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大西卓哉×内山崇 同級生対談 [JAXA編その2]

2017年7月10日(月)

  • プロジェクト
  • 宇宙飛行士
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同級生対談その2

大西卓哉宇宙飛行士と、「こうのとり」のフライトディレクタを務める内山崇さん。大学時代の同級生であり、宇宙飛行士選抜試験で戦ったライバルでもある二人が、同級生ならではのリアルな宇宙話を語り合うスペシャル対談。第2回目は国際宇宙ステーション(ISS)の生命線を担う宇宙船「こうのとり」と、宇宙ミッションを地上から指揮する「フライトディレクタ」について聞きました。この企画はDSPACEとの共同企画です。それぞれのサイトで同じテーマを異なる角度から切り込み、異なる話題を掲載。ぜひ両方読んでみてくださいね!

こうのとり6号機開発秘話

昨年12月9日に打ち上げられた「こうのとり」6号機はISSに不可欠な新型バッテリー6個を大量輸送するという重要な任務を、見事に達成しましたね。

大西:バッテリーを「こうのとり」が運ぶという話はいつ頃から出てたの?

内山:2005年頃から。現実味を帯びたのが2012年ぐらいだね。NASAが本気でISSの延長を考えて、その実現のためにバッテリーを運ばないといけないという話が具体化され、新型バッテリーをどうやって運ぶのか、という議論が始まった。2013年にNASAが米国のドラゴン補給船でなく、「こうのとり」で運ぶと決めた。

最初はドラゴン補給船で運ぶ予定だったのですか?

内山:NASAはトレードオフしてたんです。どちらの宇宙船がより効率的か。

大西:内山は「こうのとり」6号機では何を担当したの?

内山:バッテリーを運ぶ荷台である曝露バレット開発主担当と6号機全体のサブリードフライトディレクタ。ISSからの帰りに行った実験KITEのフライトディレクタも担当した。

大西:6号機は荷物も、実験も盛りだくさんで開発は大変だったのでは?

内山:曝露パレットは設計から3年ぐらいかけた。今まで以上に荷物をパンパンに詰めたし、もっと軽い状態で耐えられる構造だったので、ロケットの振動の影響は大丈夫か、から始まって全体のシステムを確認した。ギリギリで成立しましたが結構な苦労をしたね。

「こうのとり」とロケットをつなぐ台座である衛星分離部(Payload Attach Fitting PAF)に結合される「こうのとり」6号機。

これは、NASAでの船外活動訓練ですが、お二人が写っています。なんの訓練ですか?

2016年1月、NASAでバッテリー交換の船外活動訓練にて。

大西:バッテリーを交換するための船外活動訓練ですね。僕がやる可能性があったので。その時、内山は出張でNASAに来ていたんだよね?

内山:曝露パレットの開発は終わっていて、実際に宇宙飛行士がバッテリー取り付けをどう運用するか、手順の検証として訓練を見学させてもらった。船外活動の運用管制室で、我々は後ろから見守ってました。

船外活動の運用管制室で。モニター画面に大西飛行士ら訓練の様子が写っている(内山さんのツィッターより)

開発で大変な思いをし、船外活動の訓練も重ねた「こうのとり」6号機の打ち上げが延期され、大西さんが宇宙滞在中には到着しないことになってしまいました。

内山:種子島で射場作業を進めている途中、推進剤漏れが見つかった。打ち上げ予定日の約2か月前でした。延期すれば大西ミッションに間に合わなくなる。内部では相当議論をしました。その結果、100%ミッションを成功させるためにリスクを回避すると判断し、打ち上げ日を延期することに決めたんです。

「こうのとり」6号機宇宙へ。「トラブルが何もないほうが気持ち悪い」

「こうのとり」は打ち上げ延期以外、6号機まで成功を重ねています。米国やロシアの貨物船が失敗を続ける中、100%の成功をおさめ一人勝ち状態ですね。

大西:5号機までちょこちょこ問題があって、飛行中リアルタイムで解決していたね。

内山:むしろ、何もないほうが気持ち悪い。宇宙の環境に起因するちょっとした異常まで含めると、毎回必ず何かが起こる。

今回、バッテリーを載せた「こうのとり」の曝露パレットをISSのロボットアームがつかんだ時トラブルがあったと、記者会見で聞きました。

内山:それほど重大なトラブルではなく、結果的にはISS側の通信系統で起きたトラブルでした。それまで正常に動いていたアームが、曝露パレットをつかんでヒーター電力を供給しようとしたところでアームのシステムが落ちてしまった。そのため、曝露パレットが怪しいと「容疑者」になったわけです。
ただしその時は原因が何か、つまり犯人捜しより運用を継続できるかどうかが最重要。熱環境や太陽の位置を見て、ヒーターがなくてもバッテリーを運べると瞬時にNASAとJAXAで評価して、ロボットアームの運用を続けました。1時間程度遅れただけですみました。

大西:へー!それだけの評価と判断をその時間内で?ふつう、そういう時のトラブルシュートって何回も会議を重ねるよね。遅れると後の作業が玉突きで遅れるから?

