「第64回JAXAタウンミーティング in 生駒」(平成23年8月21日開催)
会場で出された意見について
第二部「『はやぶさ』から月探査へ」で出された意見
<イオンエンジンについて>
参加者:イオンエンジンについて、素人にもわかる程度に説明をお願いします。それと、イオンエンジンも、化学エンジンも故障したと聞きました。その原因を教えてください。
橋本:基本的に、力を出して探査機を加速させるためには、なるべく速いスピードで多くの物質を出せば、それだけ加速する。多くの物質を出すと燃料をたくさん使うので、燃費のいいエンジンは、噴射するガスのスピードが速ければ速いほど有利です。普通の化学エンジンは、燃料を燃やして、その燃焼エネルギーで、燃焼ガスが非常に高速で噴いてます。イオンエンジンは、それよりも10倍速く電気の力で加速させる方法です。キセノンというガスをプラスのイオンとマイナスの電子に分離し、プラスのイオンにマイナスの非常に高い電圧をかけます。それでイオンが猛スピードで飛んでいきます。そのままだと、どんどん探査機がマイナスになるので、中和器からマイナスの電気を持ったガスも少しずつ出す。すると、探査機自体はずっと同じ電圧のまま、非常に速いスピードでキセノンのガスを噴射できる。そういう原理です。また、イオンエンジンの故障については、長い間使うと、寿命が来てしまいます。地上である程度寿命試験はしましたが、今回、「はやぶさ」は様々なトラブルがあり、非常に特殊な使い方をして、その条件を逸脱しています。現在、ある程度無理な使い方をしても大丈夫か、という研究を続けていると理解しています。化学燃料のトラブルについては、残念ながら細かいことまではわかっていません。限られたデータしか残っていないので、この辺が怪しいということまでしか突きとめられていません。
<イオンエンジン技術の応用について>
参加者:イオンエンジンは、地球上で例えば車や電車などに応用されることはないですか。
橋本:イオンエンジンの特徴として、推進効率は非常に良いですが、力はすごく小さいです。「はやぶさ」のイオンエンジンだと、1円玉の重さほどの力しか出ません。何も力が働かない宇宙空間だからこそ意味があるので、地上ではかなり厳しいと思っています。ただし、イオンエンジンに使った高電圧や、マイクロ波の技術、帯電、放電を防止する技術は、地上の様々な装置にも使えるのではと考えます。
<研究開発における判断について>
参加者:衛星や探査機などを、とにかくリカバリしてぎりぎりまで使おうとするのは、人的なリソースの無駄になるのではと思います。復帰にはリスクが大きいとなった場合、バックアップを用意した方が、長期的に見るとよいのではと思いますが、いかがでしょうか。
橋本:大変重要な御意見だと思います。我々も常にどこであきらめるべきか、これは頑張るべきかというのは考えていて、非常に難しい問題です。コストという観点からすると、新たにつくり直すより、可能性があるなら何とか運用で持ち直した方が、はるかにコストパフォーマンスが良いのは確かです。それから、人的リソースの問題については、将来的に研究にも役に立たない、不具合の原因も全部わかっていてただ作業が多く発生するだけであれば、ある程度のところで別の新しい研究をした方がいいと思います。しかし「はやぶさ」のリカバリ運用で修得した技術は、かなり先進的な、追い詰められたからこそ考えた技術もたくさんありますので、リカバリ運用は決して無駄にはなっていないと思います。
<各国の研究者の興味の対象について>
参加者:研究者が現在一番興味を持っていることは何ですか。
橋本:どういう分野の研究者が何に興味があるか、ということで随分変わってしまうので、一言ではなかなか難しいと思います。例えば、太陽系の天体に関して言えば、ヨーロッパは火星、木星や土星の衛星などに、興味を持つ研究者が多いと聞いています。日本も勿論、木星や土星の衛星というのは未知の部分なので、皆さん興味を持っていると思います。ただ、行く手段がなかなかないという状況です。日本では、火星より月や小天体に興味を持つ研究者が多いと聞いています。
<イオンエンジンにキセノンを使った理由について>
参加者:イオンエンジンの燃料がキセノンでなければならない理由はありますか。
橋本:アルゴン、ネオンなどを使っているものも、中にはあるのかもしれません。その中でキセノンが一番向いていると聞いています。1つにはイオンに分離するのに放電させたり、マイクロ波を照射するなど、様々なことをします。ですから、いわゆる不活性ガスといわれる化学反応をなるべくしない物質でなければなりません。また、タンクに入れるのに、液体の状態か、固体の状態か、融点や沸点の問題、価格の問題もあります。幾つかの候補の中で総合的に多分キセノンが一番よかったのだと思います。
