超精密にエネルギーを測るSXS ここがスゴイ!ひとみ [その2]
2016年2月3日(水)
- プロジェクト
- 人工衛星・探査機
技術の粋を集めて完成したX線天文衛星「ひとみ」(ASTRO-H)。その1ではX線望遠鏡を紹介しましたが、その2では望遠鏡の焦点面にあるX線検出器の「ここがスゴイ!」をご紹介します。
「見える、見えるぞ!」従来より30倍も正確に精密に分光できる
X線観測では分光、つまり、ひとつひとつのX線光子のエネルギーを測ることは極めて強力な手段です。「ひとみ」の軟X線分光検出器(SXS:Soft X-ray Spectrometer)は、「すざく」など従来の衛星の装置より30倍も優れた分解能(エネルギーの測定精度)を実現し、それにより新しい宇宙が見えてくると期待されています。
「マイクロカロリメータ」の仕組み
軟X線分光検出器(SXS)は、X線光子のエネルギーを測るために、X線マイクロカロリメータと呼ばれる仕組みを用います。
マイクロカロリメータの原理はとても簡単で、センサーがX線を吸収すると、X線光子のエネルギーが熱に変わります。これは、光が当るとものが暖かくなるのと同じ現象。この温度上昇を精密に測定することで、X線光子1個1個のエネルギーを求めるのです。しかし1個のX線光子による温度上昇はたいへん小さいため、検知するには装置を絶対零度(273.15 ℃)の近くまで冷やさなければなりません。温度計も極めて感度の高いものが必要になります。
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「マイクロカロリメータ」って聞き慣れない言葉だけど、3つの身近な英単語の組み合わせなんだ。
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いかに宇宙空間で冷やし続けるか。それが問題だ。
マイクロカロリメータを宇宙空間で実現する際の難しさのひとつは冷却技術にあります。「ひとみ」に搭載される冷却システムは日本で開発され、コンパクトながら高い冷却性能を発揮します。多層の真空断熱容器(デュワー)、多段の冷凍機、液体ヘリウムなどを組み合わせることで効率的に極低温(-273.1℃)を実現し、それを宇宙空間で3年以上も維持することができます。
家庭用の冷凍庫は-18℃、ドライアイスは-79℃、バナナが一瞬で凍る液体窒素は-196℃…「-273.1℃」って、想像を絶する冷却技術だね。
マイクロカロリメータで見えてくる宇宙
マイクロカロリメータを使ってX線光子のエネルギーを超精密に測定することで、次のような豊富な情報が得られると期待されています。
1. 天体の運動
X線を出す天体が視線方向に運動していると、X線光子のエネルギーが「ドップラー効果」* により変わります。マイクロカロリメータでは、従来よりずっと微小なエネルギーのずれまで計測できるので、超新星残骸が膨張する速度、銀河団どうしが衝突する速度、衝突によりプラズマ中に発生する衝撃波や乱流の速度などが、X線としては初めて本格的に測定可能となり、X線を出す高温天体の運動の様子や、それらがもつ運動エネルギーを推定できるようになります。こうした測定は、直接には検知できない暗黒物質(ダークマター)の量を推定する上でも、重要となります。
* 近づく救急車のサイレンの音が高くなり、遠ざかるサイレンの音が低く聞こえる音のドップラー効果と同じで、光にもドップラー効果が起きます。
2. 強い重力
ブラックホールの近くでは強い重力により、吸い込まれる物質が出すX線のエネルギーに、「重力赤方偏移」* が生じます。その測定により、ブラックホール周辺の時空の歪みを知ることができます。この歪みは、アインシュタインの一般相対性理論で予言されたもので、「重力レンズ」現象の観測などで確認されていますが、ブラックホール周辺での検証は、まだほとんど成功していません。 |
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3. 元素組成
元素は、それぞれ固有のエネルギーをもつ「特性X線」を放射しており、それをキャッチすることで、その天体における各元素の存在量がわかります。これまで酸素や鉄など、宇宙に豊富にある元素の特性X線は、いろいろな天体から検出されてきましたが、アルミニウムやナトリウム、さらには各種レアメタルなど、宇宙で微量な元素からの特性X線は微弱なため、これまで容易に検出できませんでした。「ひとみ」により、そうした微量元素まで検出が可能となり、天体の元素の情報が飛躍的に豊富になります。
「ひとみ」が私たちにどのような宇宙をみせてくれるのか、今から楽しみです。
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