2017年8月29日、はやぶさ2が打ち上げから1000日を超えました。前回、ジオスペース探査衛星「あらせ」の松岡彩子先生にプラズマの物理についてお話をうかがいましたが、今回はプラズマつながりということで、はやぶさ2などに使われているイオンエンジンのお話を、イオンエンジンのお兄さん(IES兄)こと細田聡史先生に伺いました。
ひとことで答えるのはなかなか難しいですが、そもそもの話をすると、イオンエンジンというのは「電気推進」の一つです。普通のロケットは、たとえば水素と酸素を燃焼させて推進しますが、これは化学反応を熱源にして推進するので「化学推進」と呼ばれます。固体燃料ロケットも化学推進です。化学推進は物理的な限界があって、どんなに頑張って作っても理論的に吹き出すガスの速度が秒速3km以上にはなりません。これに対して電気の力で物質を加速して推進するのが「電気推進」です。イオンエンジンは、電気推進の中でも、燃料をプラズマ化してプラスとマイナスのイオンに分けて、プラスのイオンを静電気の力を使って加速させるエンジンということになります。電気推進の中でも、特に燃費がいいのが特徴です。
プラスとマイナスに分けてプラスのイオンだけを取り出して加速させるので、その時点では厳密な意味ではプラズマとはいえませんが、加速させた後に電子を与えて電気的に中性な状態に戻すので、その時点ではプラズマに戻ります。その意味では、イオンエンジンはプラズマを吹いているといえます。
はい、プラズマの作り方や加速のさせ方で色々種類があります。たとえば、1995年に打ち上げて、若田宇宙飛行士がシャトルで回収した「SFU」という衛星には「MPDアークジェット」という電気推進エンジンが積まれていました。初めて積まれたのは「たんせい4号」です。MPDはマグネットプラズマ・ダイナミック・エンジンの略、かっこいいでしょう? これはプラズマ化した燃料をイオンに分けずに、ローレンツ力を使ってそのまま吹き出します。力が出ますが大電力が必要で、SFUではコンデンサを使ってパルス的に噴射することで推進力を得ていました。パワーはありますが、大電力が必要なので、本格的な利用の出番を待っている状態です。
MPDアークジェットプラズマ噴射ノズル
他に有名なタイプでは、ホールスラスタという電気推進エンジンもあります。ホールスラスタはロシアの天才のモロゾフさんという方が考えたエンジンで、イオンエンジンより燃費は少し落ちますが、同じサイズで10倍以上力が出るというすごいエンジンです。イオンエンジンにはプラスのイオンが反発しあうので、イオンエンジンの噴き出し口のイオンの密度をある一定以上に上げられないという限界があるんですが、ここに電場と磁場を利用してホール電流という方法で電子を漂わせることで、空間電荷の制限を突破して濃いイオンを噴射させることに成功しました。冷戦体制が終わって、研究者の間でどうやらロシアにものすごいエンジンがあるらしいということで噂にもなったほどです。今は既に商業用として販売されていて、燃費などの兼ね合いから用途によってイオンエンジンと使い分けられています。
変わりどころでは、NASAの宇宙飛行士のフランクリン・チャン・ディアスという方が考えたVASIMR(ヴァジマール)というエンジンがあります。日本語でいうと「比推力可変型プラズマ推進機」! どうですかの語感。かっこいいでしょう? イオンエンジンもホールスラスタも大量のプラズマを扱えないんですが、このエンジンはそれを解決しようというもの。流すガスが多すぎて地上では真空を保てないので国際宇宙ステーションでテストしようという提案をしています。ISSの電力をほとんど使ってテストするような、というとんでもないコンセプトのエンジンです。
