「みちびき」7つのカン違いに答えます。(後編)

2017年10月3日(火)

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「準天頂衛星みちびき」に関する誤解やカン違いをきっかけに、その仕組みを深く詳しく説明する解説記事の後編です。

カン違いその4 ――みちびきは地下街でも使える。

地下街で「ポケモンGO」を起動すると、「GPSの電波をさがしています」と表示されることがあります。そのうちに表示は消え、道路やポケストップなどとともにプレーヤーの現在位置が表示され、プレイ可能な状態となります。

位置情報を利用するゲームアプリで、「GPSの電波をさがしています」と表示が出て、その表示が消えて自分の位置が示されたなら、ユーザーは「GPSの電波が届いて位置が分かったんだな」と認識する――。これは当然の話です。しかしアプリの表示には省略があります。あえてそこを表現する(赤文字部分)なら、次のようになるでしょうか。

「GPSの電波を探しています」

「GPSの電波が見つかりません」

「別の方法で現在位置を求めます」

「別の方法で現在位置が分かりました」


(現在位置を表示)

そもそも測位衛星からの電波はひじょうに微弱で、その信号は自然界のノイズに埋もれてしまいます。なので、特別な設備を設けないかぎり、屋内や地下街で受信はできません。位置情報を使うスマホアプリは、GPSの電波を見つけたから現在位置を表示できたわけではなく、Wi-Fiのアクセスポイントや携帯電話の基地局などの別の電波をキャッチし、その情報をもとに自分の位置を推定・表示したわけです。

この誤解も、GPSという語がすっかり当たり前になったからこそ生じたのかもしれません。もしかりに「GPSする」という動詞が、単に「現在位置を求める」という意味で普通に使われているのなら、ゲームアプリの表示も間違いとは言えません。さすがにそこまで踏み込んだ辞書にはまだ出会ってはいませんが、ためしに「GPSする」で「ググって」みたところ、用例は確かに存在しました。が、ここでは書けないような意味合いのものばかりでした。

カン違いその5 ――みちびきは8の字に回っている。

すべての人工衛星と同様、みちびきも「ケプラーの第1法則」に従い、地球の重心を焦点のひとつとする楕円軌道を周回しています。軌道の周期や自転軸に対する傾きをうまく調整することで、空の一点にとどまって見える静止衛星となったり(3号機)、南天と天頂付近を結び8の字を描くように見えたりします(1、2、4号機)。念のためおさらいしておくと、

準天頂衛星システム
=[準天頂軌道衛星:1、2、4号機]+[静止軌道衛星:3号機]

です。

なかには「日本のほぼ真上に常時1機の静止軌道衛星を配置」といった記述も見受けられますが、これがかなり初歩的なカン違いであることは、このページの読者のみなさんならお分かりと思います。

さて準天頂衛星システムの説明では、地球の表面のすぐ上を8の字を描いて動くみちびきの図がよく使われています。これは「3機あれば、いつもどれかがほぼ真上」を説明するにはピッタリですが、多用されることで「8の字に動いている」との誤解を生んでいるのかもしれません。

この図に盛り込めていない情報のひとつが「軌道半径」、もうひとつが「地球の自転」です。準天頂軌道の高さは、最も高いところで地上から4万km弱、つまり地球の直径(約1.2万km)の3倍以上離れたところから、自転する地球を見下ろしていることになります。

(みちびき(準天頂衛星システム))

上図に描かれた8の字は、衛星の直下点――衛星から地球の中心に向けて線を引いたとき、その線と地表が重なる地点――の軌跡です。言い換えると「ちょうど真上に衛星が見える地点」をつなげたものであり、衛星がこのように飛んでいるわけではありません、こうした事象はこちらの模型(「準天頂軌道 衛星模型)でより正確に再現されています。ぜひ、腑に落ちるまで動画再生を繰り返し、確認してみてください。

カン違いその6 ――みちびきはJAXAの衛星である。

これをカン違いとしてしまうのは申し訳ない気もするのですが、みちびきはもはやJAXAの衛星ではありません。今年の2月28日をもって、JAXAから内閣府に運用が移管されており、続く2〜4号機も内閣府の衛星です。「移管」が何を意味するのか分かりにくいかもしれないので、ざっくりしたたとえで説明してみましょう。

2010年9月に打ち上げられた「みちびき初号機」。日本として初めての挑戦となる衛星測位システムというフィールドに打って出ました。JAXAは開発と運用を担当。かりにこの「初号機」をサッカー選手とすれば、JAXAは親でありコーチであるような役目を果たしました。日々の練習に寄り添い、技術の習得を助け、身体のケアにも親身に関わってきました。プレーヤーとして独り立ちさせようと、一緒に努力してきたわけです。
そして2017年。「初号機」を核に、3名のプレーヤー加わる新たなチームが組織されることになりました。若き3選手の育成には「初号機」の育成で得られたノウハウが惜しみなく注ぎ込まれています。そもそもJAXAはその名称にもあるように、宇宙に関わる技術やシステムの“研究開発”が使命、いわば育成中心のクラブにおけるコーチの役回りです。そうしたクラブで活躍した選手がビッグクラブに移籍するように、「初号機」も内閣府に移管され、新たなステージで実戦に臨みます。気象衛星や放送衛星などの実用衛星がJAXAの衛星でないのも、これらと同様です。