<宇宙での実験の必要性について>
参加者:宇宙ステーションで様々な実験をしていると思います。地球上で宇宙の条件を作り出せば、わざわざ宇宙まで行って研究せずに、地球でできるのではと思いますが、いかがでしょうか。
橋本:地球上でできることは、地球でやるというのが勿論原則です。イオンエンジンにしても、無重力の効果とか、宇宙空間に探査機が浮いている効果という以外は、全部真空の容器の中に入れて動かすなどして確認していました。ただ、やはり打ち上げてみると、どこでどう放電するかというのは、宇宙空間に探査機を置いてみないとわからない、ということが起こります。それから、微小重力、無重力状態を地上で長時間再現するというのは非常に難しいです。
<宇宙での権利関係について>
参加者:宇宙空間の権利関係は何か決まりごとがあるのでしょうか。
橋本:基本的には宇宙条約で、宇宙をどこかの国が勝手に独占してはいけないと決まっています。例えば、月もその延長で考えると、どこかの国が勝手に旗を立てて、自分の国だというのは現状ではできないことになります。では南極はどのように決めたかというと、南極探検ができる能力を持つ国が、相談して決めるという方法が世界の常識のようでした。このような状況から、着陸した場所の半径何キロは領土だというのは主張できません。しかし例えば、ある国が観測装置をここに展開したので、ここに降りてもらっては困るという科学的な理由を出されると、ほかの国は行きづらくなるのも事実です。ですから、既得権のようなものができてしまう可能性もあるので、注意が必要です。
<「はやぶさ」への指令にかかる時間について>
参加者:地球から信号を送って「はやぶさ」が応答するまでに、どれほどの時間がかかりましたか。
橋本:一番遠いところで、片道で行くまでに20分、返事が返ってくるまで合わせると40分です。1つ指令を送って、返ってくるのに40分かかるということです。運用の場合、結構難しくて、地上から指令を送るだけでなく、「はやぶさ」自身の時刻のタイマーで起動させる指令も送るので、どの時刻で何をやったか混乱しないよう、すごく考えました。
参加者:もっと遠い惑星を探査しようとすると大変だと思います。
橋本:もっと複雑になります。ちゃんと計算してはいないですが、NASAのボイジャーの場合は、指令を送ってから、返事が返ってくるまで数日かかかることもあると思います。どんどん時間の概念を変えなければなりません。そうなると、基本的に地上からのコントロールだけでは難しいので、自分で判断する機能が必要です。「はやぶさ」もその機能を搭載しましたが、十分ではなかったところもありました。
<「はやぶさ」の太陽電池について>
参加者:今、再生可能エネルギーということで、太陽電池が非常に話題になっています。「はやぶさ」に積まれた太陽電池は国産でしょうか。
橋本:これは、最終的に外国のものになったと思います。国産にするかどうか、最後まで議論して、特にイオンエンジンを使うということは電気が命ですので、発電効率が少しでも高い外国製を使いました。その他の人工衛星には、日本の製品がよく使われているようです。
<情報科学の活用について>
参加者:JAXAはこちらの奈良先端大の情報科学の分野と協力しているとのことですが、もう少し詳しく教えてください。
小澤:おそらく、情報セキュリティの分野でアドバイスをいただいていると思います。それと、JAXAは事務処理や、技術情報の管理以外に、宇宙開発のハードウエアをつくるプロセスの中で、情報技術を取り入れていくことに力を入れています。従来であれば、大がかりな試験設備をつくって、何回も性能を測るということをしていましたが、現在、数値シミュレーションの技術を伸ばそうとしています。そしてその技術を、行く行くはほかの分野に使えるような取り組みも行っています。情報分野は、宇宙開発のプロセスの中に取り入れていく余地がまだまだあり、高い技術を持っている企業さんや、大学さんがあれば、是非協力させていただきたいと思っています。
橋本:私はバックグラウンドが電気電子関係なので、情報関係で特に探査に関係するところで言わせていただくと、画像の処理や、障害物を自動で判断したりというようなことはまさに情報技術ですし、それから自律的、いわゆる人工知能も情報技術を取り込んでいかなければと思っています。