JAXAタウンミーティング

第27回「JAXAタウンミーティング」 in 所沢(平成20年7月27日開催)
会場で出された意見について



第一部「40年ぶりの国産旅客機実現に向けての、JAXA技術協力」で出された意見



<運航経済性向上に向けたエンジンについて>
参加者:CFRPを使って軽量化してコストを減らすというお話を伺ったんですけれども、一番肝心のエンジンはどういうことになるんでしょうか。
石川:MRJのエンジンは、GTF(ギアド・ターボ・ファン)というものです。
簡単に申しますと、普通のエンジンというのは回転軸が2つ入っているわけです。一番前にファンで回っているものと、後ろのタービン、前のコンプレッサーが同じ回転数で回っておりまして、もう一つ早く回っているのが、もっと圧縮された空気が通るコンプレッサーと、燃えたガスが直接吹き付ける高圧コンプレッサーというのがあって、そこは相当高速で回っています。もうちょっとゆっくり回っているのが一番前で回っているファンと、最初にエネルギーを取ったコンプレッサーから少し圧力の下がったところのタービンが同じ回転数で回っているんですが、この形は実は効率がよくない。
ですから、低圧タービンというのはゆっくり回っていると効率が悪いんです。したがって、すごくたくさん段を置いてエネルギーを吸収しようとする。今までのすべてのエンジンは同じ回転数なんですけれども、単純なアイデアで実はやるのは難しいので、そこへギアを入れて、ファンを後ろの低圧タービンの約3分の1の速度で回してやろうというアイディアが随分前からございまして、それをプラット・アンド・ホイットニーという会社が温めて、研究をじっくりやってきて、それでMRJのときに彼らが提案してきたわけです。それは、やはり非常に燃費がいい。ただ、最初の形式ですし、いろいろリスクはあるんですが、三菱さんもいろいろ考えられて、それを採用することにされたと伺いました。
ついでに申し上げれば、ギアを入れると重くなりますけれども、一方、低圧タービンの段数を減らすことができる。長さを短くすることができるということで、重量的には旧来のエンジンとほとんど一緒ということを聞いております。
ですから、ギアを入れることで故障する確率が出てきたり、いろいろあるので、長時間の地上の試験、あるいは実際に飛ばした試験をやっている最中でして、ちょうどMRJに間に合うタイミングでこれが市場に下ろされる。
ライバルであるカナダのボンバルディア社も同じGTFを早速採用するということを言っております。

<純国産エンジンについて>
参加者:エンジンそのものは純国産ではないんですか。日本で純国産エンジンはないのですか?
石川:先ほどのエンジンは残念ながら国産ではございません。米国産です。
純粋国産なエンジンというのは、自衛隊の次期対潜哨戒機、PXと言っておりますが、このエンジンは純粋に全部国産でございます。いわゆる商用機、普通の売り物の旅客機に付けているエンジンは、日本が参画しているのはV2500というエンジンがございます。これは相当の部分日本が参画していますけれども、全体を日本でつくっているわけではございません。
旅客機に使う商用のエンジンは、残念ながら100%日本製はないということです。

<感圧塗料について>
参加者:冒頭の方で話がありました、感圧の塗料、これはどんな成分のものなんでしょうか。
石川:そこは専門家ではないので分かる範囲でお答えすると、この塗料は有機成分でして、基本的には酸素の分圧、要するに圧力が下がるということは酸素の量が減るということで、自分で光るものではなく、紫外線を当てると蛍光発光します。その蛍光発光の仕方が、酸素の濃度、すなわち圧力によって変化します。そういう原理なのです。分子構造の中に酸素の量に敏感に反応する成分を入れているものでございます。非常に簡単に申し上げますと、そういうものです。専門家ではないので、化学構造を書けないのが残念なのですが、言葉で申し上げればそういうものでございす。

参加者:プレスの圧力をシートを入れてはかるものがありますけれども、そういうものとはどのように違うのでしょうか。
石川:圧力の程度が違いまして、いわゆる感圧シート、感圧ペーパーというのは、かなり大きな圧力に用います。風洞試験による圧力変動というのは、ものすごく微妙なものでございまして、いわゆる感圧ペーパーで測るものとは桁が何桁も違うものです。このような非常に微妙な圧力変動をはかる塗料なのです。

