「第69回JAXAタウンミーティング in 長崎」(平成23年12月4日開催)
会場で出された意見について
第二部「『はやぶさ』から月探査へ」で出された意見
<今後の宇宙探査について>
参加者:金星の「あかつき」や「はやぶさ2」以外には、今後どこかほかの天体に探査機を送ったり、「ボイジャー」のような探査機をつくったりする予定はありますか。
橋本:我々としては太陽系のいろいろな天体を探査したいと思っています。「はやぶさ」が最初ではなくて、その前に「のぞみ」という火星探査機もありました。「あかつき」金星探査機もあるわけですが、とにかく行って帰ってくる技術をマスターするといろんなところに行けるはずだと考えています。例えばソーラーセイルというもので、太陽の光の力を受けて航行する探査機の実験を行いましたが、この技術を使うと木星まで行けるのではないかと考えています。木星は実はすごく遠く、たくさんの燃料が必要になります。また、太陽から遠いので太陽電池を非常に大きくしなければなりません。しかし、重くなってしまってもいけないので、普通の太陽電池ではなく、薄い膜にしなければなりません。ちょうどこれがソーラーセイルの技術と合致しています。また、月の着陸技術を使って、「はやぶさ」の往復技術を使うと火星にも行けるということで、火星探査を検討しているグループもあります。火星、木星が表だって活動している状況です。勿論、金星探査機「あかつき」はあと何年かかかりますが、まだ金星に行くことをあきらめていませんし、水星は太陽に一番近い惑星ですけれども、そこに行く計画はヨーロッパと一緒に国際協力で行っています。
<月面探査車の技術協力について>
参加者:月探査計画の月面探査車は、NASAが今、火星上で動かしている探査車と似ていますが、そういうところでの技術協力などを行っているのでしょうか。
橋本:技術協力は具体的には、直接的にはやっていません。この辺の技術というのは各国が独自に持っていなければいけないかなと我々は考えていて、ある意味競争的というところもありますけれども、勿論研究者レベルでは情報交換というのはしています。ただ、月と火星で状況が違いまして、先ほど言いましたように火星だと夜が短いとか大気があるということで、比較的過ごしやすいんですけれども、月はかなり過酷な環境ですし、表面の砂も、砂というよりは粉のようになっていて、走るのもかなり難しいと言われています。火星の探査車と共通する部分はたくさんありますが、少し違うので、我々としては独自にやろうとしています。
<コンピュータの処理速度について>
参加者:昔、火星に行っている「ソジャーナ」は、80系の非常に低集積度のコンピュータを使っていると聞きました。非常に高い温度、低い温度の極限環境の中で動かす場合、最近のものはどの程度のものなのか、もし差し支えなければ教えてください。
橋本:私が必ずしも最新の情報を知っていないかもしれませんが、今は300MIPSぐらい出ていると思います。その80、86というのではなくて、かなり高速のCPUは使えるようにはなってきましたが、それでも「ソジャーナ」の時代に宇宙で使うものは地上の10年遅れだというのは大体今も同じで、今、地上のコンピュータでパソコンで物すごい速いです。これよりはずっと遅いという形になります。コンピュータはそこそこ速いものはできてきましたが、主には通信速度というか、遠い天体に行きますので、そちらの方が制限になって、コンピュータの性能自体は何とかいろいろアルゴリズムを工夫すれば、使い物になるかなというところではあります。
<イトカワのサンプルについて>
参加者:「はやぶさ」の持ち帰った試料の分析状況を教えていただければと思います。
橋本:「はやぶさ」は基本的には分析自体は全世界の研究者がやるというルールになっています。まずはどういうサンプルが入っているのかというのを「はやぶさ」のチームが責任を持って、キュレーションといって、どういうサンプルがどのくらいあって、こういうサンプルを分析したい人はいますかというのを国際的に提案を募る形で、一番いい提案の人にサンプルを渡すことになっています。近々国際的にはそういう分析をしたい人から提案を募集することをすぐやる状況になっています。その一次的な分析、まずどういうサンプルがどのくらいあるかという分析を今やっているところです。今、何千個か微粒子がたくさんあるので、何十年かかるかわからないという状況で、とにかくできたところからこういうサンプルを分析しませんかという提案にかけているところです。その幾つかは一時的な分析はできていて、これはどういう物質です、これはどういう物質が含まれていますというものがわかっています。私は分析の専門ではないので、成果ということははっきりは言えません。全体的に言うと地上に持ち帰るとどんな微粒子でもいろいろ元素分析とかできますので、どういう成分の石だというのはわかるし、それによって基本的にはこれまで小惑星はこういうものでできているでしょうと思われていたものが、大体そのとおりあったので、理論は正しかったということが証明されつつあることが成果です。
参加者:そういう情報を、研究者の間だけではなく、一般にもっと公開して欲しい。
坂下:10月でしたか、『Nature』に4本ほど論文が出たときにも記者発表させていただきまして、ほぼ同時にされています。
