謎に満ちているからこそ彗星は面白い!~アイソン彗星に沸いた日本列島~国立天文台副台長 渡部潤一
巨大彗星になると期待されていたアイソン彗星。残念ながら、2013年11月末に太陽に最接近した時に崩壊してしまいましたが、太陽に近づくにつれ、明るく尾をひくアイソン彗星の姿はとても印象的でした。その姿は、国際宇宙ステーションに長期滞在中の若田宇宙飛行士によって超高感度4Kカメラでも撮影されました。今年の冬は、アイソン彗星のほか3つの彗星がやってきました。彗星の魅力を国立天文台の渡部潤一副台長に伺います。
太陽系誕生の謎に迫る汚れた雪だるま
今年はコメットイヤーと言われていました。どのような彗星がやってきたのでしょうか?
ラブジョイ彗星(2013年12月2日撮影)(提供:牛山俊男)
3月にパンスターズ彗星。11月にはアイソン彗星のほか、ラブジョイ彗星(C/2013R1)、エンケ彗星、リニア彗星が現れました。これらの彗星が明るくなってたまたま同じ時期に太陽に近づき明るくなったものです。これ以外にも無名の彗星は数多くあります。
12月23日に近日点通過となるラブジョイ彗星は、2011年に現れたラブジョイ彗星(C/2011W3)と同じ豪州のラブジョイさんが発見したものです。双眼鏡を使えば、12月中は明け方の東の空に見えますので、ぜひ見てみてください。彗星を見るポイントは、まず時間と場所と方向を間違えないこと。彗星の光は淡いので、星が見える暗い場所を選んだ方が良いと思います。
そもそも彗星とはどのような天体でしょうか?
彗星の構造(提供:国立天文台)
彗星は太陽系の果てからやってくる、巨大な氷の塊です。彗星の本体を「核」と呼んでいますが、その成分は80%ほどが水で、残りの20%には二酸化炭素や一酸化炭素などが含まれます。これに砂粒のようなチリが混ざっています。簡単に言うと、表面に砂やチリがついた「汚れた雪だるま」です。大きさは数百mから数十kmのものまでさまざまです。
その塊が太陽光で暖められると表面の氷が溶けて、チリやガスを吹き出します。彗星の尾は、このチリとガスによって作り出されたものですが、その成分と見え方から2種類に分けられます。一つは「チリの尾」で、彗星の本体から出たチリが太陽光を反射して光ったもの。もう一つは、ガスが電気を帯びた「イオンの尾」で、青白く見えます。彗星の尾は、太陽に近づくほど輝き、長く伸びると考えられています。チリが多い彗星ほど立派な尾になりますが、その姿がほうきのように見えるため、昔から「ほうき星」とも呼ばれています。
彗星はどこからやってくるのでしょうか?
彗星の故郷は、「オールトの雲」と「エッジワース・カイパーベルト」の2つが考えられています。「オールトの雲」は太陽系の最外縁部、エッジワース・カイパーベルト」は海王星の軌道の外側にある氷の微惑星の集まりです。この氷の微惑星は、46億年前に太陽系が誕生した時に生まれたもので、彗星は何らかの理由で軌道を変えて、太陽系の軌道に入ってきた天体です。ですから、彗星を調べれば、太陽系誕生の謎に迫ることができるのです。
彗星はどのような軌道を描きますか?
これまで観測された彗星の軌道を調べてみると、大きく2つのグループに分けられます。1つ目は、軌道が比較的小さく、短い周期で太陽を公転している「短周期彗星」。主に黄道面に沿った軌道を描きます。今年見えたエンケ彗星など、250個あまり発見されています。その中で、公転が逆向きの彗星があり、76年周期のハレー彗星が代表なので、ハレー型とも分類されます。一方、軌道がとても大きくて細長く、その周期が極めて長いのが「長周期彗星」です。放物線軌道や双曲線軌道のような、一回限りの出現で二度と戻ってこない彗星も、長周期彗星に分類されます。アイソン彗星はまさしくこれで、放物線を描く軌道でしたので、一生に一度しか見ることができないと話題になりました。
アイソン彗星が教えてくれたこと
アイソン彗星は太陽に最も近い近日点通過後に崩壊しましたが、なぜ大彗星になると期待されたのでしょうか?