<MRJ1機当たりの値段について>
参加者:航空機産業が基幹産業に成長するということなんですけれども、MRJは1台どれぐらいの費用で見積もられているんですか。
石川:飛行機の値段というのは、実は相当の秘密でございまして、はっきりと申し上げられません。参考までに、ごく簡単ではありますが、飛行機の値段を非常にラフに推定する方法として、「乗る人数を0.5掛けて億円」と考えるやり方があります。400人乗りだったら200億円、200人乗りだったら100億円、非常にラフな推定ですが、意外に当たる数字です。ですから、70~90人乗りだとしたら35億円~45億円、それが1機当たりの上限の値段だと思っていただいたらよろしいんじゃないでしょうか。実際には、1機45億円となると、おそらく航空会社さんは買わないかもしれませんが、感覚的には上限額としてこの程度の額になると思います。

<材料などの選定方法やそのテストについて>
参加者:いわゆる耐熱性の材料、チタンやグラスファイバーとかいろいろあると思いますけれども、こういうものはテストなさった上で選ばれたんでしょうか。
石川:炭素繊維そのものは、炭素繊維というのは基本的にはアクリル繊維ですが、このアクリル繊維、原料を窒素の気流中で蒸し焼きにすると非常に強い繊維ができる んですが、その基本特許ができたのが1961年のことでございます。それから本当に材料として使うまでに時間がかかっているというのは、いわゆる地上試験とか、評価試験とか、いろいろやっていたことを表しております。
航空は、先端産業といいますが、実は、特に新しいアイディアを旅客機に使うには、すごく時間がかかってしまいます。勿論、人命が関わることですから、まず軍用機・戦闘機などを試験台に使ってみて、上手くいけば、旅客機にも少しずつ使い始めることになります。こういうのは、炭素繊維の複合材だけではなしに、チタンでも何でも、すべて同じプロセスを経ています。
例えば携帯電話というのは、新しいアイディアがすぐに入り込み、新しい材料が開発されますと、1年もせずに市販に入ってまいります。しかし、飛行機はそうはまいりません。やはり旅客機は人命の安全が最優先ですので、新しい材料が入ってきて、それを使用するのには最低でも10年かかります。その間、地上でのテストにおいて、いろんな環境を想定したテストや疲労試験などさまざまなテストを行います。その流れの中には、最初に使えるだろうと思ったものでも、テストを行った結果、振り落とされてしまうものも結構ございます。
実例としては、ケブラーという防弾チョッキに使っている繊維ですが、これは一時飛行機も使いました。でも、実はあれは水を吸うという悪癖がございまして、今、飛行機から消えつつあります。
このように、炭素繊維はいろんな関門を潜り抜けて使われ始めて、今では爆発的に使用される割合が伸びています。旅客機というのは、常に安全が最優先ですので、非常に厳格な、しかも莫大な量の試験を潜り抜けた結果で使っておりますので、そういう意味ではご安心いただいてよろしいと思います。

<国際市場で戦える航空機に必要なポイントについて>
参加者:JAXAさんにご質問するのは違うのかもしれませんが、この飛行機(MRJ)を国際市場で戦える航空機にするポイントとして、ご説明の中で4項目ぐらい出ていたと思います。これには、私はもう一つ非常に大事なものが抜けていないかと思っています。それは、サービサビリティ、整備のしやすさです。恐らくこの飛行機は、先進国だけではなくて、開発途上国とか、かなり広いところへ売らなければ商売にならない可能性もあると思いますので、人的信頼性の低いところへ持って行くためには、どうしても整備のしやすさということがすごく重要なファクターになってくると考えます。操縦がしやすいというところに少し触れていたと思うんですけれども、もう少し格上げをしなければいけないと思います。
石川:整備を行うという意味での会社のシステムということになりますと、それはJAXAのお手伝いする範疇を外れてしまいます。新聞報道では、三菱重工さんはサービスのパートナーとして、スウェーデンのサーブという飛行機会社を選ばれたようです。これには理由がございまして、サーブという飛行機会社は、既に世界中に何百機も販売したのですが、現在、生産を中止してしまったんです。ただ、売った以上はサービスを維持しなければならないという点があります。それで三菱重工さんとしては、「サーブから整備のサービスを受けること」で利害が合致しまして、サーブとパートナー関係を結んだとのことでした。そういった会社のシステムという意味では、JAXAのお手伝いの範疇を外れることになります。
ただ、技術上の設計などにおいて私どもが関与できるところでは、整備のことも考えております。整備性の向上などです。例えば、複合材料を使う一つの理由は、軽量化だけではなくて、「複合材料は錆びない」という点です。アルミというのは実は相当に錆びるものでございます。皆さんアルミサッシで白く粉を吹いているのをごらんになると思いますが、アルミの飛行機は錆びで相当に苦しんでおりまして、飛行機の整備コストのかなりの部分、アルミの錆びの対策、コロージョンの対策に当てています。複合材料(CFRP)にした途端に、その問題は一切なくなります。航空会社は、最初は複合材料が得体の知れないものとして、非常に嫌っていたようですが、ボーイング777で採用されて、使ってみると、整備の経費が劇的に減るということで、一転して「複合材(CFRP)」の支持者に回っています。
JAXAとしましても、設計ですとか材料の考え方の点で、「整備面」というところにも技術支援をしているつもりでございます。

