「しきさい」の高精細な画像でエアロゾル・黄砂予測をより高精度に

雲やエアロゾル、植生、海氷、雪氷など、地球上のさまざまな物質の物理量を観測する気候変動観測衛星「しきさい(GCOM-C)」。静止気象衛星「ひまわり」の衛星観測データを用いてエアロゾルや黄砂の観測・監視を行っている気象庁地球環境・海洋部の青栁曉典さんに、「しきさい」の観測データ活用の可能性や、JAXAの気象観測・気候観測への期待についてお聞きしました。(取材内容は2018年3月現在)

——青栁さんが従事されている仕事の内容を教えてください。

エアロゾルの観測と日射放射の観測及びそれらのデータ解析、観測装置の整備・運用・管理、大気汚染気象予報を支援するための情報の取りまとめ、そして気象庁ホームページでの黄砂の情報提供等を行っています。
気象庁が行うエアロゾルの観測は、世界気象機関(WMO)が進める全球大気監視計画(GAW)の枠組みのもと実施されています。札幌管区気象台、石垣島地方気象台、南鳥島気象観測所の日本を三角形に囲む3つの地点にスカイラジオメーターという光学測器を設置して、エアロゾルの光学的特性、物理的特性についてのデータを取得しています。日射放射については、世界的な基準地上放射観測網(BSRN)の観測ネットワークの一部として、国内5地点(札幌管区気象台、高層気象台、福岡管区気象台、石垣島地方気象台、南鳥島気象観測所)で観測した直達日射量、散乱日射量、下向き赤外放射量のデータを提供しています。こういったデータは、エアロゾルについては数値モデルの検証や衛星データのグランドトゥルースとして、日射放射については世界規模での日射量の変動の解析などに用いられています。

——気象庁では黄砂やエアロゾルの観測において、「ひまわり」の観測データをどのように活用しているのでしょうか。

大陸で舞い上がった黄砂粒子やシベリアで発生した森林火災の煙などが日本まで到達する様子を監視するためによく使っています。「ひまわり」8号、9号では、測定波長のチャンネル数が大幅に増え、これまでモノクロだった可視画像もカラーで見られるようになり、さらに10分おきに画像が更新されるため、エアロゾルの移動の様子をより直感的に把握することができるようになりました。特に、人間の視覚で捉える像に近い色合いにしつつ、さらに大気分子によって太陽光が散乱される影響を補正したうえで作成されるカラー再現画像は、真っ白な雲と茶色っぽいエアロゾルとの識別に威力を発揮しています。黄砂の監視においては、カラー再現画像のほか、ダストRGB画像という濃い黄砂のエリアをピンクに強調して表示する画像も利用しています。こちらは赤外のチャンネルを使っているため、昼夜を問わず黄砂の監視ができるのが特徴です。
しかし、それらの画像ではエアロゾルの濃さを定量的に把握することはできません。気象衛星センターでは、「ひまわり」8号、9号による観測データからエアロゾルの光学的厚さ(エアロゾルによる大気の混濁具合をあらわす量)を解析した高次のプロダクトも作成されています。私たちが行っている、地上でのエアロゾル観測データとの定量的な比較を行う際には、この高次プロダクトを利用します。エアロゾルの光学的な特性を人工衛星のデータから解析するアルゴリズムは、JAXAの地球観測研究センター(EORC)でも開発・改良がすすめられていて、将来的には気象衛星センターにも最新のアルゴリズムを提供していただけると聞いています。

カラー再現画像の一例(提供:気象庁)

ダストRGB画像の一例(提供:気象庁)

——「しきさい」は従来の衛星と比較して、大気、気象、海面温度、海氷など、これまで得られなかった範囲や、より高い精度での観測を予定しています。「しきさい」の観測データを利用されるご予定はありますか。

「しきさい」の初画像を拝見しましたが、分解能が高く高精細で、色もとても美しいと感じました。今後、黄砂やエアロゾルの監視に大いに使わせていただきたいです。「しきさい」は「ひまわり」8号、9号よりもさらにチャンネル数が多いので、エアロゾルの解析能力も高いと聞いています。黄砂粒子はもちろん、シベリアやインドネシアの森林火災の煙、大気汚染物質、火山ガス起源の硫酸エアロゾルなど、日本に影響する様々なエアロゾルについて、その種類を特定できるようなプロダクトがあれば、ぜひ使いたいですね。
個人的には放射収支の解析データにも興味があります。地球の放射バランスについて、単一の測器で地球全体をくまなく観測し、全球平均はもとよりその経年変化まで把握できるとしたら、気候変動の監視という面でとても重要な観測成果となるでしょう。
もう一つ関心をもっているのが火山性エアロゾルの観測です。火山の大規模な噴火が発生すると、成層圏に火山灰や硫酸ガスが注入されます。火山灰は比較的早く落下しますが、硫酸ガスから変化した粒の小さな硫酸エアロゾルは、2〜3年は成層圏に滞留して全球規模に拡散します。このように長期間滞留する成層圏エアロゾルは気候に大きな影響を与えるのですが、全球規模にまで拡散したエアロゾルは濃度が薄く、「ひまわり」だと感度が足りずにエアロゾルの解析が精度よくできないことが考えられます。しかし、高感度センサーを搭載し、地球に近い極軌道にある「しきさい」なら、このような薄いエアロゾル層もかなりの精度で解析することが可能ではないでしょうか。気候変動観測衛星としての本領が発揮されるのはまさにこのようなケースだと思います。

