宇宙実験室特別編、前回に引き続き、宇宙飛行士を地上から支えている人たちに話を聞いてきました。
大西卓哉宇宙飛行士の訓練の様子など、ニュースやサイトでご覧になった方もいると思いますが、宇宙飛行士たちは宇宙飛行士に選ばれた後、何年も厳しい訓練を積んで宇宙へ向かいます。今回は、その「宇宙飛行士を育てる仕事」である宇宙飛行士の訓練のご担当、堂山浩太郎さんにお話をうかがってきました。
国際宇宙ステーション(ISS)は各国の宇宙機関が共同で運用していて、日本は日本のモジュールである「きぼう」の運用と日本が行う実験について責任を持っていますが、訓練も同じで「きぼう」を操作するのに必要な訓練と日本の実験を行うのに必要な訓練を行っています。ISSには6人しか滞在していませんので、常に日本人が滞在しているわけではありません。そのため、日本人宇宙飛行士に限らず、各国の宇宙飛行士に対しても訓練を行います。
私は訓練そのものを行うインストラクターではなく、インストラクター全体を束ね、訓練を円滑に実施するための仕事をしています。具体的には、インストラクターの認定審査、訓練の計画や内容の確認といった国内の仕事と、他の宇宙機関との国際間の調整を行っています。それぞれの宇宙機関が滞在する宇宙飛行士に対し、それぞれの宇宙機関がそれぞれの運用するモジュールについての訓練を行いますが、宇宙飛行士が訓練に費やせる期間は限られていますので、調整が必要になります。 たとえば、「きぼう」は日本で作ったモジュールですが、操作や構造では他のモジュールと共通の部分もありますので、そういうものについては重複して訓練を行う必要はありません。そうした場合、どこの機関が、いつ、誰に訓練を行うのかといった調整を行う必要が出てきます。この部分はNASAと共通なので、NASAで訓練を行ってくださいなどという約束事をするわけです。ただ、その訓練が終わっていないと、JAXAで関連の訓練が行えませんので、タイミングの調整も重要になってきます。そういった国際間の調整の枠組みを作ることも重要な仕事です。
「きぼう」のモジュールについての訓練や日本人宇宙飛行士の訓練は、JAXAが責任を持って行います。 まず、宇宙飛行士候補者として選ばれた後に「基礎訓練」を行います。これは国際間で訓練内容が決まっています。もちろん日本ではできない訓練や時間的な制約などもありますので、その場合にはたとえばNASAに訓練を依頼するようなこともありますが、あくまでJAXAが主体となって訓練をしています。
この訓練が終わると、晴れて「JAXAの」宇宙飛行士として認定されます。ただし、この時点ではISSに乗れるかどうかは分かりません。その後も維持向上訓練を行いますが、この訓練についても各国の宇宙機関が独自に行います。日本人宇宙飛行士についてはJAXAが訓練メニューを作り、訓練を行います。必要に応じて各国の宇宙機関に訓練の一部をお願いすることもあります。たとえばNASAが実施している海洋施設でのNEEMO訓練(※1)や洞窟で行うESAのCAVES訓練(※2)への参加はそのような形で行われています。
※1:海底研究室(アクエリアス)を利用し宇宙でのミッションに類似した状況を実現することで、ISS長期滞在及び将来の有人宇宙探査に向けたチーム行動能力を向上させる訓練
※2:太陽の光が届かず物資や食糧に限りがある極限環境の洞窟内で、リーダーシップ・チームワーク・意思決定・問題解決などのISS長期滞在に必要な能力を向上させることを目的として、一週間にわたって集団生活を行う訓練。
こうした宇宙飛行士として技能や実績を積んでいって、他の宇宙機関からも「この宇宙飛行士なら、自分のところのモジュールや実験を任せられるな」という信頼を勝ち取った宇宙飛行士が搭乗に任命されることになります。JAXAがいくら乗せたいと言っても勝手に乗せられるわけではありません。ISSに搭乗すれば、「きぼう」だけでなく、各国の実験やモジュールの操作も行いますから、各国の宇宙機関で調整した上で全幅の信頼を得なければ搭乗はできません。
NASA海洋施設でのNEEMO訓練
