「第58回JAXAタウンミーティング in 神戸」(平成23年1月30日開催)
会場で出された意見について
第二部「『はやぶさ』と日本の今」で出された意見
<宇宙教育の考え方について>
参加者:私は16年前に阪神淡路大震災で被災した者です。この震災では多くの方が被災し、亡くなった方もいますが、私は被災して地域の絆を感じました。最近はいろいろ暗いニュースがありますが、今日も保護者の方がたくさん来ていますが、保護者の絆と宇宙との関係について教えていただけますか。
的川:2003年にJAXAが統合され、広報活動はそれなりにやっていました。ただ、教育活動は、広報とは独立した形でやるべきではないかという話が出て、2005年に宇宙教育センターを立ち上げました。宇宙教育センターが軸にしているものは、宇宙教育センターをつくったときにみなで議論し、宇宙開発や宇宙の歴史など、いろいろな側面から人間が築きあげたものを子どもの心の中にどのように私たちが植えつけ、あるいは引き出していくかを、3つの心としてまとめました。それは「好奇心」「冒険心」「匠の心」です。ただ、何か足りないのではということで議論した結果、基盤に「いのちの大切さ」をしっかり据え、3つの心を命のトライアングルと呼び、日本の宇宙を軸とした教育の目指すことで世界に発信していこうとまとめました。現在の日本の状況を考えると、何か事件が起きると学校の責任、学校の先生がいけないという話になります。実際は、家庭や地域と学校との支え合った状態ができないと、日本の教育はおそらくよくならないと感じており、宇宙教育センターは学校教育、社会教育、地域の教育、家庭にも入っていき、全面的な展開を最近始めました。とりわけ家族の絆が一番大事という問題意識から、「宇宙の学校」を始めたのが、ほかの科学教室と違いユニークなところです。これは、JAXAの宇宙教育センターと私が設立したNPOとの協力関係で行っています。「いのちの大切さ」は、私は母親から生まれた命ということで、小さいときから感じていましたが、実際、宇宙の仕事を行うようになって宇宙の始まりからずっと宇宙が進化し、現在、時代の最先端のところに我々の命は息づいているわけで、そういうことを考えると「いのちの大切さ」は、必ずしもお母さんとの関係だけではないと感じています。もう少し深い意味があるのではと宇宙との付き合いの中で感じるようになりました。ただ、お母さんは大事です。家族が子どもの心を豊かに育てるための大事な要素であることはいつも感じると同時に、豊かな材料をいっぱい宇宙は持っているため、それらを基につくっていきたいという考え方で「宇宙の学校」を行っています。宇宙教育は、必ずしもロケットや人工衛星をみなに一生懸命教えて、将来宇宙の担い手になってほしいとは思っていません。宇宙が好きな人がいっぱい来ると思いますが、宇宙はあくまで素材であって、それを基に日本の子どもや大人が元気になることが大事だと思っており、そういう立場で展開しています。その中でも家族の絆が大変大事だと目標を掲げています。
<「はやぶさ」と「はやぶさ2(仮称)」の違いについて>
参加者:もともと、「はやぶさ」は還ってきてもう一度宇宙へ行く予定だったと聞いたことがあります。残念ながら今回は達成できませんでしたが、「はやぶさ2(仮称)」は1回還ってきてから再びいくことができるでしょうか。
的川:「はやぶさ」がもう一度宇宙へという話は、カプセルを分離した後、ガスジェットを使って太陽系の空間へ出て、ラグランジュポイントへ行こうかと思っていました。新しい小惑星探査に出るという話ではありません。川口プロジェクトマネージャはどんどん先を考える方で、既にソーラーセイルで木星へ行くことを考えていました。今後、日本が宇宙探査の拠点にするとしたら、ラグランジュポイントがおそらく日本の惑星探査の出発点になるといった構想をずっと考えていたため、そこへ行く練習をまずやってみようということが「はやぶさ」のその後だったと思います。残念ながらガスジェットが全てだめになってしまったため、行くことができませんでした。「はやぶさ2(仮称)」は新しくつくりますが、2014年くらいまでに打ち上げないとアメリカが追い越す可能性があります。そのため、それほどドラスティックな改良はすることができません。アンテナをもっとよいものにしたり、イオンエンジンを強力にしたり、リアクションホイールをもう少したくさんつけるといった、ちょっとした改良で性能がよくなると思います。