日本が世界に誇るレーダで、大地の動きをしっかりと見る陸域観測技術衛星2号「だいち2号」プロジェクトマネージャ 鈴木新一

地球の大地は今日も動き、地震や洪水、火山噴火、地滑りなどの自然災害や、森林の違法伐採など人間による自然破壊によって変化しています。その大地の動きを詳しく観測するのが陸域観測技術衛星2号「だいち2号」です。「だいち」の実績を礎に、災害状況の把握や環境問題の解決など幅広く利用される予定の「だいち2号」。国内だけでなく世界からの期待も受けて、H-IIAロケットによって間もなく打ち上げられます。


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大地にも、精密検査が必要だ。

インタビュー「だいち2号」はどのような衛星ですか?

 「だいち2号」は、2006年~2011年に運用された「だいち」の後継機です。「だいち」のLバンド合成開口レーダ(PALSAR)を高性能化したPALSAR-2を搭載し、大地の動きを詳しく観測します。「だいち2号」は、北極と南極を結ぶ軌道を飛び、昼間の12時前後と夜間の24時前後に日本の上空を飛行します。

インタビューこの衛星は、私たちの暮らしにどう貢献するのでしょうか?

 「だいち2号」の役目は大きく3つに分けられます。1つ目は、私たちの暮らしを守る、災害対策に貢献することです。「だいち2号」は、地震に伴う地殻変動、台風や津波による冠水、火山噴火の際の溶岩噴出など、災害発生時の被害状況を把握します。また、地滑りや地盤沈下など地形の変化を調べ、災害予防につなげます。

 2つ目は、温暖化対策など環境問題への貢献です。その1つが、全球規模の森林マップの作成です。森林は地球温暖化の原因となる温室効果ガスの吸収源と言われています。森林の面積を把握できれば、森林の炭素吸収量を推測できるのです。近年、ブラジルの森林地帯などで違法伐採が頻発していますが、森林を監視すれば、その防止や環境保護にもつながります。また、気候変動の影響が現れやすいのが極域です。極域の氷河を長期的に観測することで、環境問題の改善に寄与します。オホーツク海の流氷の情報は、海上保安庁に提供し、船舶の安全を守るためにも活用されます。

 3つ目は、社会・経済への貢献です。例えば、水稲の作付面積を把握することで、食糧問題対策に役立ちます。アジア各国では人口の増加による食糧問題が深刻ですが、それに取り組むためには、自国やアジアの農業状況を知ることが大切なのです。そのほか、地下資源の探査も行います。海底油田がある場所では漏出した油が海面に浮かびますが、それを発見することで新たな資源開発につながります。

インタビューレーダで森林や水稲まで調べられるのですね。レーダの特徴を教えてください。

Lバンド合成開口レーダ(PALSAR-2)
Lバンド合成開口レーダ(PALSAR-2)

 レーダは夜でも観測でき、雨や雲を通して地表を見ることができますので、天候に左右されることがありません。特に、波長が長いLバンド合成開口レーダは、葉や枝を通過して地表を見ることができますので、大地の動きを詳しく観測できるのです。レーダを使って、雲や植生を通して地表の様子を見られるのは、私たちの身体を調べるレントゲンやCT検査と似ていますよね。また、森林や極域の氷河が年々減少していることは、知らず知らずのうちに気候変動に影響を与えていますが、これは生活習慣病みたいなものです。ですから、日頃から定期的に検診を行うことで、予防につながるはずです。そういう意味で、『大地にも、精密検査が必要だ。』というキーワードを基に、このプロジェクトを進めています。

インタビュー「だいち」に搭載されたLバンド合成開口レーダは日本が育てた技術ですか?

 はい、そうです。1992年に打ち上げられた地球資源衛星「ふよう1号」に、初めてLバンド合成開口レーダが搭載され、次に、2006年打ち上げの陸域観測技術衛星「だいち」。そして、「だいち2号」で3代目になります。Lバンド合成開口レーダは日本が継続的に開発し、その観測性能は世界最高レベルです。世界に誇れる、日本の得意な技術といえるでしょう。

より詳しく! より迅速に!

インタビュー「だいち2号」は「だいち」の後継機ですが、どう進化しましたか?

