雲・エアロゾル観測の意義と観測データの校正検証

雲やエアロゾル、植生、海氷、雪氷など、地球上のさまざまな構成要素の状態を長期間にわたって観測する気候変動観測衛星「しきさい(GCOM-C)」。それらの観測はなぜ重要で、観測データはどのように気候変動の予測に貢献するのでしょうか。内外の衛星データの研究を進め、15年前の気候変動観測衛星「みどりII(ADEOS II)」に搭載された全球イメージャ(GLI)のプロジェクト・サイエンティストを務めた地球観測研究センターの中島映至センター長に、「しきさい」打ち上げの意義と期待をお聞きしました。

——中島センター長のこれまでの研究についてお聞かせください。

地球環境問題の中で特に重要なものに、地球温暖化という全人類に関わる課題があります。私はこれまで放射・雲・エアロゾル(大気中の微粒子)をテーマとして、温暖化のメカニズムを理解し、それを気候変動の将来予測につなげる研究を行ってきました。
最初の人工衛星の地球観測利用は気象観測でしたが、温暖化が問題になり始めた1980年代から、宇宙からさまざまな地球環境情報を観測することが重要なミッションになりました。それにより、たとえば北極と南極の氷の融解の状態なども、宇宙から把握できるようになったわけです。当時はまだ解像度の低いデータしか得られませんでしたが、衛星と地上の観測によって地球の状態を把握し、それを用いて気候モデルを検証・改良し、将来予測を行うことが可能になりました。そして、予測したことが実際に起こるのかを監視することも、地球観測の重要な使命になりました。このような科学・技術の発展に呼応して1980年代から、日本でも気候モデルが開発され始め、私は東京大学気候システム研究センターでMIROC気候モデルの開発に関わることができました。特に、温室効果などの放射伝達過程や、雲・エアロゾルの微物理過程のモデリングが私のグループの役割でした。

——雲やエアロゾルを衛星から観測する意義は、どのようなところにあるのでしょうか。

1988年に「IPCC(気候変動に関する政府間パネル)」が発足し、国際的に、人間活動による地表面気温の上昇に関する評価が本格化しました。雲や大気汚染と気温上昇との関係が注目されるようになったのは、この頃からです。
というのは、それまでのCO2やメタンといった温室効果ガスの濃度増加を気候モデルに入れて計算すると「産業革命以降、20世紀の終わりまでに全球平均値表面気温は1℃上昇する」という計算結果が出ました。ところが、観測データ見ると実際には0.7℃ほどしか上がっていないのですね。そこで、この冷源不足の問題を解決するために提案されたのが、大気汚染エアロゾルによる冷却効果だったわけです。つまり、エアロゾル粒子が太陽光を宇宙空間へ反射するために、地球に吸収される太陽エネルギーが少なくなる効果をモデルに組み込んだところ、観測値に近い0.7℃程度の温度上昇が再現できました。しかし1980年代には、このような計算の基礎データになるべきエアロゾルの全球分布の観測はなかったので、計算条件は非常に大雑把なもので、モデリング結果に懐疑的な人もいました。
そのためにエアロゾルの全球観測の重要性が指摘され、1990年代には我々のグループが開発した2波長法によって、全球海上でのエアロゾルの量と粒子サイズ指標の分布が、世界に先駆けてアメリカのNOAA衛星から得られるようになりました。ところが、このようなエアロゾルの光学特性に関する衛星や地上観測データが集まってくると、ディーゼルエンジンなどから発生するススなどの黒色炭素が太陽光を吸収する効果が無視できないことがわかってきました。そうすると困ったことに、この吸収効果をモデルに入れて再計算してみると、大気汚染エアロゾルによる冷却効果はかなり小さいことがわかってきました。冷源不足の問題の復活です。人生、楽ではありませんね。

中島映至センター長

やがて、この回答は別のところからやってきました。すなわち、船の航路に沿って飛行機雲のような航跡雲の帯が広がっている様子が宇宙から観測で発見されたのです。俄然、この現象が冷源不足の問題の解決法として注目されました。つまり、大気汚染エアロゾルが大気中に供給されると、それが新たな雲粒子に成長するために、雲自体が太陽放射をより良く反射するようになるエアロゾル間接効果も重要であることが指摘されたのです。つまり、地球の雲は産業革命以降、人間活動による大気汚染で徐々に明るくなっているのですね。最新のIPCC第5次報告書のまとめによると、エアロゾルによる冷源の大きさは、直接効果が3割、間接効果は7割程度と見積もられています。でも、見積もりの不確実性は大きく、もっと研究しなければなりません。例えば、肝心の黒色炭素量の人工衛星観測はまだ難しいです。また、最近のCLOUDSATのような雲レーダの結果から、エアロゾル間接効果はそんなに大きくないのではないかという疑問が研究者の中から生まれています。サイエンスは小説を読むよりも面白いですね。
このように、いくら人間がモデルをもとに考えても、現実の世界を見ることなしに実態を正確に把握することはできません。だからこそ、実際に地球そのものを観測することが重要なのです。