<国産航空機開発の動きが日本の中で根付かなかった理由について>
参加者:私は今、技術分野とは全く違うところで仕事をしているんですけれども、子どものころからの飛行機へのあこがれというのは、今でも全く衰えずに心の中に抱いている次第です。なので、是非今回のMRJは成功してほしいと思うんですが、それと同時に航空機に関するいろんな本を読んでいて、やはり心配が大きいのも事実です。その辺りを伺わせていただきたいと思います。
リージョナルジェットの市場は、今でこそこのようにはっきりとした形になってきましたが、このリージョナルジェットの市場で、本来潜在的にどの国が有利かといったら、日本は決して不利なところではなくて、むしろ日本でこの市場に打って出ようと思ったら、非常に有利な条件が過去にあったんではないでしょうか。ですが、現在の生産者は、ボンバルディアであり、エンブラエルである。カナダであり、ブラジルであったのはなぜなんでしょう。なぜ日本ではなかったんだろうということが、今でも強く心の中に残っています。
私たちが子どものころ、YS11の成功を喜びながら、YS11に関する本は随分出版されていますけれども、YS11の歴史というのは、同時に技術者にとって悲劇の歴史だという書き方も、随分あちこちでされています。飛行機としては大変高い評価を得ながら、商業的事業としては赤字のまま終わり、日本航空機製造に集められた技術者たちは、結局その後次の道を与えられぬまま来てしまいました。
あの教訓がその後、年月を経て、今どんなふうに航空事業界に生かされているんだろうかということが、門外漢なりに気になってたまらないんです。
今もMRJは三菱さんがまとめられておられながら、その傍らでCX、PXは川崎重工さんがやっている。この辺りで、航空産業とか宇宙産業に関わる方々は、どのような展望を未来に抱いておられるのか、非常に気になって仕方がないです。
本当に門外漢ながら、恥を承知であえて言わせていただければ、この問題を左右する大きな鍵というのは、技術以外のところにあるように思えてなりません。
その辺りのことが聞きたくてたまらずにここにまいった次第です。大変僭越な質問かもしれませんが、是非お答えいただきたいと思います。
石川:非常に深いご質問で、幾つか非常に歴史的な要素を持つご質問です。
おっしゃるように、YS11は商業的には大変な失敗をした結果、俗に言えば、「羹に懲りて膾を吹いていた(あつものにこりてなますをふいていた:失敗に懲りて、必要以上に用心深くなること)」という時期が長くございました。
あるいはご存じかと思いますが、、1990年ごろに一度、YSX70という名前で国産航空機構想が浮上したことがございました。そのときには、誕生直前のところまでいきました。このときは、日本一国ではなしに、国際的なパートナーを入れる前提でやろうとしました。このパートナーも見つかりかけたところで熱が消えてしまい、それでまた少し痛みを残してしまったことがありました。正確に言うと、今のMRJまでに3回ぐらいそういう機運がありまして、一番近かったのが、今上にのべた開発直前ぐらいまで行った時でしたが、消えてしまいました。
そういうことを繰り返していますので、今回のMRJ開発の機運を逃してしまったら、日本は永久に民間航空機を作れなくなるだろうという危機感と、過去の失敗のトラウマとのせめぎ合いの中で、政府と民間との歩調が合ってここにこぎ着けた。中国もご存知のとおりARJというのをやりますし、すでに初飛行しましたロシアのスホーイ製というのが強敵になります。
今回はラストチャンスをつかまえるんだという気持ちで、MRJが発進したと思っております。ご指摘の点は至極ごもっともで、技術以外の要素、先ほどご質問にありました整備性の点ですとか、飛行機製作会社としてのブランド力の問題など、そういった総合力での話でありますから、大きな決断をしていただいたなと思います。おそらく、関係するすべての人が、「これが本当のラストチャンスで、これを逃したら日本はもう民間航空機を自分でつくる。ある程度の大きさのものをつくるということは絶対できない」と考えたと思っております。

