衛星データを活用した新しい保険商品で途上国の農業・保険業の発展に貢献したい

日本初の地球観測衛星の打ち上げから、今年で30年。この間、地球観測衛星データは社会のさまざまな場面で活用されてきました。保険会社の「天候インデックス保険」など、天候の変化によって生じる収益減少リスクを対象にした保険商品の開発にも、地球観測衛星データは活用されています。
雲やエアロゾル、植生、海氷、雪氷など、地球上のさまざまな物質量を長期間にわたって観測する「しきさい(GCOM-C)」に対する期待を、東南アジアを中心とした途上国向けに「天候インデックス保険」の開発を手がける郷原健さんにお聞きしました。

——郷原さんは衛星データをどのように活用していらっしゃいますか。

農業は天候の影響を大きく受ける分野であり、農業生産における天候による被害を軽減するために、当社グループでは東南アジアを中心とする途上国向けに「天候インデックス保険」という商品を開発し、農業マーケットに対して提供しています。
当社グループでは、2010年からタイ東北部で稲作農家の干ばつに伴う収益減少リスクを軽減するために「天候インデックス保険」の販売を始めています。これは特定の期間の雨量があらかじめ定めた基準に満たなかった場合、干ばつによる被害があったとして、定額の保険金をお支払いする保険商品です。現在はミャンマーでも同様の保険を開発しており、この商品の設計に、3年前に打ち上げられた水循環変動観測衛星「しずく」(GCOM-W)などから作成された衛星全球降水マップデータ(GSMaP)を活用しています。

——「天候インデックス保険」の特徴はどのような点にありますか。

一般的な保険商品は、保険金をお支払いする前に、保険金の支払いと金額を確定させるために、事故や損害の調査を必要としますが、「天候インデックス保険」は、天候指標の結果に基づいて、損害調査なしで、迅速にお客様に保険金をお支払いすることが可能な保険商品です。損害調査を必要としないので、被害にあったお客様に迅速に保険金をお支払いできるといった特徴があります。

——衛星データを保険開発に活用するメリットはどのような点にあるでしょうか。

郷原健さん

地上での気象観測データが十分ではない途上国においても「天候インデックス保険」の開発が可能になったことは大きなメリットですね。
もともと「天候インデックス保険」は地上で観測した気象データをベースに開発・運用されていました。しかし、途上国においては地上での気象観測データが十分ではなく、また、データがあったとしても精度面で問題があったりするなど、タイで販売を始めた後、他国へ横展開しようと思っても、なかなかできない状況にありました。
そのようなとき、「しずく」(GCOM-W)の運用が始まり、この「しずく」などから作成された衛星全球降水マップデータ(GSMaP)を活用することで、地上の気象観測データが十分ではない国においても「天候インデックス保険」が開発できるのではないかと考えました。さまざまな検証を経てGSMaPが活用できることが証明され、2014年、ミャンマーの農家を対象とした「天候インデックス保険」を、RESTEC(一般財団法人リモート・センシング技術センター)と共同開発しました。現在は販売開始に向けて体制を整えているところです。

——逆に、何かデメリットはありますか。

画像提供:損害保険ジャパン日本興亜株式会社

途上国の農家にとっては、あまり馴染みのない最新技術なので、理解してもらうことが難しいといった点ですね。地上の気象データであれば、バケツに溜まった雨量の測定をイメージしてもらえばすぐに理解してもらえます。しかし、衛星データとなると、少し説明が難しくなるため、理解を得ることが困難な場合があります。なかには、保険会社がデータを改変するのではないか、と疑われることもあります。そのギャップを埋めるべく、現地の政府機関や農業関係機関などを通じて、説明会などを開催し、現地の農家に衛星データを理解していただき、信頼してもらえるよう、根気強く説明することが必要だと感じています。
この点に関しては、日本政府やJAXAなどの公的機関による、衛星データに対する認証のようなものがあると有難いですね。ぜひ、支援をお願いします。

——衛星データを活用した東南アジア向けの保険は、事業としてはどのような状況にあるのでしょうか。

衛星全球降水マップGSMaP

衛星全球降水マップGSMaP:複数の衛星(GPM-Core GMI, TRMM TMI, GCOM-W AMSR2, DMSPシリーズ SSMIS, NOAAシリーズ AMSU, MetOpシリーズ AMSU, 静止気象衛星 IR)を利用して、世界の雨分布を準リアルタイム(観測か ら約4時間遅れ)で1時間ごとに提供しています。
http://sharaku.eorc.jaxa.jp/GSMaP/index_j.htm

現時点ではまだ大きな事業であるとはいえません。しかし、気候変動に対する不安が大きい途上国では、気候変動に対する適応策を求めており、その適応策の一つである「天候インデックス保険」のニーズは確実に高まっていると感じています。今後、東南アジアの経済は成長し、それとともに損害保険市場も拡大するでしょう。当社は現在、そのような将来に備えて準備をしている状況です。また、国内においては、天候インデックス保険の取組みが、CSRの観点から評価をいただいています。短期的な視点だけではなく、中長期的な視点をもって、CSRとビジネスを両立させた持続的なビジネスにしていきたいと考えています。

——12月に打ち上げられた「しきさい(GCOM-C)」による観測データは、今後、数ヶ月かけて校正・検証を行い、2018年の末には一般に配布される予定です。「しきさい」の観測データを、今後、御社の商品に活用されていくご予定はありますか?

「しきさい」では雲・エアロゾルや海氷、雪氷など、多様なデータが取得できますね。現在、衛星データとしては雨量だけをインデックスに用いていますが、そのような多様な観測データを活用することで、現地の天候リスクをより正確に把握することができるようになり、お客さまにとってより良い保険商品が開発できるのではないかと考えています。活用できるデータがあれば、ぜひ積極的に活用したいと考えています。

——1月12日に「しきさい」の初画像が公開されました。ご感想をお聞かせください。

実際に画像が出てきたことで、農家向けの商品開発に活用できるイメージが広がりました。嬉しく思いますし、今後の商品開発に向けて非常に大きな可能性を感じています。

——今後の展望をお聞かせください。

世界に多くの地球観測衛星がある中で、唯一「しきさい」だけに搭載された機能もあると聞いています。例えば、日本の「しきさい」だけがもつ技術を活用した保険を、日本の保険会社が途上国に紹介する。そのような、いわばオールジャパンの取組みとして、今後も途上国向けに「天候インデックス保険」の開発と展開を積極的に進めていきたいと考えています。
今後も、「しきさい」のデータを含む新しい技術を活用しながら、途上国の農家のために新しい保険を提供することで、農家、その国の農業または保険業の発展に貢献していきます。また、このような保険ビジネスを通じて、衛星技術、宇宙技術の普及や発展に、少しでも力になれればと考えています。


郷原健さん

郷原 健

2007〜2012年
株式会社損害保険ジャパン(現 損害保険ジャパン日本興亜株式会社)入社後、大阪で営業を担当
同年〜現在
企業商品業務部リスクソリューショングループに異動。天候インデックス保険の開発などを担当

2018年3月9日更新