新たなスタートをきったJAXA JAXA理事 今井良一

政府が取り組む「科学技術イノベーション総合戦略」に基づき、宇宙航空研究開発機構は、2015年4月1日から国立研究法人宇宙航空研究開発機構として新たなスタートをきりました。国立研究開発法人としてJAXAはどのように変わるのか、研究開発部門担当の今井良一理事に話を聞きました。


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国全体としての研究成果の最大化

インタビュー国立研究開発法人に移行した目的は何でしょうか?

今井良一

目的は、国全体として「研究開発成果を最大化」することです。複数の研究機関が密に連携を取ることで、国際競争に勝てる技術を生み出すとともに、イノベーションを起こす研究成果で新たな価値を創造し、社会に貢献します。

インタビューJAXAはどう変わっていくのでしょうか?

 国立研究開発法人になったことで、「わが国の宇宙航空技術を先導する中核機関として、国際競争力の高い技術を生み出し、その技術を用いて社会の課題解決に貢献していく」という役割が、より明確化されました。それを達成するため、要素技術ごとに13あった研究グループなどを、4つのユニットに集約し、課題に対して機動的かつ効率的に研究開発が進められるようにしました。

 これまでの技術研究は、「軌道・航法グループ」「誘導・制御系グループ」「通信・データ処理系グループ」「電源系グループ」というように、“要素技術”を中心にグループ分けして行われ、それぞれが個々に活動するという感じでした。例えば、システムの電源で問題が起きると、電源系グループだけで解決しようとする傾向がありました。システムの課題を克服し、競争力を高めるためには、一つの要素技術だけではなく、さまざまな技術を組み合わせて考える方が、有利なはずです。そこで、電気、制御、通信、部品等を集約して「第一研究ユニット」とすることにしました。

 そのほかにも、機械、構造、熱、流体等を集約した「第二研究ユニット」、ソフトウェア、計算工学等を集約した「第三研究ユニット」、輸送系エンジン技術等を集約した「第四研究ユニット」があります。ただし、ある研究テーマに対して、一つのユニットの人だけが関わるというわけではありません。4つのユニットの責任者が相談をして、そのテーマにふさわしい人を、それぞれのユニットの中から選出します。研究者や技術の連携を柔軟に行うことで、課題に対する成果を最大にしようというわけです。

インタビューこれからは、人工衛星やロケットといった既成の分野の垣根を越えて研究を行うということでしょうか?

はい。従来の概念に縛られたロケットと衛星の壁を取り払い、風通しを良くしたいと思っています。衛星とロケットの技術を別々に考えるのではなく、衛星をロケットで打ち上げて軌道上で機能させるという一連の流れを総合的に見て、その中で、どのような新しい技術が必要かを考えます。ロケットの技術をやりたい、衛星の技術をやりたいというのではなく、宇宙で“何を”したいのかという観点で課題を捉えて研究テーマを設定するのです。例えば、輸送コストを半分にしたい。では、何故半分なのか。半分にすることで地上の通信が提供できない、どこでも誰でも通信できるようなサービスを宇宙が提供できるようになる。など、衛星系の最終的なサービスや事業の価値を踏まえて輸送系の研究目標を設定するといったような考え方です。研究課題はいろいろ考えられると思います。JAXAでは、外部の機関との連携や協力を積極的に行い、世界に誇る日本の技術の活用から利用まで含めて、さまざまな人が知恵を出し合って研究できる環境を作りたいと考えています。

自由度の高い、研究者や技術の連携

インタビューJAXAではどれくらいの数の研究テーマがあるのでしょうか?

今井良一

 実は、昨年、調査したところ、JAXAだけで約330件の研究テーマがあることがわかりました。それを調べると、大きく2つの問題点が浮かび上がってきたのです。一つは、テーマが分散しすぎていて、横のつながりが少ないということ。多くの研究がシステムの軽量化や長寿命化といった、今の技術の改良や信頼性を上げるという目標を掲げているにもかかわらず、相互に連携をしていないため、その成果を最大化するような形になっていませんでした。二つ目は、従来とはまったく異なる原理やアイデアに基づいた、革新的な研究が少なかったこと。別の次元にジャンプするような研究に挑戦し、新しい価値を生み出していかなければ、厳しい国際競争には勝てません。それをわかっていながら、そこに貢献するような研究テーマを打ち出せていなかったのです。