分解能の比較。「だいち」PALSARでは識別できないマンション群の形状(赤丸)や、主要建造物(黄丸)が、「だいち2号」PALSAR-2のシミュレーション画像(下図)では識別可能である。
分解能の比較。「だいち」PALSARでは識別できないマンション群の形状(赤丸)や、主要建造物(黄丸)が、「だいち2号」PALSAR-2のシミュレーション画像(下図)では識別可能である。

 分解能、観測頻度、迅速性が向上しています。「だいち」では最高で10mの物が見えたのに対して、「だいち2号」では3mの物まで見えるようになりました。さらに、新たに加わったスポットライトモードを使えば、進行方向にある1mの物まで見ることができます。

 また、レーダに特化したことで、昼夜関係なく観測ができるようになりました。前号機では光学センサと合成開口レーダの両方を搭載していたため、昼間は光学センサを使い、レーダは主に夜しか観測できなかったのです。また、「だいち」のレーダは、光学センサを搭載していた関係で、右側しか観測できませんでした。今度は右も左も見られますので、観測可能な範囲が870kmから2,320kmに広がります。

 そして、迅速性が向上しました。それを可能にした1つの理由は、衛星の高度にあります。前号機の高度が691kmだったのに対して、「だいち2号」の高度は628kmです。高度と軌道傾斜角をうまく選択することで、衛星が地球全体を観測して同じ場所に戻ってくるまでの日数(回帰日数)が、46日から14日に大幅に短縮されました。つまり、観測すべき場所が早く見られるというわけです。日本付近であれば、観測要請が出されてから12時間以内、アジア域であれば24時間以内に見られます。さらに、撮ったデータは、観測後1時間程度で提供する予定です。

 そのほかにも、衛星の軌道のコントロールがより精密になったり、レーダの観測精度が上がるなど、「だいち2号」は前号機に比べ、技術的にかなり進化しています。

インタビューレーダに特化したことで、災害対応にも強くなるのでしょうか?

 もちろんです。「だいち2号」の大きな目的は、災害に迅速に対応することです。災害発生時は、できるだけ早く現場を撮像し、必要な情報を素早く提供することが何より大切です。レーダは、昼夜、天候に左右されることなく観測できますので、災害時にとても効果的なのです。しかも、宇宙からは、広い範囲を一度に見られますよね。また、開発や打ち上げにかかるコストの削減と、技術的なリスクを低減のために、衛星を軽量化する必要がありました。レーダだけを搭載した理由はそこにもあります。衛星の質量は前号機の約半分の2tですから、開発目標を達成できたと思います。

世界からも期待される「だいち2号」

インタビュー「だいち2号」は2014年5月24日に、種子島宇宙センターからH-IIAロケットで打ち上げられる予定です。打ち上げ後の運用スケジュールを教えてください。

打ち上げを待つ「だいち2号」
打ち上げを待つ「だいち2号」

 衛星が軌道に投入された後、約80日間かけて各機器が宇宙空間で正しく動作するかを確認します。衛星を安定して運用できるようになると、定常的な観測を始めます。打ち上げから約4週間後には初観測画像を公開したいと考えていますが、品質が確認されたデータを外部に配布できるのは、打ち上げから半年後ぐらいです。ただ、それ以前であっても、大きな災害等が起きれば、必要に応じて緊急対応したいと思います。

インタビュー衛星はどれくらいの期間、活用されるのでしょうか?

 設計寿命は5年、目標は7年間です。7年間の運用に必要な燃料や必要な性能は確保されています。我々としては、できるだけ長く、順調に活躍してくれることを願っています。

インタビュー「だいち2号」のデータは、JAXAの地球観測研究センターがすべて解析を行うのですか?

 いいえ。前号機の経験も踏まえて、協力協定を締結した省庁にデータを提供し、各省庁がデータを解析します。データの利用目的を明確にして、それぞれ成果をあげていただくために、このようなかたちを取ります。例えば、地殻変動は国土地理院、火山活動は気象庁といった具合です。特に災害が起きた場合は、中央省庁にデータを流して、そこから各防災機関のネットワークを通じて、なるべく早く現場に情報を届けるようにしたいと考えています。一方、環境問題などに対応するデータは、JAXAの地球観測研究センターで、研究者の方たちが使いやすいかたちに画像処理して提供します。そのほか、協定等で想定していない新しい利用については、データ配布の民間会社を通して幅広く使っていただきたいと思っています。

インタビューデータは海外にも提供されるのでしょうか?

 「だいち2号」の観測データは、「国際災害チャータ」などの国際協力を通じて海外にも提供されます。災害発生時には、自国の衛星がそのタイミングで自国の上空を飛んでいるとは限りませんし、自国の衛星を持っていない国もあります。そのため、各国が協力して衛星からの観測データを提供し合おうという国際的な枠組みが、「国際災害チャータ」です。そして、そのアジア版が「センチネルアジア」になります。日本も「だいち」の打ち上げからこれらの枠組みに参加し、海外の災害発生時には積極的に情報を提供してきました。その功績から、「だいち2号」の活躍は世界からも大変期待されているのです。

今までの経験を十分に活かして

インタビュー鈴木さんは子どもの頃から宇宙に興味があったのですか?