橋本:そういう学術雑誌の場合、既にだれかが発表していることは雑誌にならないというルールがあるので、雑誌が出る日とか前日まで絶対公開しないというルールがあるので、それとほとんど同時という発表にさせていただいています。
坂下:なかなかそこから先は報道の方、報道各社さんの裁量になりますので、そのときでも各社さん取り上げて記事にはしていただいたと思います。
<イカロスの航行方法について>
参加者:地球から惑星の往復移動について、新しい技術で「イカロス」は太陽の圧力を受けて推進するというお話でしたが、戻ってくるときはどうしたらよいでしょう。
橋本:太陽の光を受けるときに、ヨットと同じ原理で必ずしも太陽の光を受けた反対側にだけしか進めないのではなくて、角度を変えるといろんな方向に行けます。ヨットと話が違うのは、宇宙空間は太陽の周りを回っている軌道運動をしながら、それを加速したり減速することによって実は位置を変えているんです。だから遠くの軌道に行くというのは太陽と反対側に加速しているわけではなくて、太陽と直角に加速して速度を上げて軌道を大きくしていって遠くへ行く。逆に軌道を小さくするには太陽と直角方向に減速すると、だんだん内側の軌道に入っていくということをしていますので、その辺は軌道設計がものすごく難しいんですが、やればいろんなところに行けるものです。ただし、すごくその条件が難しいので、実は大きな帆をつくればいいというのではなくて、軌道計算する人も大変です。
<宇宙開発の効果について>
参加者:具体的に宇宙開発の効果を教えていただきたいなと思っています。例えば新しい半導体であったり、防災の技術などで何ができるのか、予算が1,700億円あって、日本の人口で割ると1人当たり1,700円です。では今、1,700円払っていますけれども、5年後、10年後にどれくらいのお金が帰ってくるのかという金額で示していただければと感じます。また、その中には勿論「はやぶさ」によって元気づけられたメンタル的な金額とかもプラスするのもいいと思いますし、例えば月の上でこういうことができるようになります、人間が移って住めるようになりますというような、すごいかなり大雑把な予測とかでも結構だと思います。そういうものがあったら市民の皆さんも新聞などにも応援の投稿しやすくなるのかなと感じました。
橋本:宇宙開発の成果や波及効果については、宣伝や報告が少な過ぎるといろいろなところから言われています。いろんなシンポジウム等は企画していますが、なかなか皆さんのお耳に止まらないこともあるかと思いますので、そこは考えないといけないと思っています。宇宙開発も多くの分野を行っていますので、分野によっては成果をお金に勘定する必要もあるかと思いますが、我々がやっている科学や探査は5、10年後に何か儲かるものではなく、影響があるとすれば、メンタルの問題で、計算に乗らないものかなと思っています。よく事業仕分け等でも言われますが、金額で出すのは難しいです。要するに効果は何ですかと言うと、金額で言えばゼロ円かもしれないし、何億円かもしれないからです。
長谷川:政府の予算の中でも同じようなことを聞かれるのですが、この投下した費用に対して何年後にどういう形でといったときに、JAXAが置かれている研究開発の目的そのものを、ビジネスのためにやる団体にするのか、それとも日本の技術力、科学力をアップするためにやるのかの問題に立ち返ります。JAXAは、航空、宇宙科学、国際協力での宇宙ステーション、ロケットなどの事業を行っていますが、それぞれの目的はすべて異なっています。宇宙科学は10年後にいくらになるということは分かりません。だからといって、研究者がいいようにしてはいけないので、それなりの成果があるものでなければなりません。副次的にはイオンエンジンが三十数億で売れていますが、イオンエンジンを売るためにやっているわけではなく、それをいくらだと言われても困ってしまいます。「きぼう」での実験でも、年間60億使っていて、副次的にタンパク質の製薬ができますが、あくまで製薬をつくるためにやっているわけでなく、日本の宇宙開発を世界の一流国にするために、この宇宙ステーションに参加して、米露しかもっていない高い技術を持つというのがもともとの目的でした。研究開発団体は10年、20年先の技術力をアップするために行っていて、それが教育にもなるし、みんなの幸せのためにもなります。それはあくまでも副次的なものだと思っていただきたいと思います。
<今後のビジョンについて>
参加者:「はやぶさ」で惑星に着陸して戻ってくる技術が確立でき、地球から惑星の往復ができ、次にどういうことをやっていくのだろうか。その延長上で考えると、我々はいずれ月に住めるようになるのかなというとも考えていいのかなと。ただ、それだけで我々は夢を描けやすいと思います。
長谷川:1年間、月探査懇談会というものを内閣府でやったときに、実は毎週記者会見及びホームページにそれは出して、「はやぶさ」の技術、「はやぶさ2」の技術、「かぐや」、「かぐや2」の技術、それが有人探査にどうつながるのかと散々言われたので、そこは委員会の中で詳しく出しています。だからその道筋の中でイオンエンジン、再生型燃料電池、はたまた地表面への着陸技術、これは安全保障技術にもなるんですけれども、同じ質問をされました。ただ、残念ながら我々がうまくないのかもしれないけれども、それがどこのHPにあるということを皆さんにお知らせする手段がうまくないんです。マスコミさんが出してくれたんだけれども、新聞の16面とかだと気が付かないですね。みなさん見るのは1面、2面、最後の社会面なんです。それで新聞を1日見なかったら終わってしまう。『NEWTON』か何かに出しても、『NEWTON』という雑誌を見る人は限られています。そこが難しいので、NHKさんにお願いしたり、民放にお願いして番組にしてもらおうとしています。だから番組は増えています。増えているんだけれども、今みたいな御質問に対する答えを完全に用意するような番組にはなっていないので、できるだけお知らせするようにいろんな手段を工夫しています。
