沿岸域の漁場予測から北極域の環境モニタリングまで「しきさい」の幅広い利活用を期待

齊藤誠一先生

近年、持続可能な水産資源の利用が求められています。日本の漁業が抱えるさまざまな課題を解決するためにも、衛星や情報通信技術を利用したスマート漁業への転換が必要です。衛星を使った漁場予測システムの研究開発に取り組み、現在は北極域研究にも携わる北海道大学北極域研究センター 齊藤誠一センター長に「しきさい」の活用方法についてお話を伺いました。(取材内容は2018年3月現在)

「みどり1号」(ADEOS/OCTS)運用期間中に行った、フィールドキャンペーンの様子(提供:北海道大学 齊藤誠一先生)

——齊藤先生のこれまでの研究内容について教えてください。

私は水産分野における衛星リモートセンシングの応用技術を研究してきました。リモートセンシングとの出会いは大学院時代に遡ります。当時、海洋観測用の衛星データが手に入らないため、1972年に打ち上げられたLandsatの衛星画像2枚を元に修士論文を書きました。その後、NOAA衛星のデータを使ったサンマの回遊研究で学位を取得し、日本気象協会での海面温度画像の情報提供サービスなどを経て、漁場予測や水産アプリケーションの研究を本格的にスタートさせました。
黎明期から40年以上、衛星を使った海洋モニタリングの仕事に携わってきたことになります。

——漁場予測に衛星データを用いるメリットとは、どのようなものでしょうか?

国連で採択された「持続可能な開発目標(SDGs)」の一つに「海の豊かさを守ろう」という目標が掲げられています。さらにその中には、「過剰漁業や違法操業の終了」「沿岸域および海域の10%を保全」という具体的な目標が含まれています。これらを実施するには、衛星リモートセンシングと地理情報システム(GIS)を使った海洋空間の利用・管理が必要です。
他方で、世界では成長産業といわれる漁業が日本では斜陽産業といわれています。背景には、燃油の価格高騰、高齢化・後継者不足、漁業資源の減少など、さまざまな問題を抱えています。持続可能な漁業を目指し、"儲かる漁業"へと変えていくためには、ICTやIoT、ビッグデータを利用したスマート漁業へと転換しなければなりません。
個別の問題解決策を見ていくと、燃費を削減するためには、より効率的な漁場へのアクセスが必要です。後継者不足に対しては、経験と勘に頼っていた漁業技術を見える化していかなければなりません。気候変動による資源分布の変化を把握するには、的確な情報提供が必要です。これらのことを可能にするためには、やはり衛星リモートセンシングが欠かせないというわけです。

——衛星を使った漁場予測の実例を教えてください。

漁場予測にあたっては、対象となる魚種が分布するうえで好適な環境条件を持った海域を推定します。その推定のために、衛星による海洋環境データと過去の漁獲量データに基づき、生息域推定モデルを開発します。そのモデルに準リアルタイムで衛星情報や漁獲量情報を入力し、漁場予測図と海洋環境情報を提供する、というのが漁業情報サービスの基本的な仕組みです。
実用例の一つが、2006年に開発した「トレダス」です。衛星画像を見やすい形に加工して船上の端末に配信するシステムです。漁業者はトレダスを参考に漁場を決定し、漁場へと直行します。それにより、探索時間の節減となり、10~20%の燃費削減ができました。当初、トレダスは経済産業省の公募事業として研究開発が進められましたが、現在はその成果を元に、北大発ベンチャー企業に認定された「グリーン&ライフ・イノベーション」が引き継ぎ、現在も20隻ほどのカツオ船に利用されています。

船舶内で操作中のトレダス(提供:株式会社 グリーン&ライフ・イノベーション)

——「しきさい」に対して、どのような利用ができると考えていますか?

