異文化・異業種インタビュー
JAXA×クリエイティビティ #05
JAXACREATIVITY
#05
落語は会話劇。
聞いている人に「共感してもらう」ことが大事。
桂 福丸(落語家)
KATSURA Fukumaru RAKUGOKA
「JAXA×クリエイティビティ」の第5弾をお届けします。今回は、宇宙を題材とした落語も披露されている落語家の桂福丸さんに、オンラインでインタビューをしました。
【桂福丸さん プロフィール】
1978年神戸市生まれ。灘中学・灘高校卒業、京都大学法学部に進学。2001年卒業。2007年2月、4代目桂福団治師匠のもとに入門。天満天神繁昌亭ほか、各地の落語会・講演会に出演。古典落語を中心に、創作落語も演じ、高座・メディアにて幅広く活躍中。
―「JAXA×クリエイティビティ」企画へのご協力ありがとうございます。
まず福丸さんが落語家になられて何年くらいになるのですか?
丸15年を過ぎました。古典落語(※)を中心に寄席落語に出ております。
(※一般に江戸時代から明治・大正時代に作られた落語。それより新しいものは新作落語という)
― 福丸さんは小学生向けの落語や「英語落語」、京大宇宙落語会(※)では「宇宙落語」を披露されておいでですね。もともと「宇宙落語」というジャンルがあったのでしょうか?
(※宇宙科学の最新の知見を、落語で一般の人達にも広く伝えようと2011年にスタートした会。桂福丸さんによる宇宙落語や宇宙物理学者とのトークショーなどで構成されている)
新作落語では、テーマが宇宙やSFだったことは昔からありました。ですが、「京大宇宙落語会」のようにタイトルに「宇宙落語会」が入っているのは、これまでおそらくなかったし、さらに専門の学者と落語家が一緒に出し物をやり続けているのは珍しいと思います。
― 宇宙落語の題材はどのように選ばれているのでしょうか?
登壇される専門家の先生のテーマにかぶせることもあれば、その年に起こる天文現象などを題材にすることもあります。火星が地球に近づくとか、新しく宇宙飛行士が選抜されるというトピックに合わせてやったこともあります。
― 宇宙落語は何本ぐらい作られているのでしょうか?
6、7本くらい作りました。題材は、オーロラ、月、火星、宇宙移住、宇宙飛行士選抜、ブラックホール、火星大接近などです。
落語で、興味をもつ入り口を作りたい
― 福丸さんが作られた宇宙落語「生駒のオーロラ」を聞かせていただきました。「プラズマ」など専門用語が出てきたのですが、落語を聞くだけでオーロラの現象がわかりやすく頭に入ってきました。オーロラについて詳しく勉強されてから落語を作られたのですか?
間違ったことは言わないように勉強はしました。ただ、いろいろな知識をなんでも入れたらいいというものでもないので...。エンターテインメントとして「面白い」という印象で終わるようにしました。書き出すとどうしても知識をたくさん入れたくなります。特に専門的な人が作るとそうなるのですが、そうならないように知識がフワッと出てくるくらいがちょうどいい。なぜかというと落語に興味がある人と宇宙に興味がある人がクロスする場を作りたいという思いでやっているからです。宇宙に詳しい方からしたら物足りない面もあるでしょうが、それはわかってやっています。もちろんクレームもあります。でも、詳しいことを知りたいのであれば学術講座に行けばいいので、無理やり落語で勉強する必要はないと思っています。興味をもつ入り口を作る意識が強いですね。
― 落語が科学的な世界への入り口になってくれればという思いですね。
科学が難しいと思っている人は「すごく難しい」と思っている。好きな人からしたら「なんでこんな面白いものをみんな知らないの?」と思っています。意識の断絶は激しい。お互いがお互いの世界をわかっていない。それを「楽しい」中でクロスさせたいと思うのです。
― 宇宙落語を披露されたときの手応えはいかがでしたか?
面白いとおっしゃってくださいます。「京大宇宙落語会」は前半に落語会があって、後半に科学の難しい話をします。前半でちょっと気持ちが緩んでいるから、後半の真面目な科学の話を比較的聞きやすい状態になっています。これも笑いの効用です。笑いとは心が開く状態です。スピーチのうまい方が最初に必ず"笑いをとる"のは、想像力を働かせて心を動かすためです。そこから話に入るとスッと聞けます。最後まで皆さんがダレずに聞いてくださるのは、前半で笑っているからかなと思います。
抽象的な話では聞く人が共感できない。「共感」というワードが重要
―「京大宇宙落語会」に参加されるようになったのは、京都大学出身ということからでしょうか?
最初に林家染二師匠と京都大学名誉教授の柴田一成先生との企画があって、私が京都大学出身ということもあり林家染二師匠からお声をかけていただきました。第一回から関わらせていただいています。
― 宇宙と落語を掛け合わせる落語会の話を聞かれたときにどう思われましたか?
