日本の技術が世界の森林を守る 〜ブラジルでの森林監視の実績をもとに〜 独立行政法人国際協力機構 地球環境部審議役/次長 森林・自然環境グループ長 宍戸健一

日本政府の開発途上国支援を実施する機関、独立行政法人国際協力機構(JICA)。森林・自然環境、水資源開発、防災、地図作製などの分野においては、JAXAの地球観測衛星による観測データも活用して支援を行っています。JICAで森林・自然環境保全分野の事業を統括している宍戸健一さんにお話を伺いました。

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“宇宙”を森やそこに住む生き物のために

JICAでは、開発途上国の森林保全に向けてどのようなことを行っているのでしょうか?

アマゾンアマゾン

国土の約70%が森林で覆われている日本は、森林を管理する優れた技術を持っています。その日本の強みを活かし、途上国で森林を管理するための体制づくりを支援しています。途上国では十分な技術や資金がなく、森林管理の仕組みが整備されていないため、無計画・違法な森林伐採が行われ、森林破壊がどんどん進んでいます。その結果、世界中で、毎年約330万ヘクタールの森林が失われており、特に、ブラジルや東南アジア、アフリカの熱帯林の減少は深刻です。森林は二酸化炭素を吸収しますので、地球温暖化防止のためにも森林を守る必要があるのです。

具体的には、まず途上国の森林マップを作り、それを元にその国にあった森林管理・利用の方法を現地の人と共に考えます。例えば、ここは民間業者に運営を任せて伐採してもいいとか、ここは国立公園として保全したほうがいいといった森林のゾーニングなども支援することがあります。途上国では、保護区を設定していても、周辺の人口が増えると土地が必要になり、勝手に木々を切って入り込んで農業をする方が多いのですが、その場合は、現地の森林官を通じて、住民に森林保護の重要性を説明し、理解していただく活動なども行います。保護区の境界線を守ってもらうかわりに、農業の生産性を向上させたり、家畜など他の収入手段を支援するといった取り決めをする活動を行うこともあります。支援のアプローチはその国の事情に合わせてさまざまですが、政府の体制が十分でない途上国の場合には、地域住民の理解と協力がなければ森林管理は成功しません。

途上国の違法伐採は重大な問題となっているのでしょうか?

アマゾンの違法伐採アマゾンの違法伐採

衛星画像を解析するブラジルのリモートセンシングセンター衛星画像を解析するブラジルのリモートセンシングセンター

各国で違法伐採の取り締まりを行っているものの、大規模な組織犯罪が絡んでいたり、森林官や警察に賄賂が支払われることもあり、違法伐採は後を絶ちません。アフリカでは、森林保全のため原木輸出を禁止し、自国で製品にして売るよう政策をとっている国が増えてきていますが、現実にはアフリカからの原木が世界にかなり出回っています。また、アマゾンでは、畑や牧場にするために数百、数千ヘクタールもの森林を無断で焼いてしまうことも多く、森林破壊が急激に進んでいます。このまま森林が減り続けると、地球温暖化だけでなく、そこに生息する多様な生物を絶滅の危機に追い込みます。また、大洪水や土砂崩れが起きやすくなり、地元住民の生活にも大きな影響を与えます。一部の人の利益のために、守るべきものが、きちんと守られていないのが現状なのです。

その一方で、ブラジルのように政府主導で取り締まりを行い、成果を挙げている国もあります。2004年には大統領命令で、ブラジル環境・再生可能天然資源院(IBAMA)と警察が協力して厳しい摘発が開始され、アマゾンの違法伐採が劇的に減少しました。そのときに使われたのがアメリカのランドサット衛星です。日本の国土の10倍以上もあるアマゾンでは、広範囲を一度に見られる宇宙からの監視が有効だったのです。ところが、ランドサット衛星は光学センサの衛星で、雲に覆われると地表の観測ができません。アマゾンは1年のうち半年間は雨季なので、衛星の弱点を知っている違法伐採者は、雨季を狙って伐採するようになりました。乾季になってランドサット衛星で違法伐採を発見し現場に行ったときには、すでにもぬけの殻というわけです。そこで注目されたのが、雲を透過するレーダを搭載したJAXAの陸域観測技術衛星「だいち」(2006年打ち上げ)です。「だいち」であれば雨天でも地表を観測することができますので、そのデータを使ってアマゾンの違法伐採を通年監視できるようになったのです。