青栁曉典さん

——気象観測の魅力や奥深さはどのような点にあるでしょうか。

空をみていても飽きがこないですよね。これは、気象、大気の流れが常に変わり続けていて、二度と同じ形にならないからだと思います。あ、と思っているうちに、大気の状況は変わってしまう。「今」そのデータを取らなければ、後で取り直すことは絶対にできない。それぞれの「今」を地道に着実に切り取っていく。これが気象観測なんだと感じています。地道な気象観測で蓄積されたデータ、これを後世の人が解析してみると、まったく同じ形はないんだけど、なんとなく類似しているところが見えてくる。天気が周期的に変わっていることを、感覚的にではなく蓄積されたデータで客観的に示す。時々刻々と変化する大気の中にある、何らかの普遍性を見付け出す作業の積み重ねが気象学であり、その基本はやはり気象観測なんだ、と考えたとき、あらためて自分がやっている観測業務の奥深さを感じます。

——JAXAの地球観測に期待されることは。

プロダクト、データセットの共有でしょうか。JAXAと気象庁では包括的な協定を結んでうまく進められているので、引き続きよい協力関係が継続されればと思います。あとは、最先端の技術開発です。気象庁の「ひまわり」は防災の観点から整備されており、常に日本域を安定的に監視し続ける、という使命を持っています。このため、時間分解能を高くとれる静止軌道上で、センサー技術も十分こなれたものを使う必要が出てきます。それに対して、JAXAの地球観測衛星の目的は、地球にかかわる物理プロセスの解明にあると思います。最新の技術の粋を結集したセンサー開発はもとより、それに基づく様々な大気・海洋・陸面に関する解析プロダクトの開発、提供を続けていかれることを期待します。
また、気候変動の監視という面では、地球観測衛星のシリーズを体系づけて、10年、20年、できれば平年値が作成できる30年程度の長期スパンでの運用を目指していただければなぁ、と思います。「しきさい」が長く運用されることを願っています。

——今後の展望をお聞かせください。

JAXAのEORCと気象衛星センターでは「ひまわり」のデータを使ったエアロゾルプロダクトの開発とアルゴリズムの共有が進められています。また、EORCと気象研究所では、そこで出てきた高次プロダクトを、気象研究所のエアロゾル数値モデルに同化する技術開発を行っています。これら共同研究の成果としてできあがったエアロゾルデータ同化システムは、私たちが現業運用している黄砂予測モデルの次期バージョンとして採用したいと考えているところです。エアロゾルプロダクトに関する、この研究開発から現業利用に向けた流れは、最初は研究者レベルの交流から始まったそうです。小さな研究交流をたくさん重ね、実になりそうなものは発展させられるような雰囲気が、今後は海氷や海洋関係などにも広まっていけばいいなぁ、と思っています。
なお、EORCでは、現在「ひまわり」向けに開発されているエアロゾル解析アルゴリズムを「しきさい」のデータにも適用する予定とのこと。異なる衛星間で解析アルゴリズムのギャップがない高次プロダクトが作られれば、「しきさい」のプロダクトもそのままエアロゾル数値モデル同化でき、私たちが現業的に運用している黄砂予測モデルへの適用も難しくないと考えられます。今後、「しきさい」からエアロゾルや黄砂の画像がどんどん配信され、気象庁の業務に活用させていただけることを楽しみにしています。


青栁曉典さん

青栁 曉典

1995年
九州大学大学院 理学研究科 修士課程(物理学専攻)修了
1995年
宇宙技術開発株式会社
2000年
新潟地方気象台 予報課 現業班員
2001年
気象庁 観測部 環境気象課 エーロゾル観測係 係員
2006年
気象研究所 環境・応用気象研究部 第二研究室 研究官
2013年
博士(理学) 筑波大学(論文博士)
2016年
気象庁 地球環境・海洋部 環境気象管理官付 調査官

2018年4月6日(金)更新