内山:そう。その時はバッテリーを乗せたパレットをいよいよ引き出す段階で、それが遅れると船外活動も、最後の「こうのとり」離脱のスケジュールにも影響しかねない。だから運用チームで迅速に判断して進めました。

大西:すごいな。

内山:ただ、そのトラブルの時、理事長が見学に来ていらした。タイミングとしては最悪だった(笑)

バッテリー移設大成功、高まる「こうのとり」の評価

「こうのとり」が運んだバッテリーの交換作業は大成功でしたね!

国際宇宙ステーション(ISS)の新型バッテリーへの交換のため船外活動を行うトマ・ペスケ宇宙飛行士。

大西:船外活動の訓練の時に感じたけど、手順がよくできていたよね。バッテリーを運ぶパレットにひとつ空きスペースがあって仮置き場に使えたのがよかった。誰が考えたの?

内山:NASA。実はあのスペースは、違う目的で作ったのにNASAにごっそり持っていかれてしまった(笑)。

大西:バッテリー交換はとても複雑な作業だったのに、本当にスムーズだったと思う。

内山:必ず何かが起こるだろうと見ていたけど、ほとんど時間通り。逆にびっくりしたね。苦労して開発した曝露パレットは完璧だったので、NASA幹部からも「素晴らしい」と評価されています。

大西さんが宇宙にいるときも、米国の補給船「シグナス」が宇宙にやってきましたね。地上からの補給船を待ち受けるってどんな気持ちなんですか?

大西:いや、それはもう嬉しいっす。補給船の中に自分のご飯が入っている。キャプチャ(把持作業)の最大のモチベーションはそれです(笑)。だいたい補給船は生のフルーツや野菜を運んでくる。宇宙ではフレッシュな食べ物がなくて、一番飢えるんです。

大西さんはNASAで「こうのとり」の評価をどんな風に感じておられましたか?

大西:高いと思いますよ。4号機の時にNASA管制センターでキャプコム(交信担当)を務めたのですが、タイムライン通りにぴったりと「こうのとり」が来て、モニター画面に金色に光る機体が微動だにせず大きくなっていく。ISSの下から高度を上げていくのは実は非常に難しい技術なのですが、とても安定している。アメリカ人の管制員たちが息をのんで見つめモニター越しに写真を撮っていて、日本人として誇らしかったです。
アメリカって宇宙開発の中でロシアと並ぶ巨人じゃないですか。日本ははるか後ろからスタートしているわけで。それが「こうのとり」に関しては、彼らと肩を並べるぐらいのレベルまで来ているんだ、と実感しましたね。

2013年8月、「こうのとり」4号機でNASAジョンソン宇宙センターの管制センターでキャプコムとして仕事をする大西飛行士。

「NASAでは宇宙飛行士よりフライトディレクタになるほうが難しい」

宇宙ミッションでは宇宙飛行士や宇宙船が注目されがちですが、地上の管制センターとの役割分担は?

大西:僕から言わせてもらえれば、宇宙飛行士って本当に「現場作業員」以外の何者でもない。その職場がとてつもなくユニークというだけ。やっていることは、地上で作ってくれた手順をきっちり守って、何かあったら指示を仰いで、彼らの手となり足となり目となり耳となって、作業を代わりに行う。

今、日本は「きぼう」と「こうのとり」と二つの運用管制チームがあって、内山さんは両方のフライトディレクタを務めた経験がありますね。違いは?

