衛星データを使った、3機関の合同プロジェクト

mv

COVID-19は地球にどんな影響を与えたか?

衛星データを使った、3機関の
合同プロジェクト

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)が世界的に猛威を振るうなか、COVID-19の影響を可視化する2つのWebサイトを作り上げた。ひとつはJAXA、NASA、ESAの3機関の共同解析結果を掲載した「Earth Observing Dashboard」。
もうひとつはJAXAの解析結果を中心にした独自のサイト「JAXA for Earth on COVID-19」だ。
2カ月という短期間でこのプロジェクトの原動力になったものとは?
第一宇宙技術部門の平林 毅と濱本 昂が語る。

3つの宇宙機関の力を結集

未だ世界で猛威を振るう新型コロナウイルス感染症(COVID-19)。2020年6月25日、この感染症が地球環境や経済に及ぼしている影響を把握するため、地球観測衛星のデータを使って地球環境や社会経済活動の変化を可視化した2つのWebサイトが公開された。

公開されたWebサイトのひとつ、「Earth Observing Dashboard」には、JAXA、NASA、ESA(欧州宇宙機関)3機関の共同解析結果を掲載している。

「EarthObservingDashboard」
「Earth Observing Dashboard」。世界地図上にアイコンが点在し、クリックするとその場所のさまざまな解析結果が見られるようになっている。

もうひとつの「JAXA for Earth on COVID-19」は、JAXA独自のWebサイト。JAXAが運用する衛星の観測データを使った解析結果が掲載されている。

JAXAforEarthonCOVID-19
「JAXA for Earth on COVID-19」。

プロジェクトでは、COVID-19の流行前後で、以下5つの分野の状況がどう変化したかを解析し、その結果を画像やグラフ化。3機関が運用している地球観測衛星は、大気のCO2濃度を測るもの、地表の様子を詳細に写すものなどさまざまな特徴をもつため、それぞれの衛星の得意分野を生かして多様な解析を行うことができるのだ。

  • 大気質:二酸化窒素(NO2)濃度の変化
  • 気候:二酸化炭素(CO2)濃度の変化
  • 商業活動:港湾、工場地帯、大型商業施設などの活動の変化
  • 農業:農作物の収穫・作付けの状況の変化
  • 水質:沿岸域のクロロフィルα濃度などの変化

JAXAでプロジェクト全体の旗振り役を務める第一宇宙技術部門 宇宙利用統括の平林 毅は、「NASA、ESAと最初に協議したのが、どういう分野を解析するかということです。その結果(上記の)5つの分野に決まり、それぞれの分野を担当する3機関共通の5つのワーキンググループを作って解析を進めていきました」と話す。

一方、第一宇宙技術部門 衛星利用運用センターの濱本 昂は、NASAやESAとの調整、広報活用などを含む、運営の取りまとめ役だ。

「3機関がそれぞれ、ワーキンググループごとに1、2名ずつ担当者を立てて進めていきました。グループ単位で毎週オンライン会議を開き、解析結果を共有し合ったり、情報をどう可視化してWebサイトに載せていくかを相談したり。加えて、20名前後が参加する全体会議が週に1回あり、そこで全体の調整をするという体制になっていました」

プロジェクト立ち上げの目的について、平林はこう語る。

「コロナが流行した前後で地球環境や社会活動などにさまざまな変化が起きているなかで、それを地球観測衛星で捉えた結果を発信していく。そして、その情報をさらにさまざまな分野で活用していただくためです。例えば環境の専門家、社会経済の分析をしている人。そういう方々が、コロナ前後でどんな変化や影響があったのかを把握、分析、研究するときに、ひとつの情報のソースとして使っていただきたいと考えています。また、世界的なロックダウンや自粛など未曽有の事態に伴う変化を歴史的記録として後世に残すことも重要なことだと考えています。」

反響について、「『Earth Observing Dashboard』の運営はESAが行っているのですが、公開から2カ月間で約8万8千件のアクセスがあったと聞いています」と濱本。世界中から閲覧されており、今後多くの分野で活用されることが期待される。

世界で唯一のデータも活用。JAXA独自の解析サイト

「JAXA for Earth on COVID-19」では、「Earth Observing Dashboard」に掲載しているデータに加え、JAXA独自のデータを掲載するコンテンツも公開している。

例えば、世界の空港の状況。搭乗ゲート付近にある航空機の数や、駐車場に停まっている車の数などの変化を示す解析結果から、COVID-19の流行後は空港の活動が停滞していることがわかる。
このコンテンツに用いられたのは「だいち2号」(ALOS-2)の観測データだ。「滑走路などの平坦な場所は暗く、航空機や建物などの立体物は明るく写ります。それをJAXA専門家が目視判読し、航空機や車を一つひとつ抽出しました」と濱本。

羽田空港周辺の変化
羽田空港周辺の変化。観測日によって色を分けており、2019年11月28日は赤、2020年3月19日は緑、2020年5月14日は青。空港のゲートには赤が多く見え、離陸する航空機の数が減っていることを表す。左にある駐機場の青、緑、水色に見える部分は2020年に増加した航空機であり、ゲートに出ず駐機場に格納されている航空機が増えていることがわかる。

掲載コンテンツのなかでも、「特に反響が多いのは、『いぶき』(GOSAT)や『いぶき2号』(GOSAT-2)の観測データを使った二酸化炭素(CO2)濃度の変化です」と濱本は語る。

