異文化・異業種インタビュー
JAXA×クリエイティビティ #03
JAXACREATIVITY
#03
目的を設定する、写真を撮る、伝える、
この全てが写真家の仕事
西澤 丞さん(写真家)
NISHIZAWA Joe PHOTOGRAPHER
「JAXA×クリエイティビティ」の第3弾をお届けします。
今回は、通常では立ち入ることができない様々な現場を撮り続けている写真家であり、イプシロンロケット試験機の誕生の過程に密着した写真集『イプシロン・ザ・ロケット』(2013年発行)の写真家でもある西澤丞さんにオンラインでインタビューを行いました。
――今回は「JAXA×クリエイティビティ」へのご協力、ありがとうございます。
はじめに、簡単に自己紹介をお願いできますか。
発電所や高速道路など、人の暮らしを支えているインフラの現場、製鉄や造船などの工業生産の現場、核融合や加速器などの科学実験の現場に行って写真を撮っています。例えば、電気がどこでどうつくられ、どうやって家庭に届いているのかは、現場を見ないとわからないと思います。でも、通常はそんな現場に立ち入ることは出来ません。そこで一般には人の行けない現場に写真家として赴き、「こういう現場がありますよ」と写真で紹介するのが今の私の主な仕事です。
――いつから、そういう「現場の写真」を撮り始めたのですか?
16年くらい前ですかね。
――なぜ一般の人が行けないような現場の写真を撮るようになったのでしょうか?
高校生のときに、自分の得意なことで世の中の役に立つ人間になりたいと思ったのが、そもそもの始まりです。
当時、得意なことは美術全般だったのですが、それは、だんだん写真にフォーカスしていきました。写真を仕事にしようと決めてから何年かは、技術を覚えるのに精一杯で、他のことを考える余裕はありませんでした。しかし、余裕が出てくると、今度は、この覚えた技術をどう使えば世の中の役に立つのだろうかと悩み始めました。そんな時に、工事現場の撮影をさせてもらう機会があったんです。
その頃の工事現場といえば3K(きつい、汚い、危険の頭文字Kをとって3K)の代表で、人気のない職場でした。でも、実際に虎ノ門の交差点の地下深くにある現場に行ってみると、巨大なものすごい機械を使って掘っていて、いわゆる世間の皆さんが抱いている3K現場のイメージとはまったく違い、SFみたいな世界が広がっていたんです。そこでは、共同溝という送電線や電話ケーブルなどいろいろなインフラを収めるトンネルを掘っていたんですが、地上では普通に人が交差点を渡っていて、地下でそんなことをやっていることにまったく気づいていない…。人のあずかり知らぬ地下の奥深くに、巨大なインフラの工事現場があって、それがSFのような世界で、衝撃的だったんです。
この現場を見た後で他の現場も取材してみると、何をやっているのかが世間に伝わっていないために、例えばリクルートしても人が集まらないとか、近隣住民の理解が得られないとか、いろんな問題が起きていることに気づきました。だったら写真に撮って伝えれば解決できるんじゃないのかな、と思ったんです。それ以来、写真によっていろいろな現場の姿を伝えると同時に、社会的な問題を解決するという今のスタイルになりました。
撮影するだけでは「写真家」とはいえない
――西澤さんは写真を撮るだけでなく、許可取りの交渉から始まり、写真集でいえば構成や原稿もご自身で担当されています。これら一連の作業を自らやっているのは、どうしてでしょうか?
今、インスタグラムとかありますよね。でもそれらの写真が伝えていることは、1枚ずつバラバラなんですよ。でも単品の写真では、ストーリーにならない。バラバラなままだと撮った人が何を言いたいのか見えてこないんです。だけど、何枚かを組み合わせて、文章やタイトルをつけると撮影した人がこの写真の中で何を言いたいのかというのが見えてくる…。
かっこいい写真を1枚だけ撮るのは、正直いうと誰でもできます。でもそんなことをやっているレベルでは、写真家になる意味はない、と僕は思っているんですよ。写真は、現実にあるものしか写せませんから、必然的に撮影者が社会とどのように向き合っているかというのが、画面に出るんです。絵や彫刻などいろいろな表現方法がある中で、あえて写真を選んでいるのであれば、写真を通して社会と関わらない限り意味がない。関わりをどう表現するかという時に、写真1枚よりも、ストーリーなり、構成なりがあって、何を伝えたいかを明確にしたほうが、写真という表現にふさわしいんだと、そう思っていますね。
写真を撮る前も後も大事なんですよ。目的を設定する、写真を撮る、伝えるところまでを含めて、それが写真家の仕事だと思っています。
――今、「伝える」というワードが出ましたが、伝えるためには写真集やブログで綴る文章も重要だと思います。西澤さんの執筆された文章を読むと、とても分かりやすいと感じるのですが、どのタイミングで取材されるのですか?
