「種子島宇宙芸術祭」現地レポート(3)

2017年10月4日(水)

  • イベント
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8月5日から「宇宙に一番近い島」種子島で始まった種子島宇宙芸術祭を、JAXA広報部員が3回にわたってレポートします。最終回となる今回は作品「Myrkviðr(ミュルクヴィズ)」を展示している、千田 泰広さんにお話をおうかがいしました。


千田 泰広 (ちだ やすひろ)
千田 泰広 (ちだ やすひろ)

武蔵野美術大学建築学科専攻。高所登山やケイビングなどのフィールドワークを行い、<空間の知覚> と <体性感覚の変容> をテーマに作品を制作。チェコ最大の芸術祭SIGNALにアジア圏より初選出。ヨーロッパ10大ライトフェスティバルへの参加、国立天文台でのレジデンスやJAXAの協力による制作等、芸術の境界を探る。現在長野県でアートパークプロジェクトが進行中。

千田さんの作品「Myrkviðr(ミュルクヴィズ)」は、種子島宇宙芸術祭のインフォメーションセンターから車で約5分のセメント工場跡地に展示されています。

錆びた金属板の上に作品紹介のプレート

錆びた金属板の上に作品紹介のプレート。かっこいい。
ちなみに現在は新しいものになっているそう

建物の側面にある入口から中へ入ると、そこには辺り一面の暗闇が… 最初に筆者が行ったのは昼間だったこともあり、目が慣れるまで自分の手足すら見えない状態。普段の生活ではなかなか味わうことのできない非日常的空間が広がっていました。しばらくして目が慣れてくると、おぼろげに何かが見えてくるのですが、これがまたなんともふしぎな光。あたかも幻覚を見ているような、見たこともない光景が広がっていました。大人になると(※ 筆者は37歳)、世の中のだいたいの仕組みは理解できるようになるかと思いますが、この時目にしたものは、何がどうなっているかさっぱりわかりません。でもそれが私にとっては強烈に新鮮で、作品の美しさと共に、強く印象に残りました。

さっそくこの“見たこともない”作品について、作者の千田 泰広さんにお話をうかがいました。

Q. 作品の名前「Myrkviðr(ミュルクヴィズ)は、調べたら北欧の神話に出てくる森だったのですが、なぜこの名前を付けたのですか?

千田さん
「こうするとこう見えるというような仕組みにフォーカスされて、博物館の科学展示みたいになることを危惧しました。そのため、ちょっとファンタジックというか、情緒的なタイトルを付けています。作品の性質とは違うタイトルを付けることで、作品とタイトルとの間に距離ができると、そこに空間が生まれるかなと思いました。」

Q. 作品をこのように見て欲しいということはありますか?

千田さん
「ありません。自由に感じて欲しいです。ただ、強いてどう見て欲しいかを言うならば、何かに例えないで見て欲しいです。人は、たとえばそれに似た岩を見るとイルカ岩と名前を付けたり、ラベリングしがちです。ラベリングしないと世界を認識できないということはあるのですが、ラベリングした途端に見るという行為がそこで止まってしまいます。ですから、あそこで(作品の展示会場で)起きている現象を、「何かみたい」と思わないで見て欲しいです。もし何かみたいと思ったら、何かみたいと思った自分から離れて、一体これは何が起こっているのだろうと見続けてもらいたいです。また、そうしてもらえる作品を作りたいと思っています。」

Q. 普段は無意識のうちに見たものを何か別のものに見立てているため、それをしないというのは新鮮ですね。

千田さん
「制作のプロセスも、作るという行為と見るという行為の連続なので、ある意味、作者も鑑賞者なのです。ただ、作品をいじっていいという権限を与えられている点が違うだけで。作るときにも、自分が作品を何かに見ないということは続けています。」

夜の展示会場。外には一面の星空、中には未体験の空間が。


Q. これまでさまざまな方が見にいらっしゃったと思いますが、皆さんの感想はいかがでしたか?

千田さん
「本当に十人十色です。色々な感想をお客さんに言われるのですが、それによって作品ではなく、そのお客さんのことがわかります。『わーここきれい、星みたい』という方はロマンティックだなとか、仕組みを考える人、アートの文脈に照らす人、この方はここを見る人なんだなと。作品が鏡になっているというと、ちょっと傲慢というか言い過ぎかもしれませんが、そういった作品を理想としています。」

Q. 千田さんの他の作品をウェブで拝見しました。光を使った作品が他にもありますが、そんな千田さんは夜空に輝く星を見て、どんな風に思うのですか?(完全に筆者の個人的好奇心)

千田さん
「きれいだなーって思いますが、これがなんできれいって思うのかな、ということを考えます。きれいだなと感動したときに、なんでこれに感動するのだろうということを考えます。」

Q. 感情の正体や感動の原因をきちんと探すのですね。

千田さん
「今、星の話が出ましたけど、たとえば星空と同じ大きさのLEDを散りばめて全く同じ状態を作ったとしても、たぶんちょっと違うんじゃないかと思うんです。人は星の光がすごく遠くから来ているということを知っているので、想いを馳せたり、宇宙人がいるかもしれないなどとイメージを膨らませたりすることができます。そしてそれが星空の美しさにつながっているのだと思います。またおそらく、距離とか空間というもの自体が、美に関する何かを持っているのだと思います。絵画の歴史でも遠近法等でどうにかして空間を表現しようとしてきたのは、そこに何かしらの美しさを感じていたからではないでしょうか。今回の作品も、空間という手で触れないものをどうやったら知覚できるのか、というとこから始まったもので、自分のテーマでもあります。」


新しいものを見たり体験したりしたとき、「何かみたい」と既知のもので安易にラベリングしないようにする、ということは筆者にとってとても大きな発見でした。そうすることで、自分の中に言い表せない(言い表さない)何かを持ち続けることになり、少しムズムズするかもしれませんが、同時にこれまでなかった気持ちや感情を持てるようになるのではないかと思います。ただ、そのことに気付くためには、実際に見たこともないものを見る体験が必要。筆者にとってそれはまさに、千田さんの作品「Myrkviðr(ミュルクヴィズ)」でした。

インフォメーションセンター

夜の展示会場。本当に暗い。(※ レンズキャップの取り忘れではありません)


さて、3回にわたってご紹介してきましたJAXA広報部員による現地レポートは今回で終わりですが、種子島宇宙芸術祭は11月12日まで、まだまだ続きます。10月10日にはみちびき4号機の打ち上げが予定されていますし、11月には自然の洞窟を使ったプラネタリウムのイベントも予定されています。(詳細は 種子島宇宙芸術祭公式HP

宇宙好きの方も、芸術好きの方も、宇宙芸術好きの方も、ぜひ種子島に来て、いつもと違う空気に浸ってみてくださいね。


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