再び宇宙大航海へ臨む「はやぶさ2」

第2回

「はやぶさ2」の科学目標

「はやぶさ2」プロジェクトサイエンティスト
名古屋大学大学院環境学研究科 教授 渡邊誠一郎
(ISASニュース 2014年3月 No.396掲載)

 「はやぶさ2」は地球接近小惑星1999JU3に向かい、各種リモートセンシング観測と表面物質のサンプルリターンに挑みます。対象小惑星はスペクトルタイプがC型で、炭素質コンドライトと呼ばれる有機物や水を含む始原的な隕石と同様な物質から成ると考えられています(「はやぶさ」が探査したイトカワはS型で水や有機物をほとんど含みません)。地上の望遠鏡観測によれば、直径約0.8kmのほぼ球形で、反射率が0.05と暗く、自転周期は7.62時間とされています。

 さて、「膨大な数ある小惑星の一つに行って探査をする意義は?」という質問をよく受けます。例えを言えば、昔の僧侶や貴族、商人の日記を入手することには意義がある、ということでしょうか。日記が読まれるのは、著者への興味からだけではなく、同時代人の証言として、戦や政変、交易や人の交流、天災や飢饉など国の歴史を読み解くことができる資料価値があるからです。惑星は形成後の溶融のため形成期の情報を失っていますが、昇温が少ない小天体では太陽系形成期の情報が残りやすいはずです。その記録を、その場での観測と地球に持ち帰った試料から読み解くことができれば、まさに太陽系の大動乱期を生きた天体の貴重な証言を得られるわけです。

 つまり、我々は(特定の)小惑星の科学ではなく、小惑星探査を通して太陽系を理解する「小惑星からの惑星科学」を標榜しています。小惑星は、木星などの巨大ガス惑星の重力的影響で、成長が途中で止められた微惑星の化石であり、さらにはそれが後に衝突破壊されたことで、内部を構成していた物質も小惑星表面の瓦礫中に混じっている可能性があります。微惑星は惑星のもととなった天体として理論的に措定されていますが、その構造や特性は明らかになっていません。小惑星を直接探査することで、ガス惑星や地球型惑星の形成について実証的な知見を得られるはずです。

 「はやぶさ2」ミッションの主な科学目標は、①後代の熱的影響の少ない物質に記録された情報から太陽系形成史を読み解くこと、②天体表面での物質の進化(熱や水の関与した変成、有機物の複雑化など)と多様性の程度を明らかにすること、③微惑星の衝突合体・破壊過程に関して類似の天体である小惑星を通して理解すること、④小惑星帯での軌道進化・衝突破壊過程や地球軌道付近への物質供給過程を検証して地球初期物質進化への小惑星の寄与を明らかにすることです。

図1
図1 小惑星帯からの物質供給過程
軌道長半径と天体直径の面上に各領域の最大小惑星を+で表示(青:S型、赤:C型、茶:その他の型)。小惑星帯の始原的小惑星が、衝突破壊による破片生成(黒矢印)、熱放射による軌道変化(緑矢印)と惑星摂動による急激な軌道変化(2つの淡青矢印、小惑星・木星の平均運動共鳴とν6永年共鳴に起因)によって、地球接近小惑星(NEAS)となり、一部が隕石として地球に衝突する。

 小型の地球接近小惑星1999JU3は、小惑星帯で形成されたより大きな母小惑星の衝突破壊で形成され、木星と土星からの重力により生じる長周期強制力(ν6永年共鳴)を受けやすい軌道半径まで移動し、そこで軌道楕円が細長く変形されて近日点が内側に移動し、地球近傍にもたらされたと推定されています(図1)。C型小惑星であるため、揮発性が高い物質から太陽系初期(さらには形成以前)の情報を読み出せると期待され、母小惑星内部での鉱物─水─有機物相互作用による鉱物や有機物の多様化の過程が記録されている可能性があります。生命起源物質の宇宙での準備という観点から、アストロバイオロジー的価値は高いといえます。

図2
図2 小型搭載型衝突装置(SCI)の実爆試験の様子
画面左から発射された銅球殻が標的の中央を貫通して右側の砂山に衝突した瞬間。

 本探査では、小型搭載型衝突装置(SCI)により質量2kgの銅球殻を小惑星に衝突させ、人工クレーターを形成し、その衝突過程とクレーターを近接観測するとともに、可能であれば掘削された内部物質を試料採取することが計画されています(図2)。これは小惑星を使って微惑星の衝突特性を実証する狙いがあります。さらに表面のクレーター密度と放射性年代学(K-Ar衝突年代など)、SCI衝突実験を組み合わせることで、小惑星の衝突史と移動史を復元したいと考えています。これらは地球への水や有機物の供給に小惑星が果たした役割を解明する糸口となると期待されます。小惑星が書いた驚くべき日記を「はやぶさ2」は持ち帰ってくれることでしょう。

(わたなべ・せいいちろう)