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あと、これは電気推進の名誉のために言っておきたいんですが、はやぶさのイオンエンジンのイメージで、燃費はいいけど力が弱いというイメージを持っておられるかもしれませんが、必ずしもそうではありません。電気推進は電圧を上げれば上げるほど、吹き出す物質の速度を上げられます。原理的には電気推進の物理限界は化学エンジンが超えられない壁をあっさりと超える「光の速さ」です。エネルギーを投入すればするだけ力が出せるのです。排熱の問題はありますが、理論的には10倍電力を入れれば、10倍の力が出る、1万倍の電力を入れれば1万倍の力が出るのが電気推進なんです。ちょっとSFっぽく言えば、謎の大電力と巨大な排熱装置があれば、太陽の重力に打ち勝って、宇宙空間を自由に行き来することのできる宇宙船にもなれるエンジンなのです。
電気を使った宇宙推進の発想自体は実に古く、まずツィオルコフスキーがアイデアとして残しています (詳細はこちら)。 その後、ゴダード、オーベルトとつながり、最終的に「電気推進の父」と呼ばれるアーネスト・ストリンガーによって研究と開発が行われます。 (国際電気ロケット学会で送られるストリンガーメダル。パイオニアのレリーフが刻まれている。2013年に國中先生が受賞(詳細はこちら)。
イオンエンジンだと、1964年にアメリカがSERT-I衛星に載せたイオンエンジンを宇宙で実験したのが最初です。スプートニクが1957年、アポロ11号の月面着陸が1969年くらいですから、ちょうどその間くらいですね。日本ではJAXAの前身であるNASDA が、1982年に技術試験衛星3型「きく4号(ETS-III)」に搭載したのが最初でした。実は日本がイオンエンジンの実用に着手したのは世界的に見てもかなり早い方なんです。NASDAは、かなり早い段階でこれは静止衛星の軌道を維持するために使えるんじゃないかということで研究をしていたんです。「きく6号 (ETS-VI)」、「かけはし(COMETS)」、「きく8号(ETS-VIII)」と実際に宇宙空間でのテストも積極的に行っていましたが、実用化は欧米に先を越されてしまいました。ETSシリーズのイオンエンジン「XIES」は今度打ち上げられる超低高度衛星技術試験機「つばめ」(SLATS)に再び搭載されます。一方、JAXAと一緒になる前の宇宙科学研究所で、日本も惑星探査をやるんだということになって、とにかく燃費が良くて遠くへ行けるエンジンということで電気推進に着目し、それがはやぶさ、はやぶさ2のエンジンに繋がります。
まず深宇宙探査では、現在運用中のものでは、はやぶさ2以外だと、アメリカの小惑星探査機Dawnがイオンエンジンを使っています。DawnのNSTARエンジンは、はやぶさのμ10エンジンが持っていた積算運転時間の記録を抜きました。あとは、ベピコロンボ計画の水星表面探査機 (MPO)もT6というイギリスのエンジンです。 そしてこれからの計画ですが、JAXAが計画している小惑星フェアトンのフライバイ探査をするDESTINY+やイカロスの後継機である木星トロヤ群探査もイオンエンジンを使います。惑星探査は電気推進を使うようになりつつあります。そしてさらに将来の話ですが、有人探査の支援として月や火星までの荷物輸送にも電気推進(ホールスラスタ)を使おうという話もあります。
また、静止衛星の軌道維持に電気推進を使うのが当たり前になりつつあります。静止衛星は放っておくと軌道がずれてしまうんですが、これを補正するのに燃料がたくさんいります。それを電気推進にするとすごく燃料が節約できるし、小さい力できめ細やかな制御ができるので、静止軌道に置ける衛星が増やせます。燃料を減らした分は観測機器もたくさん積めます。静止衛星の寿命は軌道を維持するための燃料の量で決まりますから、燃費がいいというのはそのまま寿命をのばすことに直結するんです。 そして最近では、更に進んで全電化衛星というのもあります。打ち上げはロケットでやりますが、そこから先、軌道を変更して、高度を上げて、軌道の所定の位置にはいるというのを全部電気推進でやろうという衛星も実際に打ち上がっています。静止衛星を所定の軌道に入れるためには燃料が3トンぐらい必要なんですが、電気推進にすると300kgくらいになってしまうんです。そうなると面白い打ち上げが出来て、おんなじ大きさの全電化衛星を2機縦に積んで一つに結合して打ち上げしまえるんですね。で、その後はイオンエンジンで所定の軌道まで螺旋状に登っていくというやり方をします。計算では8機同時に上げられるそうです。そうすれば打ち上げコストもすごく下がる。
