宇宙に行ったユスリカ

2014年7月1日(火)

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ユスリカという虫を知っていますか? 道を歩いていたりすると、よくわーんと小さい虫が塊になって飛んでいることがありますよね。「蚊柱」なんていう呼び方をされますが、あれがユスリカです。その名前の通り蚊の仲間ですが、刺したりはしません。じつはこのユスリカ、宇宙ととても関係の深い虫なんです。

2013年11月から2014年5月まで行われた若田宇宙飛行士の長期滞在で、このユスリカの仲間「ネムリユスリカ」を使った、日本とロシアとの共同実験が実験が行われました。ネムリユスリカというのは、主にアフリカに棲息するユスリカの仲間で、その幼虫はその名の通り「眠る」ことで知られています。若田さんが行ったのは、このネムリユスリカの幼虫が宇宙でもちゃんと目をさますことができるか、という実験。なんだかかわいい感じがしますが、真面目な科学実験です。

ネムリユスリカが「眠る」といってもグーグー寝るわけじゃありません。ユスリカの幼虫は水たまりで生活します。普通のユスリカの幼虫は、雨がふらずに水たまりが干上がってしまうと乾燥して死んでしまいます。でもこのネムリユスリカは乾燥状態でも仮死状態で生き続けることができるんです。そして水を与えると1時間ほどで生き返り、活動を再開します。


こうした、乾燥状態で仮死状態になる能力を「クリプトビオシス」と呼びます。同じような能力をもっている生物は、最強の生物といわれる「クマムシ」が有名ですが、乾燥状態のネムリユスリカも負けてはいません。100度以上に熱せられても、マイナス200度に冷やされても蘇生します。また7000グレイもの放射線にも耐えます。17年間乾燥状態にあったネムリユスリカが再生したこともあったそうです。

実は、ネムリユスリカが宇宙に行ったのは初めてではありません。乾燥状態で国際宇宙ステーションに連れて行き、210日間滞在した後、地上に戻っても問題なく復活しました。さらに、特殊なケースに入れて宇宙空間に2年以上晒しても復活しました。宇宙空間は日なたは100度以上、日陰は100度以下になる上に、宇宙放射線も降り注ぐ過酷な環境です。そんな中でもネムリユスリカは生き延びることができるんです。

国際宇宙ステーションで若田宇宙飛行士が行ったのは、このネムリユスリカが宇宙でも乾燥状態から復活できるか、という実験です。乾燥した状態でネムリユスリカの幼虫を国際宇宙ステーションに運び、若田さんが宇宙で水を与えました。すると、ほどなく地上と同じように復活し、約2週間後には蛹や成虫になりました。宇宙でネムリユスリカが乾燥状態から再生し、羽化したのは初めてのことです。また、同時に無重力状態で遺伝子などに変化がないかを調べる実験も行われました。


なぜ、このような実験が必要なんでしょうか? ネムリユスリカの秘密を解き明かすだけなら地上の実験だけでもいいじゃないか、と思うかもしれません。実は、この実験にはとても重要な意味があるんです。休眠状態のネムリユスリカはちょっとやそっとのことで死んでしまったりしません。もし、このネムリユスリカを宇宙で蘇生させて育てることができれば、地上から宇宙に運ぶのがとても簡単になります。なにしろ寝ていてもらえばいいんですから。これは、国際宇宙ステーションで生物を使って行う実験がとても簡単になるということを意味します。

無重力や宇宙放射線など、宇宙での生活が生物に与える影響はまだ分かっていないことが沢山あります。こうした影響を調べるためには、宇宙に生き物を連れていかなければなりません。これまで、ネムリユスリカを始め、メダカやカイコなどの生き物が国際宇宙ステーションを訪れました。でも、生き物を宇宙に連れて行くのはなかなか大変です。仮死状態になって環境の変化に耐えるネムリユスリカを利用すれば、これまでよりもっと簡単にこうした実験が行えるようになるかもしれないんです。

もしかしたら、いつの日か散歩で出会うあの小さな虫が、私たちの宇宙への扉を開いてくれるかもしれません。


(図版提供:独立行政法人 農業生物資源研究所 昆虫機能研究開発ユニット 乾燥耐性研究グループ)