ISSのクルーとして任命されると、そのミッション期間中に担当する実験機器やモジュールの操作に必要な技能の訓練を行います。宇宙飛行士は機器やモジュールに対して、手順書がないような異常事態に対してもある程度のことができるという「スペシャリスト」、手順書を見ながら操作ができるレベルの「オペレーター」、そして基本は操作をせず、緊急時対応のような必要最低限の操作しかしない「ユーザー」の3種類に区分されています。そして、ISSの各機器に対して、どんな状態の時も必ず一人はスペシャリストがいるようにする決まりになっています。ISSには普段は6人の宇宙飛行士がいますが、交代時には3人になることがあります。この時も必ず一人は「きぼう」のスペシャリストがいなければならない、ということになります。
たとえば「きぼう」のスペシャリストの訓練には約5週間かかります。ISSに滞在するために、全てのモジュール、打ち上げ・帰還の際に搭乗するソユーズ宇宙船、物資の輸送に使用される「こうのとり」といった輸送機など、すべてについてスペシャリストになるためには、数年かかってしまいます。ミッションに任命されてからの訓練期間は約2年半ですから、全員をすべてのモジュールのスペシャリストにする時間はありません。あるモジュールについてはこの宇宙飛行士がスペシャリスト、このモジュールについては別の宇宙飛行士、というように組み合わせを考えなくてはいけません。さらに、各宇宙飛行士は自分が搭乗する半年前のミッションに対し、バックアップクルーとして任命されることになっていますので、必要な訓練はそこまでに終わらせなくてはなりません。こうした訓練を、ISSに搭乗するすべてのクルーに対して各国と調整するのはなかなか大変です。
インストラクターは、あるタスクについての訓練を行う場合、そのタスクについてどのような技能が必要なのかを分析・検討し、そのタスクを行うのに絶対に必要になる技能、必須ではないけれども知っていたほうがいい技能といったように優先順位をつけ、限られた時間の中でそれを身につけられるようにカリキュラムを組んでいきます。ただ単に使い方を伝えればいいというわけではなく、どこが重要か、注意すべき点はどこにあるのかなど重点を置くべきポイントを伝えるのも重要です。限られた時間の中でいかに分かりやすくポイントを押さえた訓練を行うかというのはインストラクターの腕の見せ所ですね。
訓練の内容には過去に宇宙飛行士が訓練を行った際のフィードバックも取り入れています。実際のミッションの後に宇宙飛行士を含む関係者が参加して行われる、デブリーフィングと呼ばれるレビューの場にもインストラクターが参加し、そこで宇宙飛行士から出た意見もその後の訓練に取り入れられます。 また日本の訓練では、一人ひとりの宇宙飛行士に対して少しずつカスタマイズした訓練内容を提供するようにしていて、宇宙飛行士から高く評価されています。淡々と必要事項を伝えて欲しいという宇宙飛行士もいれば、背景となる理論を知りたいという宇宙飛行士もいます。また長距離移動の直後であれば疲労があるのであまり訓練密度を上げないとか、そういった一人一人の個性や状況に合わせて、少しずつカリキュラムをカスタマイズして訓練を行うようにしています。
もちろん、機器を作ったメーカー、実験をする機関や実施手順を作成する担当とも協力しながら訓練内容を作る必要があるので、2時間の訓練を行うのに数週間の準備期間がかかります。また、準備ができたら終わりではなく、実際に宇宙飛行士に対して訓練を行う前に、少なくとも1回、通常3回程度のリハーサルを行って内容が妥当かどうかを評価しています。訓練はやり直しがきかないので、品質にはかなり気を使っています。
宇宙実験室ノート
ニュースやレポートなどで宇宙飛行士たちの厳しい訓練の様子をよく目にしますが、一方でその訓練メニューを作る人や、宇宙飛行士とともに訓練をやり遂げているインストラクターがいることは、ついつい忘れてしまいます。お話をうかがっていると、訓練を受ける宇宙飛行士と同じくらい、強い意志と責任感を持って訓練にあたっておられるのが伝わってきました。次に宇宙飛行士の訓練の話を聞いたら、ぜひその訓練を組み立てている人たちにも注目してみてください。
関連リンク
JAXA宇宙飛行士活動レポート
実験運用管制チーム:「きぼう」日本実験棟
新米宇宙飛行士最前線!:新米宇宙飛行士最前線!
[2016.3]