高分解能の「しきさい」データを使い雪氷の実態解明から温暖化予測へ
現在、地球上では急激な雪氷の融解が起こっています。雪氷圏の急激な変化は人類や環境にとって好ましいものではありません。雪氷を観測し、地球環境に与える影響を調査・研究している岡山大学の青木輝夫教授に、「しきさい」のデータをどのように活用するかについて話を伺いました。(取材内容は2018年2月現在)
——青木先生の研究内容について教えてください。
私の専門は大気放射学を雪氷に応用した雪氷放射学です。太陽放射によって温められた地球は、赤外線を宇宙へ放射することで冷やされます。この放射収支のバランスで地球の温度は決まります。一方、雪氷圏は太陽光をよく反射するため、地球の冷源としての役割を持っています。この雪氷圏を中心に、放射収支の変化が地球の気候変動にどのような影響を与えるのかを現場観測、数値モデル、衛星のリモートセンシングを使って調べています。
——地球温暖化に対して雪氷はどのような関わりを持っているのですか?
太陽光の反射率をアルベドといいますが、このアルベドが高いことが雪氷圏の特徴です。しかし、近年の温暖化によって雪氷圏が融け始めると、アルベドが低下します。すると、冷源としての役割が小さくなり、温度上昇が加速されることになります。つまり、冷源だった雪氷圏が今度は温暖化を増幅させる効果を持つというわけです。
雪氷圏のアルベドを低下させる要素は他にもあります。その一つが車の排気ガスなどに含まれる人為起源のブラックカーボン(すす)です。これが積雪を汚すことによって、太陽光の、特に可視域のアルベドを低下させます。アルベドが低下すると、太陽光を吸収して積雪粒径(雪粒の大きさ)が大きくなります。粒径が大きくなると、今度は近赤外域のアルベドを低下させ、ますます雪が融けやすくなります。
また、融解が進んだ裸氷域(表面が雪ではなく氷で覆われている)では微生物が繁殖し、これもアルベドを下げる要因になります。
地球温暖化は温室効果ガスの増加が主な原因ですが、雪氷が関与することで温度上昇を増幅させるというフィードバック効果が働きます。このため、雪氷の変化を観測することは、温暖化予測を行う上で欠かせないことなのです。
——雪氷の変化からどのようにして温暖化予測を行うのですか。
まずは実態把握のための現場観測と衛星観測を行います。積雪粒径、アルベド、不純物濃度など雪氷のさまざまな物理量を調べて、その物理プロセスをモデル化し、最終的に数値モデルを使って将来予測をします。ここが非常に重要なところで、簡単なモデルだと誤差が大きくて正確な将来予測ができません。温暖化したときに海面がどれくらい上昇するかというのは、そのモデルの精度に関わってくるわけです。
——衛星による積雪・雪氷観測を行うメリットとは何でしょうか。
基本的に衛星観測は、雪氷の分布やその性質を知るために用いますが、その変化を空間的にほぼ同じ精度で、広域かつ継続的に観測できる点が大きなメリットです。
もう一つのメリットは、アクセスが困難な場所の観測ができる点です。特に雪氷圏の場合は、特殊な装備を持ち、特殊な訓練を受けた専門家でないと立ち入ることはできません。極域では衛星観測というのは必要不可欠な道具だといえます。
ただし、衛星から求めた物理量は、それが本当に正しいかを検証するために、衛星と同期した地上観測を行うことが必要です。そこで、観測地点に赴いて直接雪や氷の性質を調べたり、あるいは、グリーンランドなどに設置した自動気象観測装置を使って、衛星経由でリアルタイムにデータが取れるような取り組みなども行っています。
——「しきさい」は幅広い波長帯や高い精度での観測が可能ですが、どのような利用が期待できますか?
今までよりも空間分解能の高い「しきさい」のデータを使うことで、より詳細な雪氷分布が解明できると期待しています。特に、氷床と地面の境界が鮮明に確認できることや、小さな氷体の検知が可能になることです。
また、多くの波長帯を持つ「しきさい」を使えば、雪氷のさまざまな物理量を抽出できます。たとえば、積雪粒径が大きくなると近赤外域のアルベドが下がると言いましたが、逆に近赤外域の波長帯を使うことで、粒径の大きさを検知することができます。あるいは可視域の波長帯を使えば、雪の汚れが検知できます。
「しきさい」のデータは、グリーンランドでの現場観測や自動観測装置によって、継続的に校正・検証を行い、衛星データと地上観測データによって、雪氷物理量を計算する数値モデルの精度を向上させていく予定です。
——青木先生にとって雪氷観測の魅力とは何でしょうか。
雪氷観測の魅力は、地球の変化を身近に感じることができる点です。基本的に「しきさい」のような光学センサーからは、雪氷は晴れているときしか観測できません。ところが、衛星からは雲も雪氷も白く見えるため、近赤外域と赤外域の波長帯を使って雲を検知します。そのためには、確かな理論と高度なアルゴリズム、そして信頼できる検証データが必要です。そうした一連の調査や研究には、科学として非常に奥深いものがあります。
その結果、現場観測で運良く晴れて衛星と同期した良いデータが取れたときは、大きな喜びを感じます。
——JAXAおよびJAXAの地球観測に期待されることは何でしょうか?
雪氷圏の変化は大きく、特に北極海の解氷現象やグリーンランド氷床の融解は、人類にとって重大な災害や新たな活動域の変化をもたらす可能性があります。その意味で地球観測は、日本だけでなく地球全体の気候変動問題や環境問題を緩和する、人類全体への貢献です。国の予算が厳しい状況の中、「しきさい」のような大きなプロジェクトを行うには、さまざまな困難を伴うことが予想されますが、全球観測衛星による研究は、日本にとっても人類にとっても大きなメリットがあるはずです。
そうした視点から、JAXAには長期的な展望のもと、継続的に地球観測が進められる体制を今後も維持していただけることを期待しています。
——今後の展望についてお聞かせください。
正確な雪氷圏変動予測のためには、雪氷の物理プロセスを数値モデルに適切に取り込む必要があります。そのためには、衛星観測、現場観測、数値モデルによる総合的な研究が必要です。「しきさい」は、それらの研究に大きく貢献しうるものと期待しています。
さまざまな分野の研究者と、データを利用する機関が力を合わせることで、雪氷圏変動の実態把握とその予測精度の向上を実現し、急激な雪氷圏変動を緩和する方策を人類が見つけることを信じています。
青木 輝夫
- 1977年
- 気象大学校
- 1981年
- 気象庁・千歳航空測候所 観測課・予報課 運輸技官
- 1984年
- 気象庁・札幌管区気象台 調査課 運輸技官
- 1985年
- 気象庁・気象研究所 高層気象研究部・物理気象研究部 研究官・主任研究官
- 2006年
- 気象庁・気象研究所 物理気象研究部・気候研究部 研究室長
- 2016年〜現在
- 岡山大学 大学院自然科学研究科 教授
2018年3月27日(火)更新