ベトナムと日本の宇宙協力に期待 超小型衛星「ピコドラゴン」プロジェクトマネージャ ヴー・ヴェト・フォン(Vu Viet Phuong)

ベトナムが日本と共同で開発した超小型衛星「ピコドラゴン」。2013年8月に打ち上げられた宇宙ステーション補給機「こうのとり」4号機に搭載され、同年11月に、国際宇宙ステーションに滞在中の若田光一宇宙飛行士によって宇宙空間へ放出されました。衛星の現状やベトナムの宇宙開発についてお話を伺いました。


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ベトナム初の国産衛星・ピコドラゴン

ベトナム国家衛星センター(VNSC) の概要を教えてください。

  VNSCはベトナムの国立宇宙研究機関で、ベトナム科学技術院(VAST:Vietnam Academy of Science and Technology)に所属しています。2011年9月に、ベトナムの首相の決定に基づいて設立されました。主な業務は4つで、1)小型衛星の研究開発、2)宇宙技術の応用、3)衛星技術における優秀な人材の開発、4) 2020年に完成予定のベトナム宇宙センター計画を受託、管理、実行することです。

フォンさんのご担当は何でしょうか?

  私の仕事は、小型衛星の技術開発を進めることです。昨年打ち上げた超小型衛星「ピコドラゴン」のプロジェクトマネージャを務めています。ベトナム宇宙センター計画に携わる業務も担当しています。また、ベトナム国立大学ハノイ校工科大学及びハノイ科学技術大学には、宇宙関係の技術者を育てるトレーニングコースがあり、私は講師を務めています。

超小型衛星「ピコドラゴン」はどのような衛星ですか? 名前の由来は何でしょうか?

「きぼう」日本実験棟から放出された3基の超小型衛星。「ピコドラゴン」と同時にNASAが公募した2基の衛星も放出。(提供:JAXA/NASA)
「きぼう」日本実験棟から放出された3基の超小型衛星。「ピコドラゴン」と同時にNASAが公募した2基の衛星も放出。(提供:JAXA/NASA)

 「ピコドラゴン」は一辺10cmの立方体で、重さ1kgの超小型衛星です。衛星の目的は、地球の撮影や、衛星と地上局間の通信路を確立すること。そして、宇宙技術の促進及び人材を育成することです。衛星の名前は、小さいという意味の「ピコ」と、ドラゴンを組み合わせたものです。ドラゴンは古くからベトナムのシンボルであり、1010年に今のハノイに誕生した首都・タイロン(昇龍という意味)にも関連しています。

衛星の現在の状況を教えてください。

 「ピコドラゴン」は地球低軌道を飛行し、毎日ビーコン信号を地球へ送っています。VNSCの地上局だけでなく、アマチュア無線家の多くがその信号を受信しました。この受信成功により、「ピコドラゴン」は宇宙で運用可能なベトナム初の国産衛星になりました。しかし現在は、衛星の動作状態を知らせるテレメトリ信号の受信に問題が発生していて、非常に少ないデータしか受信できていません。

成功は、日本の協力があったからこそ

「ピコドラゴン」は、日本と共同で開発されたそうですね。

2008年、JAXAで行われた衛星開発者向けのトレーニングに参加(提供:VNSC)
2008年、JAXAで行われた衛星開発者向けのトレーニングに参加(提供:VNSC)

 はい。VNSCと東京大学、IHIエアロスペースの共同開発です。2007年に「ピコドラゴン」の開発がスタートしましたが、その初期段階からJAXAは多大なサポートをしてくれました。JAXAの支援方法は素晴らしかったと思います。手取り足取り指導するようなことはせず、私たちに自由に研究をさせて、タイミング良くチェックをしては軌道修正してくれたのです。一つ一つ教えてもらいながらやるより時間はかかるかもしれませんが、より自由に活発に研究に取り組むことができました。その結果、自分たちで前に進む力を育むことができたと思います。

日本滞在中のことで印象に残っていることは何でしょうか?

 JAXA筑波宇宙センターなどで、衛星の専門家の方から指導していただいた日々を未だに忘れることはありません。日本との共同開発により、衛星の開発方法や、それに関連する宇宙技術について多くのことを学ぶことができたのです。技術的なことだけでなく、宇宙分野で働く姿勢についても教わりました。このような国際協力があったからこそ、「ピコドラゴン」は成功したのだと思います。

開発ではどのようなご苦労がありましたか?

衛星の開発風景(提供:VNSC)
衛星の開発風景(提供:VNSC)

 衛星を自ら作った経験がなかったため、乗り越えなければならない課題がたくさんありました。ベトナムには、衛星の開発に必要なインフラがありませんし、衛星の部品を自国で調達することもできません。またVNSCでは、エンジニアの海外研修や留学を積極的に行っているため、途中でメンバーが替わることもありました。さらに、予算が非常に限られていたことも、開発を進める上で苦労を感じたところです。

どのような成果があったと思いますか?

 「ピコドラゴン」からのテレメトリ信号を受信できたことは、技術的な大きな成果でした。この衛星の開発により、多くの若いエンジニアが恩恵を受けていますが、彼らの経験を今後の大学教育やエンジニアの育成にも役立てたいと思っています。そのために、現在、衛星の開発過程を記録にまとめ、また、超小型衛星のソフトウェア開発キットの製作を進めています。「ピコドラゴン」の成功が、ベトナムの宇宙技術の発展に貢献したのはもちろんですが、これにより、若い世代が宇宙科学技術に関心を持つようになったことが何よりの成果です。国民からも大きな支援を受け、それが、今後の衛星開発の後押しとなっています。

ベトナム宇宙センター、2020年に完成予定!