それまでにも宇宙にかかわらず他の題材と掛け合わせた落語をやっていたので、どうやったら面白くなるのかなと思いました。京大の天文台(花山天文台)が山科にあることも知らなかったので、最初は「そんなところがあるんだ!」という興味のほうが強かったですね。
― 落語に題材として宇宙を取り入れることは難しいのでしょうか? 宇宙と落語の相性はいかがでしたか?
長編の漫画のシリーズを作るのであれば、主人公を決めて宇宙に行くことにしたらいくらでも話がつながりますが、短い話で毎回違う話を作っていくのは難しいです。目に見えない話を落語にするのも難しいですね。落語は会話劇なので、学者さん同士の話をそのまま落語にしてもあまり面白くない。抽象的な話ばかりだと聞いている人が共感できない。「共感」というワードがすごく重要で、聞いている人に共感してもらうことが大事です。たとえば、重力の話は共感しにくいので、難しいです。
― 日常生活で重力について考えることはありませんね。
重力の話をするとしたら、「飲み物を飲むときに重力がなかったらどうなる?」といった話にもっていくと共感が生まれます。でも、重力の強さがどのくらいといったように数字にすると落語では扱うのが難しい。
― いかに自分たちの身近な話に引き寄せてくるかということでしょうか。
話のスタートは必ず日常の生活から入るようにしています。いきなり宇宙船に乗っているところから話を始めると、宇宙落語にはなるのですが、ただSFの物語を作っていることになる。それは避けるようにしています。
― 遠いものを近くにもってくるのは難しいですね。
火星の落語では、火星が近づいてくるのを町おこしに使おうという商店街の話でした。ブラックホールの話はブラックホールを使って地球上の廃棄物を処理する話にしました。ブラックホール担当省の大臣の話です。官僚の見事な遠回しの言い方で最後は大臣がゴミを運ぶことになるという話です。
― 一気に親しみが湧いてきますね。
お客さんがそう思ってくだされば大成功です。僕は科学のアウトリーチ活動の末端を担っているという意識をもっています。
―「小学生落語」や「英語落語」は、聞き手に落語の伝統や日本文化の良さを伝えるので「落語が目的」になっていると思います。しかし、「宇宙落語」は聞き手に落語を使って宇宙の楽しさを伝えているので、「落語が手段」になっており、そこが面白いと思いました。
それは「宇宙落語会」の趣旨そのものですね。宇宙について詳しい人はさらに勉強会に行ったほうが面白い。落語をよく知っている人は普通の落語会に行ったほうが面白い。落語と宇宙の両方の初心者に向けて発信しているのが宇宙落語だと思います。
宇宙と落語の共通点は「想像力」
― 最近、民間人が宇宙に行くなど、宇宙が身近になってきています。宇宙で生活することが普通になる時代がきたときに、宇宙で落語をどのように活用できると思われますか?
行動様式が変わると思うのです。歩くことや移動することが宇宙に何十年も住んでいると認識が変わるのではないでしょうかね。我々が地球上を歩くのは水平移動だけですが、それが水平移動ではなくなったりする。生活が大きく変わるので、また新しい話ができるのではないかと思います。
― 宇宙で落語をすると、フワフワして難しいかもしれないですね。
それは宇宙落語会の本題に入る前の小話(いわゆるマクラ)でいつも話しているネタです(笑)。永遠に落ちないから落語はどうなんだとか、無重力だったら落ちないことをネタにしています。
―「オチがない」ことになってしまいますね(笑)。
話はズレますが、宇宙に住むことになったら子どもを産んで育てることが一番大きな問題になる気がしています。僕の直感ですが、重力のない状態での子育てはものすごく大変。子どもがハイハイするのも重力があるからできる。重力がない状態でどうやって人間の発育が進むのかが大きなテーマだと思っています。
― ハイハイして二足歩行して、と考えると重力がなかったら体の発育が難しいでしょうね。 今は地上で生まれ育った人たちが宇宙空間に行っているので、半年くらい宇宙ステーションに滞在して帰ってきてもリハビリをすればすぐに以前と同じ感覚で歩けるようになります。でも、そもそも生まれ育った環境が無重力だったらそれも非常に難しいのではないか、話をうかがって、とてもいい着眼点だと思いました。 宇宙と落語の共通点はあるでしょうか?