 この2つの問題を解決することが研究開発成果の最大化につがるため、JAXAはこの4月から新体制となって動き始めました。今後は、研究者や技術の流動性や連携の自由度を高めたいと思っています。そのため、細分化された研究テーマを、いくつかの主要な課題の下に振り分け、異なる分野の研究者が一緒に活動できる枠組みを作っていきます。また、斬新なアイデアも採用できる機会をできるだけ多く作りたいと思います。現在は、どのような主要テーマで研究を進めるべきか議論を重ねているところですが、新しい枠組みでの本格的な研究活動が軌道に乗り始めるのは今年の10月頃だと思います。その後も、PDCAサイクルを回して、できるだけ多くの研究成果を社会に実装できるよう努めていきたいと思います。

インタビューこれからは新しいことにもどんどん挑戦していくのですね。

 JAXAが第一に優先すべきことは、既存のプロジェクトを確実に実行することです。その中で、新しい価値を生み出す研究にも取り組んでいくことが大事だと思っています。具体的には、「支える研究」「先導する研究」という2つに分けて取り組んでいきます。支える研究というのは、今やっているプロジェクト、あるいは、これからプロジェクト化されるような、形がはっきり見えているものに対して行うもので、先導する研究は、将来の課題解決を目指すものです。ロケットを例にすると、新型基幹ロケット「H3ロケット」に向けた構造の軽量化や消費電力の低減が、支える研究にあたり、再使用型ロケットに使うエンジンや機体構造技術の開発は先導する研究になります。

インタビュー職員の個人のアイデアが取り入れられるチャンスもあるのでしょうか?

 もちろんあります。年度の始まりしかアイデアを受け付けないということはせず、常時、提案してもらえるようにしたいと思っています。ただ、新しいアイデアを取り入れる場合には、それが本当に将来につながるものなのかといった見極めが大事になってきます。これまでの価値観だけで判断をすると新しいアイデアを殺してしまいますので、そこは我々も問われるところだと思います。そこでJAXAでは、技術領域リーダーという技術の専門家を何人か置いて、彼らがまず職員からのアイデアを聞き、助言をしたり、いいアイデアがあれば、それを価値のあるテーマへと導いてあげられるような仕組みをとります。JAXAの“技術の顔”となる人からの指導は、人材育成の面でも有効だと思います。また、その一方で、個人のアイデアを外部に発信していく活動を怠ってはいけません。学会などの発表の場で自分の考えを発信することで、その反響にしっかりと応え、あるいは賛同者をうまく取り込み、研究に広がりをもたせていく努力も大切だと思います。

オールジャパンとしての総合力を活かす

インタビューほかの研究機関との協力体制についてはいかがでしょうか?

今井良一

 ほかの研究機関との連携はこれまでにもありましたが、それをさらに強化していきたいと考えています。例えば、筑波宇宙センターのあるつくば地区は、産業技術総合研究所や物質・材料研究機構といった国立の研究機関が集まっていますので、研究者がお互いの研究室を訪問して、意見交換をするといった活動を積極的に行っています。これまでは、学会などで知り合った個人どうしの交流でしたが、研究機関の幹部や研究者が相手の研究現場を訪れて課題を共有し、その解決に向けた議論を行うようにしました。実際に研究室を訪れて話してみるといろいろなことが見えてきて、お互いの知恵や技術が相手の研究にも活かせるのではないかといった発見もあるようです。このような、広がりを持った共同研究を行うことで、また新しい価値が生まれてくるのではないかと期待しています。宇宙航空分野に限らず、オールジャパンとしての総合力を活かすことで、国全体としての研究成果の拡大につながるのだと思います。

インタビューJAXAの技術を用いて社会の課題解決に貢献していくことが目的の一つですが、それについてはどう思いますか?

 JAXAのさまざまな研究成果が社会のインフラに利用される可能性はたくさんあります。例えば、太陽光発電の技術です。軌道上に大きな太陽電池パネルを設置して、そこで発電したエネルギーを地上に送り、地上で電気に換えるというシステムです。これは実用化されるまでに時間がかかりますが、研究の途中段階でも、世の中で使えるような技術が生み出されれば、社会にどんどん出していくようにしたいと思っています。このように視野を広げることは、どの研究においても必要なことです。そのほか、商品の外からは見えませんが、信頼性の高い宇宙の技術が、民生品として使われているケースはたくさんありますよ。例えば、衛星の熱制御技術は4K/8K超高精細テレビの発熱制御に、衛星の電子部品は自動運転車の部品に応用できると思います。やはり、普段から視野を広く持ち、外部の方とも付き合いがあると、宇宙でしか使えないと思っていた技術が地上にも波及していきます。そういったことも、私たちの研究の価値を高めることにつながっていくのだと思います。

さまざまな技術の組み合わせで課題解決を

インタビュー新体制になったことで、どんな成果を期待していますか?