「『いぶき』は、さまざまな大都市の二酸化炭素濃度の推移を継続的に観測することが可能であり、それが『いぶき」が世界に誇る強みのひとつです。このコンテンツはかなり注目を集めていて、公開後テレビ局や新聞社などから問い合わせがきました」

さらに平林が続ける。

「ほかの国の衛星に比べてなにが強みなのかというと、まず大都市を集中的に観測できるということ。それから、観測する高度の範囲ですね。アメリカの衛星は大気層、つまり地表面から大気がなくなるまでの高さの全体のなかに、どれだけ二酸化炭素があるかを測ることができるんですが、『いぶき』は低高度の濃度だけを抽出することができるんです。二酸化炭素は上に上がるにつれて拡散するため、大気圏全体を測ると平均的な濃度になってしまう。一方、低いところだけを測れば、二酸化炭素の発生源に近い情報を掴むことができます。」

「いぶき」が観測した2020年1月-4月の関東上空(0-4km付近)の二酸化炭素の濃度増加量(下段)と、2016年-2019年の平年値(上段)
「いぶき」が観測した2020年1月-4月の関東上空(0-4km付近)の二酸化炭素の濃度増加量(下段)と、2016年-2019年の平年値(上段)。
全体的に増加量が少なくなっていることが見てとれる。
「いぶき」が観測した2020年1月-4月の北京上空(0-4km付近)の二酸化炭素の濃度増加量(下段)と、2016年-2019年の平年値(上段)。
「いぶき」が観測した2020年1月-4月の北京上空(0-4km付近)の二酸化炭素の濃度増加量(下段)と、2016年-2019年の平年値(上段)。

「JAXA for Earth on COVID-19」に掲載する情報の精査について、「衛星で変化を見つけつつ、報道などの情報を照らし合わせ、社会の動きとズレがないことを確認しながら情報の出し方を検証しました」と濱本は語った。

宇宙機関としての使命感

今回の取り組みは、プロジェクトの立ち上げからサイトの公開までわずか2カ月弱と、異例のスピードで進められた。
濱本は「やはり最初の立ち上げのときが一番大変でした」と振り返る。

「本当にゼロからのスタートだということをJAXA内にも理解してもらい、目的意識を持って取り組んでもらえるように情報共有をしていきました。私はつなぎ役で、最初の頃はすべてのワーキンググループの会議に出ていたので、毎晩のようにオンライン会議をしていましたね。
それから、世界でもトップクラスの技術者や科学者と渡り合って調整していくことへのハードルもありました。1対1の2機関協力であれば、お互いに準備しながら時間をかけて進めていくことが多いのですが、今回は時間がないうえに3機関協力ということで、どんどん前のめりで食らいついていかないと取り残されてしまう。私だけでなくほかのメンバーも、少しでも多く貢献できるようにという気持ちで毎回の会議に臨んでいました」

logo

プロジェクトは、テレワークの状況のなかで進められた。平林は「3機関での協力が始まる以前の4月頭くらいから、JAXA内で宇宙の技術を使ってなにかできないかと検討を始めていました。それが、緊急事態宣言が出るかでないかぐらいの時期。JAXAも一斉にテレワークになっていった頃でした」と話す。

「サイズの大きいデータにアクセスするのが大変など、テレワークならではの苦労がある一方で、いい面もありました。というのも、NASA、ESAと仕事をするときには欧米の時刻にも合わせるので、日本ではビジネスタイムが深夜になるんですね。自宅にいられる分、夜の会議が始まるまでは休憩をとったり、仕事以外のことをしたりと、メリハリのある時間の使い方ができたかなと思います」

「テレワークの合間にふと窓の外を見ると、(自宅がある)つくばの風景が広がっていて。ふつうの住宅地のなかで最先端の取り組みをしているっていうのが、なんだか不思議でしたね」と濱本。さらにこう続けた。

「かなり厳しいスケジュールのなかでやれたのは、関わった全員が、こういう事態でも我々が貢献できることをやるんだという思いを共有して前向きに対応してくれたから。それはJAXAの強みでもあると思います」

平林は、3機関の信頼関係があったことが大きいと語った。

「長年培ってきた信頼関係が土台としてあったので、対等な立場でやってこられました。スタートの時点で『衛星データでこういうことができるよね』という共通認識がある程度すでにあり、解析にかかる時間もお互いにわかっていたので、Webサイトの方向性も早めに決めることができたのだと思います。
そして、人類が厄災に見舞われるなか、地球規模の変化を宇宙からとらえて発信し、後世に残していくことは、我々宇宙機関の使命なんだということを共有できていたことも、短期間で成し遂げられた要因です。今後も、今ある協力関係をしっかりと育てていきたいですね」

Profile

平林毅

第一宇宙技術部門
宇宙利用統括
平林 毅 HIRABAYASHI Takeshi

東京都出身。ロケット打上管制、衛星システム開発、JAXA全体の事業計画調整やリスクマネジメントに従事後、温室効果ガス観測技術衛星2号「いぶき2号」(GOSAT-2)」のプロジェクトマネージャを経て、現職。趣味はトレッキングと旅行。

濱本昂

第一宇宙技術部門
衛星利用運用センター
濱本 昂 HAMAMOTO Ko

福岡県出身。アジアにおける地球観測衛星の社会利用研究・実証に携わった後、アジア開発銀行に出向し途上国開発事業への衛星利用促進に従事。その後、現職で地球観測衛星に関わる国際協力推進を担当。趣味はウィンタースポーツとキャンプ。

取材・文:平林理奈

PAGE TOP