また、「はやぶさ」が行った「イトカワ」とは別のタイプの小惑星に行こうかと考えています。小惑星は、地球や火星のような大きな星と異なり、大昔の状況をそのまま保存している物質を体内に持っているため、サンプルを持ってくれば地球や火星を調べるよりも、かなり異なった古いものをそのまま分析できるという意味で大変意義があります。「イトカワ」はSタイプという岩石質の小惑星ですが、「はやぶさ2(仮称)」が目指しているのはCタイプという炭素を含んでおり、水や有機物を含んでいる小惑星なため、これは地球の起源を研究するということに加えて、生命がどのようにできたかというところまでつながっていくと考えています。
<「はやぶさ」帰還の際の感想について>
参加者:「はやぶさ」が大気圏に突入したとき、私も泣きましたが、国民の皆が感動したことについて、どのような感想を持ちましたか。
的川:「はやぶさ」が帰ってくる画が、静止画だったらそうでもないのですが、動いている映像であったために涙がこぼれたのだと思います。7年間あるいは出発してから15年間ずっと付き合ってきた探査機が壊れていく現場を見るのは、とても耐えられないというプロジェクトのメンバーは大勢いたと思います。一般の方でも耐え切れないという方はたくさんいたと思います。それを通じて宇宙の「う」の字も関心を持たなかった方が、宇宙は自分の生活と全く関係がないわけではないという感想を持ったり、科学技術と自分の生活とのつながりにかなり目覚めた方もいたりして、「はやぶさ」の効果は多彩だったと感じます。
<「はやぶさ」の教科書への掲載について>
参加者:神戸市内で宇宙教育リーダーをやっています。昨年夏も750名くらいの小学校でだいたい180名くらいの応募があり、ペットボトルでロケットをつくり打ち上げたりして楽しみました。今回の「はやぶさ」の話は、夢や希望、絶望、チームワークなどいろいろあったので、こういう話を小学校の教科書に掲載するようなことはできないのでしょうか。
的川:教科書の件は努力を開始しています。教科書に掲載するのは、例えば太陽の観測の写真などはだいぶ載るようになりました。「はやぶさ」の写真も載っています。「はやぶさ」の持っているストーリーやドラマも含めて掲載してほしいということは、現在、教科書をつくる人たちに対してアプローチしており、いずれかは掲載するのではないかと思います。
<衛星の命名の基準について>
参加者:「はやぶさ」など衛星には様々な名前がついています。「はやぶさ」は、糸川先生が戦闘機をつくっていたため、その名前からきたのではないかと勝手に思い込んでいます。ほかに「みちびき」など非常にわかりやすいのですが、衛星の命名の基準が何かあれば教えてください。
的川:「はやぶさ」は打ち上げる前は「MUSES-C」という名前でした。これはMロケットを使用した工学実験探査機の3号機という意味で、だいたい打ち上げの2週間くらい前に各センターに投票箱を設置し、みなが名前を投票しました。「MUSES-C」は、「はやぶさ」と「イトカワ」が一番遠くで3億km先で出会うため、3億km先で何かが起きたときに「危ない、避けろ」という指令を出しても電波で届くのにだいたい17分近くかかりますし、「わかりました、避けます」といった回答が返ってきたりしている間に40分くらいかかってしまいます。その間にぶつかってしまうため、打ち上げる前に「はやぶさ」のコンピュータには、事前に想定される事例を全部書き込んでありました。自律型のロボットとしてアトムのように飛んでいくイメージがあったため、「アトム」が一番よいと私は思っていました。命名委員会の座長を私がやっていた関係もあって、アトムが65%くらいの得票率でした。実は、アトムは手塚治さんが2003年に誕生させており、「はやぶさ」の打ち上げとぴったりでした。最終的にアトムに決定しようと言ったところ、ある職員が、アトムは原子爆弾を思い出すのではと言いました。私がニュークリアなら原子爆弾を思い出すが、アトムで思い出すかと話したところ、その職員が、鉄腕アトムは外国ではアストロボーイと言われており、アトムという名前で鉄腕アトムを思い出す外国人はいないのではと言いました。そのため、アトムはなくなり、2位は何かということで見たら「はやぶさ」でした。