ベトナムではどのような宇宙開発が進められていますか?

ベトナム宇宙センター完成予想図(提供:VNSC)
ベトナム宇宙センター完成予想図(提供:VNSC)

 ベトナムでは、2006年に首相が「2020年までの宇宙技術研究・応用戦略」を発表しました。この政策は、2020年までの宇宙技術の研究開発、応用、教育、国際協力の基盤を構築するものです。具体的には、小型地球観測衛星の設計・製造・運用を行うための技術の修得、及び、インフラを整備すること、優秀な人材の育成。ロケット技術の研究・製造やサービス・教育・ヘルスケアなど幅広い分野に宇宙技術を応用する、といったことが含まれています。そして、これらを実現するためにVNSCが設立されたのです。また、2011年11月には、日本のODA(政府開発援助)によるベトナム宇宙センターの建設も決まりました。

ベトナム宇宙センターの建設はすでに始まっているのですか?

 設計段階を終え、ベトナムと日本の政府がそれを査定しているところです。ベトナム宇宙センターはハノイ市のホアラック・ハイテクパークに建設されます。現在は、施設建設のための土地整備が行われており、かつて湖だったこの土地の埋め立て工事がまもなく終了します。完成は2020年の予定です。

この宇宙センターには、どんな施設が作られるのですか?

ベトナム宇宙センターには衛星開発の拠点となる施設が集まる(完成予想図)(提供:VNSC)
ベトナム宇宙センターには衛星開発の拠点となる施設が集まる(完成予想図)(提供:VNSC)

 小型衛星の研究と製造を行う拠点として、小型衛星の組立や試験を行える施設・衛星との間でデータの送受信を行う地上局・衛星画像を解析する施設などが建設されます。そのほか、人材育成のための研究開発教育センターや、社会教育を目的としたプラネタリウムも作られます。これが完成したら、東南アジアで最も近代的な宇宙技術センターになるでしょう。

 私たちが2017年に打ち上げる小型地球観測衛星「LOTUSat-1」は、ベトナム人技術者が参加して、日本において製造されることが決まっています。この準備に施設を使えるよう、2016年までにセンターの基礎部分を完成させます。一方、2020年後半には、2号機の「LOTUSat-2」の打ち上げが予定されていますが、これは、ベトナム宇宙センターで設計・組立・試験といったすべての工程を行います。

宇宙センターの完成が楽しみですね。完成したら国民生活にどう貢献できると思いますか?

 「ベトナム宇宙センター」プロジェクトの正式名称は、「衛星情報の活用による災害・気候変動対策事業(Project for Disaster and Climate Change Countermeasure Using Earth Observation Satellite)」です。これからも分かるように、衛星画像を積極的に利用することで、自然災害による被害の軽減と予防対策に貢献したいと思います。ベトナムは南北に長い海岸線を持つ国で、昔から台風や豪雨による災害を多く受けてきました。衛星を使って嵐や洪水を定期的に監視できれば、タイムリーに警告を出すことも可能です。また、衛星画像を用いて海面上昇や気候変動の影響を調べ、その対策を事前に検討することもできます。さらに、森林の火災や違法伐採を監視する森林管理にも役立ちます。このほかにも、衛星画像を使って農作物の生育状況を把握するなど、その利用方法は様々です。センターが完成すれば、国民がより安全に暮らせる社会をつくることができると期待しています。

アジア太平洋地域の宇宙連携を深めたい

アジアの宇宙機関の連携についてどう思われますか?

JAXA筑波宇宙センターを訪れた時の集合写真(提供:VNSC)
JAXA筑波宇宙センターを訪れた時の集合写真(提供:VNSC)

 あくまでも私の個人的な意見ですが、アジア・太平洋地域の宇宙機関の間では、十分な協力体制がまだ整っていないように思います。その理由は、各国が独自の宇宙開発を望み、共通する利点を見つけるのが難しいからかもしれません。しかし、宇宙開発後進国にとって国際協力は不可欠です。アジアの宇宙機関がもっと連携を強めることを望んでいます。連携を効果的に行うためにも、技術や知識の移転、人材交流や意見交換を積極的に行ない、将来的には、宇宙設備の賃貸借が行われるようになればと思います。

今後JAXAに期待することは何でしょうか?

 「ピコドラゴン」を通して、JAXAとの協力関係を深めることができましたが、これからは、特に技術面で、お互いの意見などをもっと自由に交換できるようになりたいと思います。例えば、JAXAは衛星開発に必要な知識と要求仕様や規格に関する経験を、そして私たちは新しいパートナーや取引先の考えや意見を提供します。また適した人材がいたら派遣します。JAXAが宇宙で実証したい機器があれば、私たちが将来開発する小型衛星に搭載することもできるでしょう。このように、日本とより強い協力関係が築けることを期待しています。

ヴー・ヴェト・フォン(Vu Viet Phuong)
ベトナム国家衛星センター副所長
超小型衛星「ピコドラゴン」プロジェクトマネージャ
ベトナム航空交通管理公社の無線航法エンジニア、国際航空情報通信機構(SITA)及びオレンジ・ビジネス・サービス社のベトナム担当ネットワークマネージャ、ベトナム科学技術院・宇宙技術研究所の客員研究員等を経て、ベトナム国家衛星センターに入社。専門は電子工学と電気通信。

[2014年2月公開]