あかつき、金星大気の謎を深める「赤道ジェット」を発見 (後編)

2017年10月23日(月)

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誰も予想しなかった金星の「赤道ジェット」は、「あかつき」に搭載された5つのカメラのうち、「IR2」と呼ばれる赤外線カメラで見つけられました。あかつきの赤外線カメラには「IR1」「IR2」「LIR」の3つがあります。今回主役の「IR2」は搭載の冷凍機によりカメラの心臓部をマイナス200℃ほどの極低温に保つことで、高性能を実現しています。

金星探査機「あかつき」(PLANET-C) 2μmカメラ(IR2)

金星探査機「あかつき」(PLANET-C) 
2μmカメラ(IR2)

「IR2」は波長2μm前後の赤外線に感度を持っており、この波長の赤外線は金星大気でいうと高度30km前後から上の様子を知ることができます。

いっぽうで「赤道ジェット」が存在するのは、それよりも高い「45〜60km」。従来、その層の雲の動きは、さらに上層(雲頂で70km前後)の雲に隠され、可視光では見ることができませんでした。

「IR2」では、ちょうど「カーテンに越しに見える人影」を屋外から見るような手法で、「45〜60km」に存在する雲の影絵を連続的に撮影し、その動き(=風速)をとらえました。ここでいうカーテンに相当するのが最上層の雲となります。それも遮光性ではなくレースのカーテンです。太陽光に照らされる昼は、レースのカーテンで太陽光が散乱されるため室内の様子はわかりません。しかし夜になると、カーテンを透かして室内の人影をそのシルエットからうかがい知ることができます。照明光に相当するのが波長2μm前後の赤外線となります。

カーテン越しの昼夜の違いのイメージ図。夜(右)は人影がシルエットでうかがえる

カーテン越しの昼夜の違いのイメージ図。夜(右)は人影がシルエットでうかがえる

このカメラで取得された画像から風速を導き出すには、さらにいくつかの関門があります。堀之内先生の研究グループは、独自の雲追跡手法を使って解析を行いました。その手法の概要は以下のようなものです。

1. 連続画像から雲の動きを抽出するうえで、金星の自転や探査機の軌道運動が問題となる。そうした影響をキャンセルするため、取得された画像を、仮想的な固定点から見た画像に変換する。
2. 雲画像のパターンマッチングにより、画素ごとの動きを推測する。時系列の前後の画像だけでなく、前々や前々々など多数の画像を同時に解析することで確度を高める。
3. 雲の動きの速度から、風速が得られる。

プレスリリースでは「今後への期待」として、

  • 赤道ジェットの原因は今のところは不明だが、説明可能なメカニズムは絞られる。
  • そのメカニズムはスーパーローテーションの諸理論と関わりがある。
  • ジェット生成だけでなく、スーパーローテーションの解明にも有用な知見が期待できる。
  • 地球や系外惑星など、幅広い惑星大気の理解につながる。

などを挙げています。

いっぽうで、今回の発見をもたらした「IR2」ですが、実は昨年末からIR1とともに観測を休止しており、詳しい事情がこちらで説明されています。

両カメラが使用する電源回路のトラブルで起動せず、カメラそのものが健全であるか確認できない状態です。地上モデルを用いての再現試験や電源投入手順(シークエンス)の試行も行いながら、スイッチONとなる方法を模索していますが、いっぽうで高感度観測の鍵を握る冷凍機は健全で、所定の低温が維持されているといいます。なんとか電源さえ入れば、観測再開が期待できる状況ではあります。

いずれにせよ「あかつき」は5年のブランクを耐え抜き、あるもので何とかして金星周回軌道にたどり着いた探査機です。探査機の状態が健全であり続ければ、軌道制御のための推進薬の残量が寿命を决めますが、すでに残量は誤差の範囲。ただ、約200kg(推進薬120kg+酸化剤80kg)搭載した燃料の1%が残っていれば、まだ10年の運用が可能といいます。しぶとく観測を続けてくれることを期待したいところです。

左から「あかつき」プロジェクトチーム プロジェクトマネージャ・中村正人教授、
「IR2」責任者・佐藤毅彦教授、北海道大学・堀之内武准教授(ISAS客員准教授)

(後編おわり)