<MRJでの「フライ・バイ・ライト」採用予定について>
参加者:PXでフライ・バイ・ワイヤーでなくてライトを使うことになっているようですが、これで軽量化できると思うのですが、MRJに採用予定はないでしょうか。
石川:可能性はあるかもしれませんが、フライ・バイ・ライトは実は余り軽量化は大したことないんです。ライトにしますと電気ノイズの影響がないので、外の擾乱に強い、例えば雷が落ちたとか、そういうときにフライ・バイ・ワイヤーだといろんな心配がありますけれども、フライ・バイ・ライトだとその心配がないということです。いろいろと検討中ではありますので、まだ答えは出ておりません。

<バータムとAバータムの違いについて>
参加者:手元に日本航空技術協会さんが出してらっしゃる『航空技術』の3月号で、Aバータムの記事があるんですが、今日御紹介いただいたバータムとAバータムの違いはあるんでしょうか。あれば是非教えてください。
石川:はい。違いがあります。バータムというのは、いわゆる樹脂をあらかじめ入れてない炭素繊維の上にビニールをかけて、樹脂を後から圧入するやり方、大気圧で真空に引いて、大気で押さえてもらいながら樹脂を押し込むやり方、このやり方を真空圧樹脂含浸成形法と言いますが、この方法の一般名称を「バータム」と言っています。
「Aバータム」というのは、三菱重工さんと東レさんで持っている登録商標でありまして、固有名詞であると思ってください。

<航空機産業に対する国の方針について>
参加者:YSのときもそうでしたが、経済産業省(METI)がリーダーシップをとってやってきた。戦後の産業にしても、先ほどの合成繊維にしても、コンピュータにしても、石油化学にしても、まずMETIがリーダーシップを取って、民間を誘導していったはずです。今回の場合は、何か政府の方が後ろ向きというか、少し引っ込み思案な感じがするんです。とにかく、戦略産業としてこれを位置づけるんだという、確固たる方針がないことには、飛行機は飛ばないと思います。
石川:おっしゃるとおりでございまして、非常に力強いご意見ですね。例えば自動車産業などでは、世界中をみても政府が関与しているところはほとんどありません。航空産業に関しては、特に航空の先進国になればなるほど、研究開発の部分は国がそれなりの投資をしていかないと、民間だけで自立できるような産業ではないんです。
航空分野については、国家安全という問題も関係しておりますので、世界中で研究開発に国が一定の投資をしているわけです。日本でも将来のためには、ある一定の研究はちゃんと国が面倒を見ていかないと必ずしも自立できない分野だと、そういう思いをもってやっております。
今回は少なくとも経済産業省はこういう明快なビジョンを持っていて、航空機産業を基幹産業にさせるんだということで、かなりの投資をされるわけであります。経済産業省さんも、やはり国が一定支えるべきだと考えていらっしゃることは事実だと思います。

参加者:コメットの墜落について非常に関心を持って調べております。コメットは3回墜落しているはずですが、コメットの墜落に関して、時のイギリスのチャーチルが、国家財政が危機に瀕しても全部調べろというぐらい力を入れてやったわけですね。MRJについてですが、航空雑誌の記事でJAXA立川理事長は国策にするべきだといっていました。JAXAさんが幾ら喚いても国策になっていないのですし、日本はYS11以来、どうしても復帰できなかった原因は、国策に問題があったと思います。でもそれは、航空機産業というのは巨大産業で、いわば世界戦争ですから、これに打ち勝っていくのは大変だと思うんです。コメット墜落以来、競ってきたのはフランス、アメリカ、この2つの国を追いかけるのは大変なことだと思います。何とか浮上させてものにしてほしいと思います。
石川:私ども現場はそう思っておりまして、これからがむしろ正念場で、私どものリソース、資源、お金、人間、それほどはありませんけれども、できる限りのことをやっていくつもりでおります。そこは三菱重工さんといろいろ話はさせていただいております。
国策については、確かに私どもの手を離れておりまして、政治家ですとか内閣とかのレベルの話かと思いますが、今は国策に準ずるぐらいの扱いになってございます。2年前の骨太の方針、その中で固有名詞が出ることは滅多にないんですが、MRJのことが書かれておりましたので、国策に準ずる扱いになっていると理解をしております。