最近では、インタビューをさせてもらうこともあるんですが、撮影の時には、かなり待ち時間があるので、なるべくそういうときに聞くようにしているんです。「あの機械はどういう役目しているの?」とか「あれはどういう仕組み?」とか、そういうことを聞いておいて、後でそれを文章にするんです。
撮影時は結構忙しいです。もちろん写真は撮らないといけないし、構成も考えないといけないし、そのための段取りも必要だし、文章のための話も聞いておかないといけない。頭の中で、いくつもの考えやいろんな思いがぐるぐる回っています。
――写真家でありつつ、撮影の最中に構成や文章も考えるというのは、ちょっと驚きです(笑)
文章を書くときに気を付けていることはありますか?
文章を書くときは、わかりやすさを心がけています。まずは、一通り書いてみて、その後、何回も書き直すんです。細かいところで言えば、日本語って相当ファジーなところがあるので、書いている本人しかイエスなのかノーなのか、右なのか左なのか分からないといった文章が結構あるんです。これには気をつけています。また、カタカナ言葉はなるべく使わないようにしていますし、専門用語も使わないようにしています。
今、Workers in Japanという、現場の人の想いや働く姿を紹介するサイトを立ち上げ、運営していますが、高校生など、これからどんな仕事をしようかな、と思っている若者たちに読んでもらいたいと思っています。なので、あまり小難しいことは書かないようにはしていますね。現場の当事者が「今これを問題にしているんですよ」、「これを伝えたいんですよ」という場合は、そういう問題点をきちんと伝えます。でも、基本的には前向きな話、例えばその職場の面白みや、やりがいといったものを、なるべく書くようにしています。
何をしているかを積極的に伝えていかないと、誰も振り向かない
――Workers in Japanを拝見し、このようなコンテンツが求人情報サイトにあったらとても面白いのではないかと思いました。
昔と違って、企業も「自分たちが何をしているか」を広く知ってもらわないといけない、という発想に切り替わりつつあるんです。昔は仕事さえやっていれば、そんなものいらないという感じだったんでしょうけど…。もちろん、今でも仕事をきちんとやるのは当たり前ですけど、それに加えて何をやっているのかを伝えるようにしないと、人が集まらないとか、資本が集まらないとか、いろいろと問題が生じています。伝えることに対する価値観が変わってきたと思います。
――ますます写真に付ける文章が大事になってきますね。写真そのものも「伝える」ための重要な部分だと思いますが、どのように撮ろうと心がけていますか?
子どもでも分かるような写真を撮りたいと思っています。そういった写真が撮れれば、それは言葉の壁を越えられるんですよ。外国の人が見ても、伝わる写真になると思うんですよね。わかりやすい写真、言葉を介さなくてもインパクトがあるような写真、言葉が後からついてくるような写真、人が振り向くような写真、というような言い方でもいいと思います。
――確かに西澤さんの写真を見ると、どれも「おっ!」と思いますね。
僕のやっていることは、企業でいうところの広報活動なんですよ。その中での写真の役割は、興味を持ってもらうためのきっかけづくりです。足を止めてもらう、手を止めてもらう、目線を止めてもらう、そのきっかけが写真だと思っています。写真を見て「何だ、これ?」って思った人に、そのあとに添えられた文章を見てもらうというのが、僕が展開しているウェブサイトなんです。僕の写真やウェブサイトを見てもらって、さらにもっと詳しいことが知りたければ、その取材先のウェブサイトなりにいってもらえればいいんです。
――「目線を止めてもらう写真」というのは、例えばどういう写真でしょうか?
例えば研究の現場だったら、「研究の核心の部分はここです」と、担当の研究者がいうところがあると思うんですよ。でもそれが絵的に面白いかどうかは別問題です。研究やプロジェクトの核心が何かはまず置いておいて、僕が面白いと思ったものを優先的に撮るようにしています。そして、それをフォローする意味で、研究者や現場の人が、ここがポイントなんですよっていったところも撮ればいいんじゃないのかなと思います。
日本人は、説明を先に持ってくる傾向があります。映画なんかでもそういう構成が結構ある…。でも、興味を持っていない人は、説明をしても聞いてくれないと思うんですよ。一方、写真を見て興味を持ってくれれば、説明も読んでくれるんです。だから、「まずは興味を持ってもらう、それから説明」って、僕はいつも言っていますね。
それができるかどうかは、読者や見てもらいたいと思っている相手の立場に立てるかどうかだと思っています。自分のことだけしゃべってる人とは、友達になれないじゃないですか。でも、どうすれば相手に興味を持ってもらえるか、ということを突き詰めていけば、もっとエンターテインメントに寄る、相手の気持ちや感性に沿ったアプローチになってくると思っていますね。
宇宙も自分の仕事も行ってみないとわからない
――宇宙開発と聞いて、西澤さんのお仕事との共通点はありますか?
僕の仕事は、行ってみないとわからない現場での撮影です。行ってみたら想像したのとまったく違ってたというのがよくあるんです。宇宙開発も同じじゃないですか?理論としてはこうだけど、行ってみたらもしくは実験してみたらこんな問題が出てきましたとか、そういうのがあるじゃないですか。分からないこと、未知の領域に挑戦するという意味では同じだと思います。
――なるほど、確かにそうかもしれません。現場に行ってみて思っていたのと違った時は、どうされていますか?