「しきさい」のSGLIセンサは、海面の色だけでなく水温も250m空間解像度で測れるのが魅力です。これは、特に沿岸域のモニタリングに適しています。水産への応用となると、定置網漁業や養殖業に使えるのではないかと。たとえば定置網漁業では、温度分布を見て、どこにどんな魚が入ってくるかという来遊予測に役立てられます。もちろん、養殖業の管理にも使えます。
また、誰でも使えるというオープンデータポリシーですので、ビジネスでの活用も可能です。今後、実際にアプリケーションを作っていく際、漁業者と協力していく必要がありますが、彼らも最新の海洋環境情報を使いたいという意識が高くなっているので、「しきさい」を彼らの仕事にどう役立てるかというインターフェースの役割を果たしていきたいと考えています。

——北極域研究センターのセンター長を務められていますが、どのようなことを研究されているのでしょうか?

近年、温暖化による気候変動は目に見えるほど進行しています。衛星で北極海の海氷分布を観測すると、ここ数年の夏季の海氷面積は15年前の約半分まで減少しており、予測モデルでは2050年に氷がなくなるといわれています。海氷の減少は地球環境に多大な影響を与える一方、北極海航路の利用により輸送距離が短縮化されるという側面もあります。ただし、北極海は他の海域に比べて環境的に脆弱なため、油汚染が起こるとすぐには回復できません。そこで、リスク管理も含めて、航路周辺のモニタリングが必要となります。
他にも、衛星の専門家として、海だけでなく陸域も研究対象にしたいと思い、「シベリアウォッチング」というプロジェクトを立ち上げました。シベリアで起きているさまざまな問題のうち、森林火災と永久凍土の融解に特化して研究を進めていく計画です。
こうした北極海航路研究やシベリアウォッチングでも、「しきさい」を積極的に使っていくつもりです。また、「しきさい」のほか、「しずく」、NOAA、MODISセンサなど、国内外の衛星データを当センターに集めた上で、衛星ビッグデータの構築とAIへの活用を構想しています。たとえば、将来的には航路上の氷板の状態や分布をAIで探知し、自動的に危険を知らせるようなシステムが作れないかと考えています。

北海道大学北極域研究センター
北海道大学の北極域研究に携わる研究者を、基礎自然科学から応用科学、人文社会科学まであらゆる分野から集約し、北極域の持続可能な活用と保全を目的として研究活動を行っている。
また、国立極地研究所や海洋研究開発機構と協力して、実効性のある課題解決研究と人材育成を通して、「我が国の北極政策」(2015年10月16日発表)の実施にも貢献できる、日本における北極域研究のナショナルセンターとしての機能を有する組織を目指している。

——「しきさい」に対する期待と今後の展望についてお聞かせください。

海と陸の同時観測ができる衛星といえば、過去に「みどり」「みどりⅡ」がありましたが、両機とも数ヶ月で運用停止となり、その後はアメリカの衛星に頼る時代が長く続きました。今回、「しきさい」が打ち上げられ、高精度で250m分解能を持つSGLIセンサに、日本の復活を思うと同時に、今度こそという大きな期待を持っています。
「しきさい」は沿岸域のモニタリングに強みを発揮すると思うので、定置網漁や養殖業への応用、北極海沿岸部のモニタリングに大いに活用していきたいですね。また、海洋、陸域、大気をカバーする「しきさい」は、北極域研究センターにとって非常に必要不可欠な情報源になると考えています。


齊藤誠一先生

齊藤 誠一

1978〜1981年
北海道大学 大学院 水産学研究科 漁業学専攻(博士課程)
1981〜1984年
日本IBM株式会社 東京サイエンティフィックセンター 客員研究員
1981〜1982年
日本学術振興会 奨励研究員
1984〜1988年
財団法人日本気象協会研究所 研究員
1988〜1991年
同情報処理部 主任技師
1991〜1993年
同情報処理部 専任主任技師
1993〜1995年
北海道大学 水産学部 漁業学科 漁業航海学講座 助教授
1995〜2000年
同水産海洋科学科 物理海洋学講座 助教授
2000〜2005年
同大学院 水産科学研究科 資源計測学講座 教授
2005〜2013年
同大学院 水産科学研究院 海洋資源計測学講座 教授
2013〜2015年
同大学院 水産科学研究院 海洋計測学講座 教授
2015年〜現在
北海道大学 北極域研究センター センター長・特任教授

2018年4月26日(木)更新