「はやぶさ」の理由には、ハヤブサという鳥は大変目がよく、遠くから獲物を見つけてさっと舞い降り、獲物を取って舞いあがって自分の巣に帰る、そのアクションが「MUSES-C」とぴったりだと書いてありました。よくできていると思い、最終的に「はやぶさ」とつけました。また、実は「イトカワ」という名前が小惑星についたのは、打ち上げの3か月後です。糸川先生の名前のついた星に行くから戦闘機「はやぶさ」の名前をつけた訳ではなく、「イトカワ」は後でつけた名前です。もう一つ、私たちが若いころに鹿児島に打ち上げに行ったときは特急寝台「はやぶさ」を利用していました。29時間かけて東京から行っていたため、苦しい思い出がありますが、このようなことが積み重なって「はやぶさ」は結構よい名前だと現在は思っています。
舘:衛星の命名には2つ方法があります。1つは「こうのとり」が先日打ち上がりましたが、「こうのとり」の際は一般に募集をしました。一般に募集をした中から名前の多い順に選んでいきます。ただ、商標登録に重なる可能性もあるため、重なった名前は除いていき、残った名前の中から決定したのが「こうのとり」です。もう1つ、「あかつき」のように科学衛星については、募集ではなく研究者のコミュニティで決定していく場合もあります。
<「はやぶさ」カプセル展示の料金徴収について>
参加者:タウンミーティングが始まる前に「はやぶさ」のカプセル展示を見ました。美術館でもよくありますが、常設展示以外に特別展示開催の際は、お金が高くなる場合があります。科学館の方にたずねたところ、輸送費などは自費だが、その他は無償との話を聞きました。私は、お金を取ってもよいのではないかと思っているのですが、いかがでしょうか。
舘:展示にお金をとる話かと思いますが、基本的に今回は多くの方に見てもらうことを目的にしているため、見る方の負担は生じないように配慮しています。来年3月31日まで全国を巡回していきますが、その間はお金を取ることは考えていません。
<科学技術以外の宇宙の考え方について>
参加者:今回の「はやぶさ」の出来事が、日本のみなが宇宙について共感したのは初めてというのを先ほど聞きました。宇宙で芸術活動を行うという話もありましたが、ロマンティシズムとしての宇宙と科学技術としての宇宙をどのように考えていますか。
的川:私は、宇宙という言葉だけで理科系というイメージが出てくるのは違う気がします。例えばハレー彗星のときもそうですし、今回の「はやぶさ」のときもそうですが、作曲家の方が曲をつくったり、詩をつくったりして音楽ができています。それは科学技術という側面からつくっているわけではないといます。宇宙が持っている多面性は、もちろん、仕事をするときには科学技術の力を使って行いますし、目的もそうだと思います。それを共感として受け止める人たちの受け止め方は単純ではなく、自分が持っている心のひだに即して、いろいろなことを感じとっているため、私たちが思いもよらなかったことも随分あると思います。最近びっくりしたことは、「はやぶさ」が映画になるという話です。多くの映画会社が「はやぶさ」で映画をつくると言うわけです。これは科学技術を描きたいと思ってつくるわけではなく、映画の製作者は大勢の人が見たいと予想しているわけです。宇宙が持っている中身の豊富さや多面性はものすごくたくさんのものがあるため、それを使って教育や芸術に私たちがいろいろなものを提供していくことは、大変大事な部分を占めていると感じています。
舘:今回、映画をつくりたいという話が複数社あります。内容はわかりません。先日、東映さんが2012年の春につくるという発表をしました。脚本や主演はまだ決まっていません。テレビあるいは映画で「はやぶさ」は、ある種の文化的な貢献をするのではないかと思います。
的川:宇宙と芸術、ロマンティシズムの話で理事長、いかがですか。
立川:そろそろ宇宙も理科系の話だけではない段階にきたという理解をしてよいのではと思います。宇宙の観光旅行も行おうという話も出ています。そういう意味でJAXAとしては宇宙の場を提供し、哲学者も芸術家もみんな参加していただく、そういう世界にしたいと思っています。
<ロケット以外で宇宙へ行く手段について>
参加者:二十数年前、超伝導の勉強をしているときにロケットにかわって、今で言うリニアモーターカーをうまく応用すれば宇宙に行けるのではないかという本を読んだことがありました。今日はロケットの歴史の話もありましたが、ロケット以外で宇宙に行く手段は検討されているのでしょうか。