若田宇宙飛行士がISSから撮影したアイソン彗星(2013年11月23日撮影)(提供:JAXA/NHK)
彗星の本体が大きく、しかも、極端に太陽に近づくためです。アイソン彗星の核の大きさは4kmほどと思われ、巨大な彗星に成長した池谷・関彗星と同じくらいと思われたのです。そして、アイソン彗星の近日点の太陽までの距離は、0.012天文単位。1天文単位とは、太陽と地球の距離で、1億5000万kmを1としています。これは、太陽の中心から測った距離で、太陽の半径70万kmを差し引くと、110万km。地球から月の距離の3倍くらいです。そんなに遠いの?と思う人がいるかもしれませんが、宇宙全体から見ると、ものすごく近いんです。太陽をかすめると言ってもよいでしょう。そのような彗星が日本からも見られるということで、大いに盛り上がったのです。
アイソン彗星はどのような姿を私たちに見せてくれましたか?
アイソン彗星(2013年11月16日撮影)(提供:牛山俊男)
アイソン彗星はなかなか明るくならず、もしかしたら駄目かなあと思っていたのですが、11月中旬になると急激に明るくなりました。11月上旬には光度が9等級しかなかったのに、11月16日には5等級にまでなったんです。それで、29日の近日点通過後に立派な彗星になるんじゃないかと期待されていたのですが……
近日点の日、アイソン彗星に何が起きたのでしょうか?
太陽観測衛星がとらえたアイソン彗星(2013年11月28日撮影)(提供:ESA/NASA/SOHO)
私は研究者として、京都大学の飛騨天文台でアイソン彗星を観測していました。しかし、近日点通過の時刻は明け方だったため、インターネットで太陽観測衛星の画像をチェックしていました。すると、近日点通過前から暗くなり、近日点通過後は非常にうすい筋雲のようになってしまったのです。核そのものが崩壊したようでした。
改めて今、アイソン彗星を通じてどのようなことを思いますか?
これまで科学的に観測された彗星はまだまだ少なく、その例から予測するのがいかに難しいか、ということを感じました。
彗星には強い個性がある。そこが一番の魅力
先生にとって彗星の魅力は何でしょうか?
マックノート彗星(2007年1月1日撮影)(提供:S.Deiries/ESO)
十人十色で、同じ彗星が一つとないところです。すごく個性があるところが魅力ですね。彗星が太陽に近づいた時、解けて消えてしまうのか? それとも大化けして立派な姿になるのか? 誰にも分かりません。予測できない謎に満ちているところも面白いと思います。
例えば、2007年のマックノート彗星は、太陽への最接近まで2週間と迫った頃から、明るさを増していきました。マックノート彗星の急成長は、太陽に最接近しても止まらず、その光輝く姿は白昼でも見えたほどです。残念ながら、南半球でしか見ることができない彗星でしたが、最も明るくなった時は、日本の昼間に、太陽のすぐ近くに見つけることができたほどです。マックノート彗星がこのような大彗星になるとは誰も予想しておらず、そこがまさに彗星の一番の魅力なんです。どんな風に変わるのだろうとワクワクさせてくれる。彗星って最高ですね!(笑)
ご自身がご覧になった彗星で印象深いものは何でしょうか?
百武彗星(1996年3月23日撮影)(提供:牛山俊男)
1973年のコホーテク彗星と、76年のウェスト彗星で、どちらも日本で見ました。コホーテクは立派な彗星になると期待されていたのに、実際は大きくならなかった彗星。一方、ウェストは期待されていなかったのに、来てみたら大化けして立派になった彗星です。この2つは非常に対照的だったので印象に残っています。
1996年3月に現れた百武彗星もよく覚えていますね。長大な彗星の尾は20世紀最長とまで言われたほどです。彗星の頭部は北の空にあるのに、尾は真上を通り、反対側の南の空まで伸びていました。実はこの百武彗星は、鹿児島県在住の星好きなアマチュア天文家が発見したんです。しかも、彗星が現れるわずか2ヵ月前に発見したので、1996年の天文現象を紹介した当時の年鑑を見ても、百武彗星のことは何も書かれていません。いきなり現れて、あれよあれよという間に大彗星になってしまったんです。
何の予告もなく突然明るい光が現れると、昔の人は驚いたでしょうね。だから彗星は、不吉なことが起こる前兆だと思われたのですね。
今でこそ、天体望遠鏡による観測で、彗星がいつ現れるかが事前に分かります。でも、肉眼でしか見えなかった時代は、何の前触れもなく現れたので、悪いことが起こる前触れ、つまり凶兆だと恐れられていました。日本で最も古い彗星の出現記録は「日本書紀」にありますが、紀元639年には、「彗星が見える時には飢餓になる」という意味の記録が残っています。観測技術が発展し、彗星の正体が次第に明らかになってくると、彗星そのものが凶兆だという迷信はほとんど消えました。
ただ、科学的な解明のせいで、人々に不安を与えてしまったこともあります。1910年のハレー彗星は、その尾の中を地球が通過する軌道を通りましたが、それよりも少し前に、彗星のコマの成分が猛毒のシアン化合物であることが分かっていました。それで、地球上の生物はすべて窒息死するという噂が流れたんです。当時、日本でも空気がなくなるという噂があり、人々は自転車のチューブを買い占めたり、水を張った桶で息を止める訓練をしたそうです。でも実際には、彗星の尾はあまりにもうすく、地球の大気に影響を及ぼすことは全くありませんでした。
好奇心に立脚した学問だからこそ
先生は彗星や流星のご専門ですが、研究をしようと思ったきっかけは何ですか?