「想像力」がキーワードになります。宇宙の話をしていても、宇宙に行ったことのある人は地球上にまだほとんどいません。行った人しか宇宙を体験していないので、宇宙にかかわる仕事をしている人たちも、結局、想像力で宇宙とかかわっている。想像力を媒介にしていることが一番大きなことではないかと思います。
物理学者は計算式を使って研究をしますが、実は想像と現実の世界を行き来しています。想像で「こんなことがあったらこうなるのではないか」と仮説の式をたて、実験をして、また想像の世界に戻ってくる。数式は想像力の世界の言葉だと思います。
人間は言葉も想像力で作り出しています。言葉を投げかける側も想像して作った言葉を投げかける。受ける側もその言葉から想像してイメージを作る。コミュニケーションには2回想像力が挟まっています。想像力は荒唐無稽なことを考える力のように思われますが、人と人がコミュニケーションをする上で常に使っているものだと思う。そういう意味では「イマジネーション」が宇宙と落語の共通点だと思います。
― 福丸さんは、宇宙を身近に感じることがおありですか?
天文台から空を見たり、家にある重たい台座つきの望遠鏡で空を見たりします。この間、初めて土星の環っかを見ました。
― いかがでしたか?
不思議なもので、ネットでも土星の写真を見られますが、小さいけれども実際に望遠鏡で見たほうがインパクトが強い。実際に「ある」と感じられるのは、自分の目で見るからなんだとよくわかりました。土星に環っかがあることは、子どものころから知っているし、写真でも見てきたはずなのに、実際に自分の目で見た感動のほうが大きいのは不思議でしたね。
― それは最近の話でしょうか?
3~4カ月前の夜9時ごろに木星と土星が近づくときがあったんです。ちょうどプラネタリウムに行ったら「今日の夜にも見えますよ」という話を聞いて、望遠鏡で覗いたら二つ明るい星を見つけました。木星の筋も見えました。特徴のある星を自分で見たらインパクトは強いですね。
― 新作落語の題材になりそうですね。
二年も悩み続けるような困難はない
― 福丸さんのこれまでについておうかがいします。灘高校から京都大学を出られて落語家になるという経歴は、結構珍しい事なのではないかと思いますが、いつごろから落語家になりたいという考えをお持ちになったのですか?
大学のころから舞台に出る仕事をしたいと思っていて、就職しないと決めていたので、卒業してフリーターになりました。
卒業後いろいろと舞台に関わることをやっているうちに、だんだん落語に近づいていき、落語が自分に一番合ってると思いました。
25歳くらいの時に、自分が面白いと思うことと自分に合っていることは必ずしもイコールではないことがよく分かりました。面白そうな仕事と自分にピタッと合う仕事は微妙にずれていることもある。僕がよく講演で言うのは、「濃いラーメンはおいしいけれども、3食分も食べたら胃がもたれます。おいしいものと体に合うものは違う」、「野菜のお浸しはすごくおいしそうとは思わないけれども3食とも食べても体にもいいし合う」。仕事は40、50年もやるものですから、面白そうと思うものよりも自然にそばにあるもののほうが多分向いているんじゃないかと思ったんです。自分に合っていないものを落としていったら、最後に落語が残りました。
― これまで歩まれてきた中で挫折やご苦労もあったと思います。それを克服してきたエピソードや、これから長い人生を歩んでいく若い人へのアドバイスがありましたらお聞かせください。
2、3年も続くような困難は少なくて、それくらい経ったら困難ではなくなっている。時間が経つということは大きいということでしょうか。
― 時間が解決してくれるということでしょうか?
問題自体が解決するかどうかは別にして、自分の中では困難ではなくなるという意味です。自分の中での困難のウエートが2年くらい経つと大したことではなくなる、という意味での解決です。
もう一つは、迷っていることがあったら、自分が死ぬときのことを考えたら答えがはっきりする。自分の臨終のときに今の決断を振り返ってみたらどうだろうかと想像すれば、どちらの選択肢にしたらいいかがわかる。
80歳くらいになって、最期の時に思い出して「こうしておいたほうがよかった」と思うのであればやめたほうがいい。今の年齢で考えるとすごく悩むけれども、自分が死ぬ間際と考えたら答えが出る。人間はこうしたいという答えを実はすでに決めているのですよ。
― 一歩踏み出したいだけで迷ってしまうこともありますね。
そう。あとはあまり人の言うことを聞きすぎないことでしょうか。
聞きすぎると、その結果を人のせいにしちゃいますからね。
生で見ると「肌」で感じてより大きな体験になる
― 今後やりたい題材やチャレンジしていきたいことをお聞かせください。
新しい演目を増やすことはチャレンジというよりは日常で、演者としてのレベルアップも日々のテーマです。
自分の中でのチャレンジというと、小学生向けの寄席です。できれば春休み、夏休み、冬休みごとにいろんな地域でやりたい。「子ども寄席」は小学生しか入れない分、準備が必要です。一人300円なので、お金をどう工面していくかという問題もあります。数百人が聞きに来ても会場費にも届きません。大人の協賛や文化的な補助金も併せて、継続できたらと思っています。発想は子ども食堂からきていて、子ども食堂の文化版です。子ども食堂のように、地域の企業や大人たちがお金やマンパワーを出して地域の子どもたちを支える。地域の子どもたちは「ここに生まれてよかった」と思えて地域の大人に感謝する。江戸時代がそうであったように、地域で子育てをするのが理想なんです。今までやってきた落語をやることとは違うフィールドなので、そのチャレンジが当面の大きなところです。
― 小さいころから落語などの文化に親しむことは大事でしょうか?