 私は、テレビっ子で(笑)。アニメや特撮の番組が大好きで、暇さえあれば見ていました。それと、模型など、はんだごてを使って自分で何か作るのが好きでしたね。10代の中頃に「スペースインベーダー」というゲームが流行って、これに夢中になりました。だけど、ゲームが置いてあるお店にばかり行くと、お金がかかりますよね。それで、当時マイコンと呼ばれていたパソコンを自分で持てば、好きにゲームができると思って……。それでコンピュータに興味を持つようになりました。その流れで、大学では数理工学を学びましたが、専門は神経回路網の研究だったので、宇宙とは全然関係ありません(笑)。

 一方で、「宇宙戦艦ヤマト」や「機動戦士ガンダム」といった宇宙を題材にしたアニメも好きで、特に高校時代は「ガンダム」に熱中しました。あの世界観がたまらなく好きだったのです。それをきっかけに宇宙に興味を抱くようになりました。そして、大学の研究室で宇宙開発事業団(NASDA、現JAXA)というのがあるのを知って、「なんだか面白そうだなあ。宇宙の分野でも数理的な手法が活かせるかもしれない」と思って入社し、現在に至るという感じです。

インタビュー今の仕事のやり甲斐は何だと思いますか?

「だいち2号」CG
「だいち2号」CG

 自分の経験を「だいち2号」に反映できたところに、非常に醍醐味を感じています。私は、1996年打ち上げの地球観測プラットフォーム技術衛星「みどり(ADEOS)」、2006年の陸域観測技術衛星「だいち」の地上システムの開発を担当した後に、「だいち2号」の立ち上げに参加しました。地上システムには、衛星の管制や、衛星が取得したデータを受信する機能があります。私は「だいち2号」の構想段階から関わっているため、過去に「ここは、このようにした方がよかった」と思ったところを、直接、自分で反映することができたのです。その時にやり甲斐を感じましたね。衛星が宇宙でちゃんと動くのを確認できると、それが新たな醍醐味になると思います。

インタビューどんなことを反映したのか、例えば一つあげるとしたら何でしょうか?

 前号機の「だいち」は、当初は災害観測がミッションの最優先ではありませんでした。しかし、いざ運用が始まると、災害観測の優先度が上がっていき、その中で課題になったのが、「迅速性」でした。いかに早く観測し、情報を提供できるかが重要なのです。「だいち2号」では迅速性を高めるため、「一気通貫」にこだわりました。例えば、地上からの要求で衛星が画像を撮影し、それを地上で受信する場合、それぞれの業務は分担されています。メーカーの担当者に業務を依頼するときも、変なところで垣根ができて障害にならないよう工夫しました。「だいち2号」では、1個の大きなシステムとして、一気通貫でスピーディに対応できるようになったと思います。

初めて見る打ち上げが「だいち2号」

インタビュープロジェクトマネージャとして心がけていることはありますか?

鈴木さん

 私がいちばん大事だと思っているのは、スピード感です。世の中の周辺状況の動きに対して、常にアンテナを張り、何か問題が起きたときに素早く対応するようにしています。次に何が起きそうか、それが起きたら何をしなければならないか、いつも予測することが重要と考えています。

インタビュー打ち上げを目前に控えた今のお気持ちをお聞かせください。

 今は、責任を感じながら、期待もしているという、ちょっと複雑な心境です。私はこれまで地上システムを担当し、衛星が打ち上ってすぐに受信すべきデータを地上で待つのが仕事でした。ですから、衛星の打ち上げを間近で見たことがありません。今回、初めて種子島宇宙センターで打ち上げを体験しますので、それは素直に楽しみにしています。非常に期待感が強いですね。一方で、衛星が宇宙で正常に動いてくれないと話になりませんので、必ず成功させなければならないという責任を強く感じています。

鈴木新一(すずきしんいち)
JAXA第一衛星利用ミッション本部 陸域観測技術衛星2号「だいち2号」プロジェクトチーム プロジェクトマネージャ
地球観測プラットフォーム技術衛星「みどり(ADEOS)」、NASAの火星探査計画「マーズ・サーベイヤー」(ジェット推進研究所で研修)、陸域観測技術衛星「だいち」の地上システムの開発に携わった後、2009年より「だいち2号」プロジェクトチームに所属。2013年10月より現職。

[2014年5月公開]