的川:リニアモーターを使う案は、富士山のような形をした建物でリニアモーターで加速し、そのてっぺんから投げ出せばロケットエンジンも使いますが、高い建物さえできれば、相当のところまではリニアモーターで行くことができるかと思います。現在もいろいろ研究を行っている人はいますが、JAXAとして研究していることはありません。また、大きな帆を広げて太陽の光の圧力で進むソーラーセイルは、ソーラーセイルだけでは心もとないため、「はやぶさ」で使ったイオンエンジンと組み合わせ、木星まで飛んでいく構想は真面目な計画です。木星や木星と同じ距離にある小惑星の溜まり場に行く、あるいは木星まで届いたらスイングバイを使って太陽系を縦に飛行する壮大な計画にまで発展しており、イオンエンジンは使用しますが、太陽の光のヨットを使うという意味では新しい方法です。ほかにスペースコロニーや宇宙エレベータが、SFなどで登場します。宇宙エレベータはご存じの方多いと思いますが、赤道上36,000kmの高さに静止軌道があり、そこは地球から見ると静止しているため、地球上からエレベータを通せば、ロケットを使わずエレベータで行けるという考え方です。この考え方は、100年くらい前に考えられていますが、そんなに高い所からエレベータを降ろすと材料が自分の重さで切れてしまいます。現在、カーボンナノチューブなどいろいろな材料が開発されていますが、まだ耐えられるような材料はできていないため無理だと思います。また、36,000kmまでつくっても、重心が下に下がってしまうためそこまでで止められず、はるかかなたまでバランスウエイトを伸ばさなければなりません。そうするとバランスウエイトの先はすごく小さなスピードで回っています。静止衛星は、地球の回転速度と同じなため止まって見えますが、だいたい秒速3kmで回っており、はるかかなたのバランスウエイトの部分はもっと小さなスピードで回っています。そこに宇宙船を据えて加速すると、一気に火星まで飛んでいくくらいのスピードを持っています。その方法を使うとロケットを使わなくても何かできるのではないかということをいろいろ計算で行っている人もいます。ただ、奇妙奇天烈なそれ以外の方法は、それほどたくさんあるわけではなく、発想としては数10年、100年くらい前にかなり奇抜な発想を持った人が考えたもの、ソーラーセイルもそうですが、材料などを工夫して実現したいと考えているものが多く、若い人たちには今までなかった奇抜な発想を大胆に考えてほしいと思います。
<過去の失敗の伝承について>
参加者:適度な貧乏がいろいろな知恵を生んだという話がありました。日本のロケットの精度は九十何%と非常に高い精度と思いますが、やはり過去にたくさんの失敗があったため現在があると思います。過去の失敗を今の成功率の高いところで研究をしている方に、どういう形で伝承しているのでしょうか。
的川:過去の失敗は、どこの国でも起こっています。宇宙開発は、何度も同じ失敗を起こすときもありますが、いろいろな分野に比べると過去の失敗を成功の経験に結び付けるという点では、お金がかかるだけに随分行われている分野だと思います。宇宙開発は世代が切れるわけではなく、重なり合いながらずっと行っていくため、先輩から後輩に経験がずっと語り継がれながら、技は伝えられていくものだと思います。我々の研究所で言うと、例えば大学院に来ると5年間は一緒にいます。大学院の5年間の間にいろいろな経験や失敗を経験して、自分が職員になったときにはそういうことがかなり体に身に付いています。本をいくら読んでも成長しないと思うのは、「はやぶさ」の一番ピークのときに「はやぶさ」のホイールが2つ壊れ、ガスジェットも頼りない、制御でしか降りることができない状態の中では、オペレータはなかなか着陸する決心がつきませんでした。リハーサルを行ったときも何度やっても自信が出ないと言っていました。しかし、3週間経って本当にタッチダウンするときは、すばらしい技でした。3週間前と比べたら全く違うと言ってよいほど、よどみなくオペレートしているため、若い人の成長は早いと思って感動して見ていました。これは1年や2年、本を読み続けても進歩しないと思うので、現場が鍛えるのだと思います。最近はサッカーでも「はやぶさ」でも見ていて、若い人の力は特に日本はすごいと思うようになりました。舞台さえ与えられれば、日本はまだまだ矜持とか自信を豊富に持っている国だと信じています。