社大学法学部政治学科卒業。新聞記者、フリーライターを経て、2004年に、企業買収をめぐる人間ドラマ『ハゲタカ」で小説家デビュー。2007年に『ハゲタカ』シリーズを原作とするドラマが放映され、大きな反響を呼ぶ。他の著書に『マグマ』『ベイジン』『コラプティオ』『海は見えるか』『当確師』など多数。

[2016年9月公開]