前回、イオンエンジンのお兄さんこと細田聡先生に電気推進のお話をうかがったモジャボサ博士たち、さっそくイオンエンジンを作ってみよう! ...と思いましたが、調べてみるとイオンエンジンを地上で動かすには、内部を真空にした実験装置が必要で、ちょっと作るのは大変そうです。代わりにイオンエンジンの燃料とも言える「電気を帯びた粒子」を作って遊んでみることにしました。
はやぶさ・はやぶさ2のイオンエンジンは、推進剤(※1)であるキセノンを「電気を帯びた粒子」であるイオンと電子にバラバラにして、電気の力でイオンをとり出して加速させます。前々回、プラズマの回でロウソクの炎が電極に引き寄せられたのと同じ力ですね。今回は、もう少し大きくて身近に手に入る粒子を電気の力で動かしてみたいと思います。
※1 化学反応のエネルギーを利用しないので推進剤としました。
でも、電気を帯びた粒子なんて簡単に手に入るんでしょうか? そこで、モジャボサ博士たちが注目したのは、直径1mmくらいの発泡スチロールの微粒子。「人をダメにするソファ」ことビーズクッションの中身に入っているやつです。発泡スチロールは静電気が溜まりやすい性質があって、条件によってプラスやマイナスに帯電します。うまく発泡スチロールのビーズを帯電させれば「電荷を帯びた粒子」のできあがり。今回は、カラフルな色つきのものを見つけたので、それを使いました。
静電気を帯びた物体は、互いに引き合ったり、反発し合ったりします。下敷きをこすって髪の毛をくっつけて遊んだことがある人も多いかもしれません、あれは髪の毛でこすることで、髪の毛のマイナスの電気が下敷きの方に移り、髪の毛がプラスに、下敷きがマイナスに傾いて、お互いが引きつけ合っています。
ものには、静電気の帯びやすさに違いがあって、より強く帯電しやすい方に電気が移ります(電荷が移動)。これによって、ものがマイナスやプラスの静電気を帯びるんです。先程の髪の毛の例だと、髪の毛よりも下敷きのほうがマイナスに帯電しやすかったために、下敷きがマイナスに、髪の毛がプラスになったというわけです。
物による静電気の生じやすさ
じゃあ、細かい発泡スチロールの微粒子を帯電させる方法は? 実はすごく簡単なんです。ビニール袋やペットボトルに入れて振るだけ。こうすることで、ビニール袋やペットボトルの表面とビーズが擦り合わされて、ビーズがマイナスに帯電します。買ってきたビーズを袋に入ったまま、わしゃわしゃわしゃーっと振ると、袋の中にビーズが一杯に広がって袋にビーズがくっつきました。これはマイナスに帯電したビーズ同士が反発しあって互いに距離を取り、プラスになった袋表面に張り付いている状態です。さて、これで準備完了。
では、さっそくビーズを静電気で動かしてみましょう。まずは身近にあるものでやってみます。プラスチック製の定規を布でこすって、袋に近づけると...
袋の中のビーズが定規を避けるように移動するのが分かるでしょうか?これは、マイナスに帯電した定規の静電気に反応して、同じマイナスに帯電しているビーズが反発しているんです。おもしろーい!
せっかくなので、もっと大きな静電気を作ってみます。じゃーん!これはバンデグラフ起電機と呼ばれる高圧の静電気を発生させる機械です。ゴムベルトの摩擦で静電気を起こし、生まれた電気を効率よく貯められるように工夫されています。科学などの展示で見かけた人も多いかもしれません。今回は市販の手回し式のキットを使いました。
ハンドルをぐるぐる回して、静電気をためてから、ペットボトルにはいったビーズを近づけると...
今度はビーズがバンデグラフに引きつけられています。これはバンデグラフがプラスに帯電しているため。静電気が大きいので、引きつけられたビーズがペットボトルの中でバラバラと踊ります。すごいすごい。こんな風に、電気を帯びた粒子は、電気で操ることができるんです。
さて、マイナスの粒子同士が反発しているということは、蓋を開けたらビーズがバーっと飛び出してイオンエンジンみたいになるかも!と思った博士たち、そーっと蓋を開けてみますが... あれ?出てきません。それもそのはず、ここではペットボトルがプラスになっているので、そのままではビーズは出てこないんです。そこで、指をペットボトルの口に近づけると...
プラスに帯電した指にビーズが引き寄せられて飛び出しています。これは実際のイオンエンジンとちょっと似ていますね。(映像では小さすぎてよく見えなかったので、ビーズが吸い寄せられる様子にしました。)イオンエンジンでは、電子とイオン(陽イオン)がバラバラになった状態から、陽イオンだけを取り出して加速、飛び出した陽イオンにマイナスの電子を加えて中性に戻します。
マイクロ波イオンエンジンの開発が始まったのが1989年ですから、そこから10年ではやぶさのエンジンができて一つのサイクルが回りました。そこから10年ではやぶさ2のエンジンで2回目のサイクルが回っています。燃費と推力が上っただけでなく、さきほど言ったような扱いやすさという点でも性能が向上しています。このμ10シリーズは、次の10年でさらに燃費が良く、使いやすいエンジンとして完成させて、プロダクトとして我々の手を離れたところでも使えるようなものにしたいですね。木星トロヤ群探査に向けては、電圧を上げてさらに推力と燃費を上げた10μ HIspという次世代エンジンの開発もしています。燃費が良ければ良いほどホールスラスタとも差別化できて、じゃあ木星に行くならμ10シリーズを使いましょうというように使い分けも進んでいくと思います。
宇宙実験室ノート
実はこのスチロール球を使った静電気の実験、もうひとつ実際のイオンエンジンに似たところがあります。前回、細田先生が「イオンエンジンにはプラスのイオンが反発しあうので、イオンエンジンの噴き出し口のイオンの密度をある一定以上に上げられないという限界がある」といっていたのを覚えているでしょうか?今回博士たちが行った実験で、ビーズのはいった袋やペットボトルいっぱいにビーズが広がっていた状態が、このイオンエンジンの内部の状態を模擬しています。同じ極性を持つ粒子は反発しあって互いに距離を取ろうとするので、狭い空間にはある一定以上の粒子を詰め込めなくなってしまうんです。これを「空間電荷制限」と呼び、イオンエンジンの性能の限界を示す数字の一つです。
前回、細田先生のお話に出てきた「ホールスラスタ」という電気推進は、言ってみれば、この袋やペットボトルの中を中性にしてしまうことができるエンジンです。そうすると粒子同士が反発しないために、この「空間電荷制限」に制限されず、高い性能が引き出せます。細田先生が、すごいすごい、といっていたのは、こういうことです。