楽しい!とまず思う(笑)。現場に行ってみて、常識とか既成概念とかがガラガラっと崩れる瞬間が一番面白いと思うんです。「なんと!実際はこんな感じだったのか!」って。予定調和は、まったくもって面白くありません。
――「実際はこんな感じだったのか!」というのは、例えば小惑星探査機「はやぶさ2」のチームが小惑星リュウグウを見て「想像以上に凸凹していた!」と驚いたことと、通じるものがありますね。
探査にしても、そうだったらいいなと思って行くと思うんですが、絶対その通りにならないと思います。想像と違う状況を乗り越えていくのが面白いんだと思いますよ。
写真の神様は時々降りてくる
――JAXA関連ですと、探査機と通信を行う美笹深宇宙探査用地上局(以下、美笹局)の建設時にも、写真を撮られてましたね。
美笹局に近づいた時には、霧がかかっていてまったく何も見えなかった。それが、もっとずっと近づいていったら、突然、建設現場が現れてきて、腰が抜けそうにびっくりしましたよ。
――霧の中からちょっと見えている写真ですね
ちょうど霧が晴れかかってきた時ですね。
条件が良い時だからといって、良い写真が撮れるわけじゃないんですよ。条件が悪いなと思って、あきらめかけたときに良い写真が撮れたりするんです。必ずしも天気が良いほうがいいという話ではないです。
――そういう条件に巡り合うのは偶然かもしれませんが、運を引き寄せることは多いですか?
写真の神様は、僕にも時々降りてきますよ。
例えば、『イプシロン・ザ・ロケット』の表紙の撮影時も曇りだったので、白い機体に白い雲でどうしようかって思ったんです。でも、現像してみたらいい感じになっていたので、結果オーライでした。
――晴天だったらここまで印象的な写真にならなかったんでしょうか?
かもしれないですね。曇っていたからこそ陰影が柔らかくなって、リベット(鋲、びょう)とかも拡大すると、1個ずつ見分けられるんですよ。晴れていたら、多分そんなことにはならなかったと思います。
――写真のスキルだけではなく、天気や運を味方につける部分というのがやっぱりあるんですね。イプシロンが飛んだ時の写真の水滴もそうですよね。
あれはまったくの運です!運は運なんですけど、あの撮影場所はいろいろと交渉した結果、撮影機材の設置が許可されたところです。そもそもあそこでの設置を最初からあきらめていたら、あんな写真は撮れなかった。そういう意味では、偶然を引き寄せる努力はしています。いろんな努力をする中で、たまたま写真の神様が降りてくるタイミングが合えば、一歩こえたものが撮れたりします。でも偶然を引き寄せる努力をしていなければ写真の神様は降りてきません。
まず目標を設定することが大事
――西澤さんはWEBサイトも自分で作っています。こういうことが得意なのでしょうか?
WEBサイト作りなどが得意なわけではないですが、やりたかったら覚えるしかありません。まず「やりたい」があるんです。こうしたいというのがあって、それを実現させるには、実現させるための手法を覚えるしかない。とにかく目標を設定することが大事です。方法は後から考えよう!となります。
――そのあたりも宇宙開発に近いかもしれないですね。まずは「小惑星に行きたい!」と思うことからプロジェクトが生まれるような…。
まずは行ってみようが大事で、行くにはどうすればいいかは、みんなで知恵を絞ればいいんです。新しいことをやるというのは全部クリエイティブなことで、前例がないのでやってみないとわからない。グダグダ言っててもしょうがないんだと…。
行ってみて無駄だと思えばやめればいいと思っています。
そもそもロケットは、衛星を宇宙に運ぶためのインフラだと思っています。もし、GPSとか気象衛星とか、通信衛星とかがなかったら、今の社会は成立しない。ですが、ロケットをインフラだって捉えている人はあまりいないと思うんですよね。そういうことについて、もうちょっと伝えるようにすれば、宇宙開発は単なる夢物語ではなくて、暮らしを支えている重要なものの一つだという考え方が出てくると思います。目的なり、大義名分をきちんと説明していけば、世の中の見方も変わってくるんじゃないかなと、期待しています。
――伝え方次第ということですね。今後も「伝える」ことを大事にしてご自身の仕事を続けていかれると思いますが、さらなる展望はありますか?
Workers in Japanをもっと充実させて、仕事の図鑑のような媒体として育てていきたいと思っています。SNSにしても出版にしても、自分の媒体ではありませんから、サービスが終了したり、時代の流れに合わなくなってしまったら、自分のやってきたことも一緒に終わってしまいます。誰かが用意してくれた媒体を利用するのは楽なんですけど、リスクもあると思っています。そんなことも考えていますから、今は、自分の媒体を育てるのが、とても楽しいんです。我ながら特殊な写真家だと思いますよ(笑)。
構成・文:サイテック・コミュニケーションズ 四十物景子