あとはちょっと面白いところでは、低軌道で高度維持に使うという用途もあります。これは空気抵抗を電気推進でキャンセルしてしまおうというアイデア。実は宇宙といっても、地球に近いところではわずかに空気があって、その抵抗で衛星の高度が下がってしまうので、あまり低いところをずっと飛ぶことは出来ないんです。でも、イオンエンジンの推力は高度200kmくらいの空気抵抗と同じくらいになるので、本当なら落ちてしまうような低い高度であたかも空気抵抗がないかのように飛ぶことができるんです。ESAの地球の重力場を測る観測衛星GOCEがこの方法を使いました。先ほど話に上がった「つばめ」もこの方法を使い軌道上技術実証を行い、超低高度衛星の実用を目指すんです。
はい、ものすごく大変です。「はやぶさ」や「はやぶさ2」のμ10エンジンの運転時間は4万時間にもなります。車のエンジンでも3年間動かしっぱなしにしたりはしませんよね。しかも宇宙なので、汚れたら掃除しようというわけにもいきませんし、部品が劣化したからといって交換するわけにもいかないし、壊れても修理にも行けない。それをどうやって確実に動かし続けるかかというのは、大きな課題です。「はやぶさ2」のイオンエンジンは、「はやぶさ」のものに比べて推力が8mNから10mNに向上していますが、それ以外にも長時間動かし続けるという意味で様々な工夫がしてあります。
一つは、素材を工夫すること。イオンエンジンが吹いているイオンビームというのは半導体の加工にも使われるもので、素材を削ってしまうんです。それを削られにくい素材を使う。そのために、「はやぶさ」の頃は実時間、4万時間かけてテストをしていましたが、「はやぶさ2」ではシミュレーションで確かめられるようにしました。少し実験をして挙動をつかんで、あとはコンピューターの中でやるというやり方です。ただ吹き出したイオンに電子を足して電気的に中性に戻す中和器は複雑すぎてシミュレーションが大変なので実時間でテストしています。現在「はやぶさ2」はリュウグウへ向けて飛行中ですが、同じ型の中和器はまだ地上でテストを続けています。想定される稼働時間を遥かに超えてもきちんと動いているんですよ。
もう一つは、壊れにくくするという工夫です。何か起きても全損にならない工夫をします。ロバスト性という言い方をしますが、致命的な部分は二重化して一つ壊れても動くようにする。あるいは、たとえ壊れても60点の状態で動き続けるようにするという設計です。たとえば、「はやぶさ」の4つのイオンエンジンは、ピークの性能を揃えるためにそれそれの挙動がバラバラで一つ一つが暴れん坊みたいな状態でしたが、「はやぶさ2」には挙動もきれいに揃った四つ子のエンジンが乗っています。「はやぶさ」の時には様々な機能を組み合わせてエンジンごとに監視するパラメータを決めて運用していましたが、これができるのは西山先生だけで、僕は西山マジックと呼んでいました。「はやぶさ2」では誰でもとはいきませんが、共通のパラメータで判断して確実に停止することができ、とても扱いやすいエンジンになりました。
さらに、運用で「どうにかする」ための工夫もしています。どんなに想定しても想定外のことが起きる可能性があるので、設定をブラックボックスにせずに、触れる設定はすべて地上から変えられるようにしました。機能を外出しにして打ち上がったあとでも変えられるようにしたり、自動制御のクローズドループばかりにせず、オープンループにして地上から介入するような形にしてある部分があります。