今井良一

 いろいろな分野の研究者が一緒になったのですから、さまざまな技術を組み合わせてできることをやりたいと思います。一例を挙げるとすれば、ロボット技術です。ロボットは機械や電気、ソフトウェアが関係しますので、これまでバラバラに研究していた技術の総合体なのです。自律的に探査するロボットの技術は、地上での災害救助や危険な場所での作業を行うロボットにも応用できますので、非常に価値があると思います。

 また、どんな新しいアイデアが出てくるのか非常にワクワクしています。今、わが国の衛星やロケットがひとつの完成形に近づいたことで、それを支える宇宙航空技術が曲り角に立っている感じがします。衛星やロケットの開発には時間も費用もかかりますので、国が主導して行ってきましたが、その技術が一般化してきたことで、民間企業も参入できるようになりました。衛星やロケットの技術をもった人が増えた結果、インドや中国など新興国が宇宙開発にどんどん参加し、その技術はますます一般化してきたように思います。そんな中で、次の宇宙航空技術を切り開いていくためには、まさに、知恵と想像力の勝負です。教科書で勉強してきたような一般的なことだけでは、世界のライバルを相手に勝ち抜くことはできません。そういう意味では、自分の新しいアイデアが形になる可能性が高いので、研究者にとっては面白い時代になったのではないでしょうか。これまで、斬新すぎるアイデアだから後回しにしようと言われていたようなものが、今まさに求められるのです。

インタビュー自分でも新しいアイデアを考えたりしますか?

 こんな技術があったら楽しいだろうなといったことはよく考えていますね。先ほど申し上げた、ロボットによる宇宙探査には興味があります。ロボットと人間が協力しながら宇宙探査を行う姿をぜひ見てみたいですね。月の場合は地球の6分の1の重力ですから、構造は軽くていいですし、エネルギーも小さくて済みます。人間の場合は生命維持装置付きの、200kgぐらいの宇宙服を着なければなりませんので、機能性はロボットの方が高いのです。ですから、人間が月へ行く前に人型ロボットが月へ行って基地を作り、人間を迎えるという方法もあると思います。また、小型の衛星を集合体で使うことにも関心があります。大きな衛星を作るためには、大規模な施設が必要ですし、打ち上げロケットも大きくなければなりませんが、小さい衛星の場合はそれが必要ありません。小型衛星をいくつか打ち上げて、小さいミッションは一つの衛星で行い、大掛かりなことは、複数の衛星を軌道上で組み合わせて行う。生物の世界でも、アメーバが集団行動をして、まるで1つの大きな生物が動いているように見えますが、それと同じようなシステムです。そういうことができると面白いと思います。アイデアは次から次へと浮かんできますので、こんなことを言い出すとキリがないですね(笑)。

インタビューこれからの研究開発を支える、若い研究者に向けたメッセージをお願いします。

 宇宙が抱えている大きな課題を最初に挙げて、「その課題を解決するためにはこういう技術が必要だから研究します」というように、課題に研究テーマを結びつけていくようにしてほしいと思います。研究の目的は、技術開発ではなく、課題を解決することであってほしいです。課題があるから挑戦しがいがあるといいますか、そこに山があるから登るというのと同じです。目的のために専門知識をもって研究に励み、JAXAだからできるという研究をぜひやってほしいと思います。

今井良一(いまいりょういち)
JAXA理事、筑波宇宙センター所長、研究開発部門長
1981年、京都大学大学院工学研究科電子工学専攻修士過程終了。同年、宇宙開発事業団(現JAXA)入社。技術試験衛星III型「きく4号」、VI型「きく6号」、VII型「きく7号」などに携わる。2013年4月にJAXA第二衛星利用ミッション本部プロジェクトマネージャ、同年6月に研究開発本部研究推進部長を務める。2015年4月より現職。

[2015年8月公開]