アイソン彗星(2013年11月22日撮影)(提供:Michael Jäger)
予測できないことに、面白さを感じたからです。私が小学6年生の時に現れたジャコビニ流星群は、当時の天文学者によって、雨あられのように流れ星が降ると予測されていましたが、結局一つも出現しませんでした。つまり、天文の専門家ですら分かっていないということ。それは、そこに「知」の地平線があることを意味し、自分もその地平線の向こうを覗くことができる。自分でも「知」の最前線に立てるんじゃないかと思ったんです。それに気づくと楽しくてたまらなくなり、毎晩、望遠鏡を持って流れ星の観測に行きましたね。
その後、流星の親である彗星も、同じように予測が難しいことを知って興味を持ったんです。流星は、砂粒程度の彗星のチリが、上空100kmほどの地球大気に猛スピードで衝突・発光して、数秒で消えてしまうものです。一方、彗星の核の大きさは通常数百mから数十kmあるので、砂粒ほどの流星とは大違いです。でもこの2つは親子関係にあります。彗星から放出された砂粒が流星になるのですから。
先生は長年、天文学の広報活動に携わってきました。国立天文台で毎日一般見学者を受け入れるようになったのも、先生が提案なさったそうですね。
そうです。多くの人に少しでも星空に目を向けてほしいと思ったんです。私だけでなく、国立天文台の職員はその思いが強いですね。天文学は好奇心に立脚した学問で、基本的には世の中に役に立ちません。だけど、最先端の望遠鏡を作るとなるとお金がかかります。それを、皆さんの税金によってまかなっています。だからこそ、「天文学はこんなに面白い」「私たちは面白いことをやっているんだ」ということを、できるだけ多くの方に知ってほしいんです。国立天文台は、入口で受付をしていただければ、年末年始以外は、誰がいつ来ても自由に見学ができます。
JAXAに期待することは何でしょうか?
私たちは、より多くの方に天文学の面白さを知ってほしいという思いが強いとお話しましたが、JAXAの方たちもきっと同じ気持ちだと思います。宇宙が好きで、自分の仕事に使命感なり、楽しさを感じていると思いますので……宇宙が面白いということを皆さんに伝えたいと感じていると思うんですね。問題は、その感情を持って自分に何ができるんだろうかと考えた時に、自分ができることを見つけられるかどうかです。それは、その組織のフレキシビリティ(柔軟性)によります。
国立天文台の場合は、家族的な雰囲気が残っている中で仕事をしていますから、職員がそれぞれの力を発揮しやすい環境にあります。それは組織が小さいからできるんだと言う人がいるかもしれないけれど、組織の大小に関わらず、工夫によるものだと私は思っています。上下の立場など関わりなく、お互いにその意識を共有することによって変えることができると信じています。JAXAも、個人の能力を自然にのばせるような組織であってほしいですね。
渡部潤一(わたなべじゅんいち)
自然科学研究機構国立天文台副台長。天文学者。
東京大学卒業。理学博士(東京大学)。彗星、流星など太陽系小天体の観測的研究の傍ら、長年、天文学の広報活動にも携わる。国際天文学連合では、惑星定義委員として準惑星という新カテゴリーを誕生させ、冥王星をその座に据えた。総合研究大学院大学教授を兼任。『面白いほど宇宙がわかる15の言の葉』ほか宇宙に関する著書多数。
[2013年12月公開]