——「しきさい」は、気候変動予測の高精度化にどのように貢献するのでしょうか。

日本での気候観測衛星は2002年の「みどりII」以来、15年ぶりの打ち上げとなります。
「みどりII」とその前の「みどり」は2機続けて短期間で運用停止になり、私はこの時期が日本の地球観測の暗黒時代だったと思っています。2004年に打ち上げられたNASAの地球観測衛星に搭載された「MODIS」センサは現在も運用を続けており、この間、大きな成果を上げています。それと同等以上の機能を持つGLIセンサを搭載した「みどりII」が故障しなかったら、今までにどれだけの成果を上げていたことかと、私は非常に残念な思いでおりました。
今回の「しきさい」は、最初にお話ししたような地球環境に関わるさまざまな疑問を解決するために、暗黒時代を乗り越えてようやく打ち上げられた衛星です。搭載されるセンサは「第2世代GLI(SGLI)」です。「スーパーGLI」にしようかという意見もありましたが、この名前に落ち着きました。波長数は19で、数を絞るかわりに分解能を上げました。「MODIS」の視野の大きさは最小500mですが、SGLIは多くの250mバンドを持っていますので、非常に高精彩で美しい画像が得られるようになりました。
ほかにもいくつか新機能を搭載しています。まず、マルチアングルです。一般的な衛星は直下を見ていますが、「しきさい」は直下から前後45°も見ることができますので、例えば、太陽光の海面反射の影響を受けにくい観測方向を選ぶことによって、エアロゾルと雲の情報を高精度に把握できるようになりました。
また、偏光機能により、これまで見えにくかった陸上のエアロゾルの分布をはっきり捉えられるようになったほか、世界で初めて近紫外線による250m観測機能を搭載し、煤のような炭素性粒子と土壌粒子を明確に区別できるようになっています。
このように地球上の物質をこれまで以上に高精度に把握できるようになったことで、気候変動予測の精緻化に貢献できると考えています。

——「しきさい」が無事に打ち上がった現在のお気持ちをお聞かせください。

感無量ですね。「みどりII」の打ち上げのとき、私はGLIのプロジェクト・サイエンティストを務めていた若手研究者で、それが失敗に終わったときには近親者が亡くなったかのような悲しい思いをしました。今回は、まるで新しい命が生まれたような喜びを感じています。若い世代の研究者が「しきさい」の観測データを使いこなし、良い成果を生み出すことを大いに期待しています。

気候変動観測衛星「しきさい」搭載のSGLIにより、2018年1月24日に取得したインド半島周辺のエアロゾル観測データによる合成画像。
(赤,緑,青にSGLIのVN9、VN5、VN1の各チャンネル反射率を割り当てたRGB合成画像)

気候変動観測衛星「しきさい」搭載のSGLIにより、2018年1月23日に取得したフィリピン・マヨン火山の噴火の様子をとらえた画像。(赤,緑,青波長の250m観測データで作成したRGB合成画像)

——観測データを提供する前の校正検証は、どのように進められるのでしょうか。

中島映至センター長

月の反射を用いた月校正や、地上と衛星で観測したデータが整合するように素子感度を校正していく代替校正を行います。このようにして校正されたセンサのデータから、エアロゾル・雲・陸上植物・海色などの観測を行い、実際の現場で観測した物理量と比較・検証を行います。物理量の検証は全球で行うことが重要なので、世界各国の機関と連携しての作業となります。
地球観測の活動はこのように非常に複雑で、月校正・代替校正・物理検証の3つが整合するように何度も繰り返しながら長期間のセンサ精度を維持しなければなりません。衛星が取得するドラマティックな情報は、このような作業が支えているのです。

——今後の展望をお聞かせください。

画期的なSGLIセンサを搭載した「しきさい」は、地球を見るオペラグラスのようなものです。私たちは「しきさい」から届くデータによって地球の現状を監視します。さらに、気候の将来予測のためのモデル検証など、様々な応用に役立つ情報を提供していきたいと思っています。皆さんからもこれが見たいと要望をお出しいただければ、それを観測していきますので、どうぞご期待ください。


中島映至センター長

中島 映至

1977年
東北大学理学部地球物理学科技官
1981年
東北大学 理学部 物理学科 博士(理学)(東北大学)
1987年〜90年
米国航空宇宙局ゴダ-ド宇宙飛行センターにNRC上席客員研究員
1994年
東京大学気候システム研究センター教授
2010年〜15年
東京大学大気海洋研究所 地球表層圏変動研究センター 同センター長
同年〜現在
宇宙航空研究開発機構(JAXA) 第一宇宙技術部門地球観測研究センター(EORC) 同センター長
2016年〜現在
環境省・気象庁 地球温暖化観測・情報利活用推進委員会 委員
2017年
紫綬褒章受賞、アメリカ地球物理学連合フェローに選出

2018年3月6日更新