マイクロ波イオンエンジンの開発が始まったのが1989年ですから、そこから10年ではやぶさのエンジンができて一つのサイクルが回りました。そこから10年ではやぶさ2のエンジンで2回目のサイクルが回っています。燃費と推力が上っただけでなく、さきほど言ったような扱いやすさという点でも性能が向上しています。このμ10シリーズは、次の10年でさらに燃費が良く、使いやすいエンジンとして完成させて、プロダクトとして我々の手を離れたところでも使えるようなものにしたいですね。木星トロヤ群探査に向けては、電圧を上げてさらに推力と燃費を上げた10μ HIspという次世代エンジンの開発もしています。燃費が良ければ良いほどホールスラスタとも差別化できて、じゃあ木星に行くならμ10シリーズを使いましょうというように使い分けも進んでいくと思います。
私はアニメ・マンガが大好きなんですが、『エヴァンゲリオン』や『シン・ゴジラ』を監督された庵野秀明さん達が1988年に作られた『トップをねらえ』というアニメを見て、「こういう宇宙船のエンジンが作りたい!」と思ったのがきっかけなんです。それで航空宇宙学科のある東海大に入って、1年生の時に宇宙研の特別公開に来て、そこで電気推進の展示を見てこの研究テーマを知りました。そこでパンフレットとかいっぱいもらって「これだ、これなら宇宙船のエンジンになる。これに決めた!」と思って、紆余曲折あって今に至るという感じです。18歳からちょっと遅れて追いかけ始めた夢ですが、今確かに宇宙船のエンジンを作っていますね。私がアウトリーチに力を入れているのは、自身がまさしくそれがきっかけで研究者になったから、というのも大きいんです。
今、一番大きな仕事の一つは、当たり前ですが、「はやぶさ2」のエンジンのテストと運用です。先程お話した中和器の実時間テストは、想定される稼働時間を遥かに超えて今も続いています。今(2017年8月)、「はやぶさ2」のイオンエンジンは止まっていますが、この冬には再稼働しますので、そうすれば「はやぶさ2」のエンジンのお世話する仕事が始まります。また、現在「はやぶさ2」チームはリュウグウに到着してからの運用のシミュレーションをしていますが、到着後は私もそのチームに入ることになります。「はやぶさ」の時には開発そのものにはほとんど関われませんでしたが、「はやぶさ2」は開発から関わりました。ようやく「オレの探査機」という感じです。誇らしい反面、緊張もします。自分のせいで動かなくなったらどうしよう、というプレッシャーも感じます。
もう一つは、宇宙開発の未来に関わる研究、火星や月での資源利用の研究をしています。現地の資源を使って自給自足をするための技術で、たとえば火星の二酸化炭素(CO2)を、プラズマを使ってメタンに変えて帰りの燃料にするとか、月の砂をマイクロ波であっためてそこに含まれている水を取り出すといったような技術です。これまでイオンエンジンでやっていたマイクロ波やプラズマを他の分野で利用するような技術開発です。
理論物理やノーベル賞を取るような基礎研究もすごく面白いと思うんですが、私達がやっている工学というのはそれを人間が使えるようにするというものです。たとえばワープをするための理論さえ分かれば、エンジニアはきっと装置にしてしまいます。そういう人間が見つけた理論・原理を人間が使えるようにしたもの、その一つが宇宙ロケットや探査機だと思います。そして、隣の宇宙へ行くような宇宙船を10年、100年かけて、次の世代、次の次の世代が作っていくという活動の一端にいるんだと思っています。
宇宙実験室ノート
前回の松岡先生のプラズマを調べるお話も興味深かったですが、今回の細田先生のプラズマを使う話、プラズマ工学もいろいろな可能性があっておもしろいですね。イオンエンジン/電気推進というと「はやぶさ」「はやぶさ2」のイメージが強く、弱い力で長時間運転することで力を発揮するエンジンという印象でしたが、こんなにも可能性の広いものだとは思いませんでした。うーむ、電気推進、奥が深い。細田先生、ありがとうございました。
さて、細田先生のお話を聞いたボサ・モジャ博士たち、早速自分たちでも何か作りたくなっているようですが... どうなることやら?
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