お金を払って何かを鑑賞するってことですよね。良くも悪くも平成の終わりくらいまではテレビの文化でした。テレビはほとんどただで見られて、コンテンツがただで手に入ったことで、生でなにかを見たり聞いたりすることへの足を遠のかせた影響があると思っています。スポーツもスタジアムで見ればテレビで見るよりも何倍も楽しい。ある先生が皮膚からの情報は僕らが思っている以上に多いと話しているのを聞いて納得しました。古来から人類は夜中に野生動物などに襲われるかもしれない中で、周りが見えない時でも肌で感じ、生き抜いてきました。危険を察知する力は高いはずです。まだまだ研究の途中ですが、肌で感じる情報はたくさんあるらしいです。ですから劇場やスタジアムなどで一瞬ザワザワと興奮するような感覚は、視覚と聴覚ではない、肌の感覚なのです。
― 体感ですね。
触覚が近いと思います。現場で体験するともうひとつ感覚が増えるので、より大きな体験になります。映像で見るよりも大きな体験になるので、子どもが実際の場所で経験することに意味があると思います。
日本語には「息」を慣用句に使うものが多くあり、その中でも「息を合わせる」という言葉がありますが、実は本当に息が合うんです。僕らはしゃべる仕事をしているからわかるのですが、数百人が一度に笑う瞬間があります。笑うことは息を吐くことですから、全員が一緒に笑うということは笑う寸前にみんな同じタイミングで息を吸っているわけです。それでないと大笑いができない。たとえば、会議をしていて誰かがいい意見を言ったときにみんなが一斉に「おー」と反応するときも同じです。これは息が合っている状態です。そういうことが起こると、人間には同調や一体感が生まれやすい。だからこそ「息を合わせる」なんです。みんなで同じ呼吸をすることが一体感を強めやすい。舞台とか生のコミュニケーション、そこの部分に関してはやっぱり生のほうがいいかなぁ...。
―「触覚」や「息」という言葉が出てきたのでお聞きしたいのですが、言葉を使ったコミュニケーションである落語において、相手を話に引き込んだり、魅了する上で言葉以外に重要な要素はありますか?
落語に関しては複数の要素があります。どこで息継ぎをするかは僕らにとっては極めて重要な技術です。どこからどこまでを一息でいうか。息を吸う部分によって全く変わってきます。間という無音の時間もレイコンマ何秒(0.)ズレただけで全くウケない。それらは実は言葉を使わない技術です。息継ぎと同様で息を止める技術もあります。しゃべっていた演者が「ハッ」と息をのむとお客さんも息をのむ。それを緊張に使って、その後の一言で緩和させる。あとは目線。左右に顔を向けて話すことを「上下(カミシモ)を切る」と言いますが、上下の切り方で効果が得られます。人間は相手の目を見て話を聞いているので、目のちょっとした動きの技術もあります。瞬きの技術も細かい。重要な場面では瞬きせずに、最後だけ一回瞬きするとかね。これでお客さんの心理状態が変わってくる。お芝居にもそういった技術はありますが、落語の場合は立って動き回らない分、目などの技術が重要です。あとは「しぐさ」もありますが息遣いと間が大きな要素です。
― 今、伺ったような技術は、どのようにして身に付けていくのでしょうか。師匠から弟子に伝えることができるものなのでしょうか、それとも自分自身で発見して身に付けるしかないのでしょうか。
いろいろな先輩落語家の方々から教わって徐々に身に付けてきたと思っています。決して一子相伝のように伝えられているわけではないですね。それぞれの落語家が師匠や先輩から受け継いだ技術、自分自身で発見したコツなどを後輩たちにも教え伝えていく。そういう意味で、私は落語を「集団伝承芸能」だと思っています。
―「集団伝承芸能」というキーワードが出ましたが、この言葉は宇宙開発における技術継承とも相通じるものがあると感じました。
本日はたいへん刺激的な、また、楽しいインタビューをありがとうございました。
落語という貴重な集団伝承芸能の益々の発展と、その担い手としての福丸さんの今後のご活躍をご期待申し上げます。
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この他、桂福丸さんの落語はYouTubeでお聞きいただけます。
構成・文:サイテック・コミュニケーションズ 四十物(あいもの)景子
写真提供:桂福丸