内山:ざっくり言うと、「きぼう」はISSの実験室の管制、「こうのとり」は独立した宇宙船の管制です。「こうのとり」は「きぼう」とはちょっと違って、ISSの近くに行くまでは我々、運用管制チームに主導権があって、ISSの約200m下まで行くと、宇宙飛行士に主導権のバトンを渡す。宇宙飛行士がISSから見て、「こうのとり」が決められた進路を外れたら、危険と判断してアボートボタン(「離れろ」というボタン)を押すこともできるんです。

「こうのとり」(HTV)運用管制室で。「こうのとり」6号機ミッション終了後に。

大西:宇宙滞在中に米国のシグナス補給船のキャプチャーを担当しました。地上からバトンを渡されるタイミングは、マラソンで例えていうと42㎞走ってきて、最後の数百メートル、一番おいしいところだけを渡してもらって走っているような感じだよね。

でも最後に失敗できないというプレッシャーがあるのでは?

大西:プレッシャーはありますが、そこまで1位を走ってきてくれたら、よっぽどのことがない限り、あとはゴールを切るだけ。

大西さんは、NASAでは宇宙飛行士になるより、フライトディレクタになるほうが難しいと仰ってませんでしたか?

大西:言いました!募集要項を見たわけではないので多分ですけど、NASAでは宇宙飛行士よりフライトディレクタは人数もだいぶ少ない。3~4年に一回ぐらい管制官の経験者が数百人ぐらい応募して選ばれるのは3人ぐらい。アメリカではフライトディレクタは社会的地位も認知度も日本より高いと思います。

内山:日本ではフライトディレクタ候補を選ぶ段階で、ある程度絞られています。

大西:向いている人をピックアップして、認定されるように養成していく。

じゃあ、内山さんは見込みがあると?

内山:僕の場合は、JAXAでフライトディレクタ候補の公募があって、試験を受けて2008年にIHIから中途入社したんです。当時は「こうのとり」初号機前で、フライトディレクタにどんな訓練が必要で、どんなプロセスで認定すればいいかを構築する仕事もしました。

自分が作った基準で認定試験を受けたわけですね。実際、受けてみてどうでしたか?

内山:厳しかったですよ。NASAとの合同訓練でISSに「こうのとり」が接近するのですがISSにも「こうのとり」にも不具合が雨あられのように投入される。「火だるま状態」でいかに安全にミッションを達成していくか。まるで「厳しい修行」のようでした(笑)

シミュレーション試験が相当厳しいから、本番は冷静でいられると言いますよね?

大西:現実世界より相当厳しいよね。

フライトディレクタになりたい

大西さんは、「きぼう」のフライトディレクタになりたいと記者会見で言われてましたね。なぜそう思ったのですか?

大西:僕の長期滞在中、前半は中野優理香さん、後半は市村周一さんがリードフライトディレクタで彼らと毎日のようにやりとりをしていました。宇宙飛行士に入る情報はほんの一握りで、彼らは膨大な情報の中で僕に伝える情報を取捨選択しているのが、言葉の端々に感じられました。何かトラブルが起こった時には、地上で対策会議が何回も行われているが、そういう動きは宇宙からはほとんど見えない。地上での動きがわかれば宇宙飛行士としてもっといい仕事ができるのではないか、逆に宇宙の経験を彼らの世界にフィードバックすればお互いにいい相乗効果があるのではないかと思ったんです。

大西宇宙飛行士と第48/49次長期滞在関係者
(左から市村FD、尾藤インクリメントマネージャ、大西宇宙飛行士、中野FD)

NASA管制センターで仕事をなさった経験も影響していますか?

大西:2015年にNASAのティモシー・クレーマー飛行士が、宇宙飛行士で初めてフライトディレクタになったのにも刺激を受けました。「ああ、そういう道もあるんだ」と。実際、僕が宇宙にいるときもクレーマーさんがフライトディレクタとして仕事をされてました。

内山:彼はハイテンションで、楽しいよね。

内山さんは次の「こうのとり」7号機のリードフライトディレクタ、つまりフライトディレクタのリーダーに就任され、NASAフライトディレクタオフィスのチャレンジコインを渡されたそうですね。

内山:僕ももらってから調べて初めて知って。古くはアメリカの軍で同じチームで命を懸けて戦うメンバーがみんな肌身離さず持っているものだそうです。同じチームで困難なミッションにともに立ち向かう証として、7号機のNASAフライトディレクタのリーダーの女性からもらいました。

大西:信頼する仲間にコインを渡すのは、アメリカではメジャーな習慣だね。

信頼の証ということですね。7号機はチャレンジングっていうことでしょうか。次回じっくり聞かせてください(続く)

チャレンジコインを持つ内山さん

取材・構成 林公代

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今回の対談をより深く理解できるかも!?
みなさんぜひ読んでくださいね。

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