坂下:ある意味で広報担当の仕事でもありますので、その辺は工夫したいと思います。そういう意味で宣伝になるんですけれども、今年6月から月1ぐらいでネット放送番組で1時間番組を始めていまして、各プロジェクト持ち回りで現場の担当が夢も含めて語るということも始めさせていただいておりますので、よろしかったら見てください。
<宇宙エレベーターについて>
参加者:以前、私たちのような一般人でも、宇宙に行けるような宇宙エレベータの計画があるという話を聞いたことがあります。それが進行しているのかどうかということと、また、それをつくるなら、それを困難にしている課題があれば教えてください。
長谷川:宇宙エレベータはJAXAは行っていません。あくまで宇宙エレベータの協会が日本にもあって、国際大会をやっているそうです。そこの中にうちの職員だった人が参加していることはありますが、ただ、人間が乗るためには相当先でないと多分難しいと思います。
坂下:私も知っていることは限られていますが、まずエレベータのロープが技術的に強度が足りないということで、あのロープができないとだめだろうなというのは、数十年前から言われていたことです。まず技術的に難しい。ただ、それでもそういうイノベーションがあったときに周辺技術なりいろんな検討ができているとすぐに実現するために、今、いろんな人がいろんな活動を行っていると聞いています。
長谷川:今、言ってくれたテザーですが、静止からひもを出します。ひもと言ってもものすごい張力があるので切れてしまいます。それをスペースシャトルのリモート室からの実験とか、最近も人工衛星でやっているんですが、イタリアもアメリカもみんな数日で切れてしまうんです。電源、通信系、コントロール系をが入っており、重力というのは物すごく難しいというのがみんなわかってきて、それに耐えられる素材と強度とバックアップシステムをどうするかが今の課題だそうですが、でもチャレンジしています。
<月面探査について>
参加者:月面探査機は、夜の2週間は箱のようになって耐えると聞きましたが、月の夜の部分ではなくて、昼の部分に行けば、そういう対策も要らなくなるのではないですか。
橋本:すごく素晴らしい視点です。実はNASAがそういう提案を少し検討しています。というのは、月は1か月で1周しているんです。だからもしあの車が月を1か月で1周できるだけのスピードがあれば、常に昼間のところだけ走り続ければぐるっと1周できるんです。さすがに赤道というか、一番遠いところだとすごく距離が長いですが、極地方という北極、南極の近くだとぐるっと1周してもそんな距離にならないので、日が当たっているところをずっと追っかけていこうという計画は、検討は実は真面目にしています。ただ、すごく難しいのは本当に1周全部ちゃんと走れるところがあるかで、途中に山があったりしては走れなくなるし、途中でもし壊れてしまったら、そこで夜が来ると終わりになってしまうので、いずれにしろ夜を耐える技術は要るのかなと思っています。ロシアのロボット探査車が40年ぐらい前に月で活動しているんです。それはどうやって活動できたかというと、原子力電池を使っています。月探査でも火星探査でも、原子力電池を使ってしまうと夜でも昼でも同じように発電ができます。むしろ全く断熱してしまって、よそから熱とか入れないようにして、とにかく原子力電池の電力で全部まかなうように設計することをやっています。日本は原子力電源を積んだものをロケットで種子島から打ち上げるのは問題があるのではないかという議論もあり、我々は原子力は一切使わないでやろうという研究をずっとしてきました。次にあれだけのロボットでできるかどうかというのは今、挑戦しているところです。
<イトカワの重力について>
参加者:イトカワにターゲットマーカーを落した話がありましたが、イトカワ自体には引力があるのか。結構小さなものだと思いますがいかがでしょうか。
橋本:非常に引力は小さくて、地球の大体1万分の1Gと言われています。ですのでターゲットマーカーというマーカーを落しましたが、その設計に一番苦労したのは、普通に設計しますと弾んでそのままま宇宙空間に飛んで行ってしまうので、ぶつかったらぴたっと止まる、非常に低反発のものをつくらなければいけないということでした。何度も実験をして、最低でもぶつかった速度の10分の1以下にはなるという仕様で開発しました。そうするとちょっとずつ弾んでもすぐに止まるということです。1万分の1と言っても意外と時間がかかると効いてきまして、実は「はやぶさ」は1回目の着陸を失敗したときのように、浮上がちゃんとできないとじわじわと落ちてしまうんです。ですので、すぐに計算できませんが、1万分の1でも重力があると、ある程度時間がかかると落ちていきます。