カン違いその7 ――みちびきでcm精度がすぐ実現する。

「センチメータ精度の衛星測位が実現します」とニュースでも説明されているので、「スマホでもできるんだ!」と思ってしまうのは、間違いではありませんが、すぐに実現するわけではありません。またセンチメータ精度の衛星測位が、将来でないと実現しないわけでもありません。以前から測量のプロの間では普通に使われている手法であり、必要な設備を整えればアマチュアでも可能です。

もともとGNSS(グローバル・ナビゲーション・サテライト・システム)での測位では10m前後の誤差が避けられません。宇宙空間を秒速数kmで飛翔する衛星を基準にしてそれだけの精度が出せる――。このことだけでもじゅうぶんに驚くべきことですが、誤差をさらに数cmのオーダーに追い込むには、異なる原理や手法が必要です。

農機の自動走行実証実験(提供:北海道大学)

測量の世界で使われてきた「精密測位」「高精度測位」と呼ばれる手法では、衛星から送られてきた測位信号だけでなく、信号を届けてくれる電波そのものを計測の物差しとして利用します。GNSSの標準的な電波(L1帯)の周波数は1575.42MHzと決まっています。光の速さ(電磁波も同じ)は約30万km/秒ですので、これを15億7542万Hzで割ると、値は約19cm。この測位衛星の電波(山と山、谷と谷の間隔が19cm)を目盛りの刻みが19cmのモノサシとして使います。これがセンチメートルの精度を実現するのが「高精度測位」の基本的な考え方です。(より詳しく知りたい方は「キネマティック法」とか「RTK法」というキーワードで検索してみて下さい。)

プロが行う測量では、あらかじめ位置が分かっている基準点を用意し、計測点と基準点で同時に衛星測位を行います。誤差要因を排除することで、両者の相対的な位置関係を精密に求め、そこから計測点の絶対座標を高精度に求めます。「みちびき」が提供しようとしている「センチメータ級測位補強サービス」は、基準点を設けなくとも、同程度の精度を実現するためのサービスで、ここで大きな役割を果たすのが「補強信号」です。

補強信号とはどんなものなのか。その理解のためにぜひ覚えておいてほしいのが右図です。これは日本の地図作りの総元締めである国土地理院が、全国約1300か所に整備した「電子基準点」を表す地図記号です。

電子基準点は、測地測量の基準となる水準点・三角点であると同時に、GNSS信号の受信を休むことなく行う観測点であるという2つの役割を担っています。データはつくば市の国土地理院本院で集められ、これを情報もとに作られるのが「補強信号」です。ユーザーは、みちびきから放送される補強信号を受信することで、特定の基準点に頼ることなく単独で、基準点を利用したときと同程度の測位精度が得られる――。これが「センチメータ級測位補強サービス」の意味するところなのです。

[地図記号] 電子基準点

「みちびき初号機」の時代からこの種のサービスは試験的に始まっており、4機体制が整う2018年度からは「センチメータ級測位補強サービス」「サブメータ級測位補強サービス」が本格的に始まることになっています。

と説明されても、分かりにくいと思いますので、これをテレビの「4K放送」「8K放送」にたとえて解説してみましょう。
現在のHDTVテレビを4Kテレビに置き換えれば、もっと高画質の4K放送が楽しめます。さらに高精細の8K放送を楽しむためには8Kテレビを設置するだけでなく、その信号を送り届ける放送設備や、8Kコンテンツの制作体制が整わなければなりません。

GNSSでは、衛星そのものに関わる部分をスペースセグメント、受信機や利用者に関わる部分をユーザーセグメント、衛星の運用に関わる地上設備をコントロールセグメントと呼んで区別しています。それだけ巨大で複雑なシステムであるということですが、これをテレビ放送になぞらえてみると、信号を届ける放送設備(スペースセグメント)はまもなく4機体制が整う衛星そのものと考えることができます。8Kコンテンツの制作体制(コントロールセグメント)は、補強信号を生成する電子基準点網などがベースとなります。あとは8Kテレビ(ユーザーセグメント)が普及すれば、多くの人に劇場映画なみの超高精細映像(センチメータ級の高精度測位)を楽しんでもらえる、ということになるわけです。

家庭向けの8Kテレビは、まだ発売予定がアナウンスされた段階に過ぎず、値段も高額です。多くの人がこれに期待を寄せ、需要が見込めると企業が考え、投資を決断すれば、量産効果と競争でコストが下がり、普及が見込めます。多くのステークホルダーがその市場で利益を得られるなら、正のスパイラルでさらに普及は進みます。そのサイクルを生み出すためは、十分な情報提供とより多くの人の理解が必要ではないか――。そういう考えから、今回の記事をまとめてみました。多くの方からのコメントをいただければと思います。

また、みちびきが提供する高精度測位のための補強信号には、国内を対象とした「センチメータ級測位補強サービス」のほか、全世界を対象とした「MADOCA」の2種類があり、後者はJAXAが世界に呼びかけて受信局を整備し、システムを開発したもので、この研究開発については「みちびき初号機」の移管後もJAXAの仕事です。これについては回を改めて解説したいと思います。