ブラジルの違法伐採の摘発に貢献した「だいち」

「だいち」がとらえた新規伐採。赤点が新規伐採地。「だいち」がとらえた新規伐採。赤点が新規伐採地。ZOOM

2009年からの約3年間、ブラジルでは「だいち」を使った違法伐採のモニタリングが行われました。JICAとJAXAは具体的にどのような支援を行ったのでしょうか?

「だいち」の観測データから即座に違法伐採地を検出できるシステムを構築しました。ブラジル・アマゾンの総面積は約350万平方キロメートルで広範囲なため、全体図を作成するのに約300シーンの衛星画像を合成します。そして、時期をずらして撮った画像と比較することにより、伐採された箇所を抽出します。「だいち」は46日ごとにアマゾンを観測しましたが、それら全ての画像をJAXAから無償で提供していただきました。そして、そのデータを使ったシステムの構築はリモート・センシング技術センター(RESTEC)に担当いただきました。JICAは、ブラジルからの要請を受け、日本政府・ブラジル政府との諸調整を経て、プロジェクトの枠組みを作るとともに、JAXAやRESTECなどと協力しながら、活動全体を推進してきました。

ブラジルの取り組みの素晴らしい点は、プロジェクト開始当初から警察と連携したことで違法伐採の摘発に結びついたことです。システム利用のための研修は、IBAMAと連邦警察の両方に行いました。IBAMAはブラジルの環境省に属する組織で、違法伐採者を逮捕する権限を持っていますが、重装備の違法伐採者に対応するためには警察と連携して取り締まりを行う必要があります。「だいち」のデータにより違法伐採地が検出されると、IBAMA支所や地元警察に位置情報が送られ、ヘリコプターで現地に向かって違法伐採を検挙しました。

「だいち」の画像を使った3年間のモニタリングでどのような成果がありましたか?

「だいち」が発見した森林伐採地「だいち」が発見した森林伐採地

ブラジルでは1970年代から衛星画像を活用した違法伐採監視を行っていましたが、「だいち」を使うことで驚くべき成果がありました。2009年にプロジェクトが始まり、3年間のプロジェクト期間中に違法伐採が半分以下に減り、100件以上の違法伐採を特定することができたのです。伐採地を抽出するだけでなく、それが許可を得て伐採している場所かどうかを判別するため、土地台帳と照らし合わせて所有者を調べられるシステムも構築しました。そして、その情報を即座に警察に伝送できる体制を作りました。特にブラジルは訴訟社会なため、裁判所が納得するだけの証拠として、衛星画像に土地台帳の情報などを載せ、視覚的にすぐ把握できるようにしたことが高く評価されました。

実は、ブラジルは当初、日本以外の衛星画像も使おうとしていたようですが、「だいち」が持つLバンド波長のレーダ画像が、最もクリアに森林と非森林の区別をつけられたので選ばれたと聞いています。日本の優れた技術があったからこそ、アマゾンの違法伐採を減らすことができたのです。残念ながら、「だいち」は2011年5月に運用を終え、このプロジェクトは終了してしまいました。現在は、後継機の「だいち2号」(2014年打ち上げ)を使って、ブラジルに留まらず他の熱帯林でも同じような森林監視ができないかと、JAXAと協議を進めています。

「だいち2号」に引き継がれる伐採監視

2015年12月の第21回気候変動枠組み条約締結国会議(UNFCCC-COP21)において、JICAとJAXAの協力による「森林ガバナンス改善イニシアティブ」が発表されました。これが、「だいち2号」を使った途上国支援ですか?

COP21にてJICA-JAXA熱帯林監視システムを発表する宍戸さんCOP21にてJICA-JAXA熱帯林監視システムを発表する宍戸さん

「森林変化検出システム」ウェブサイトのイメージ図「森林変化検出システム」ウェブサイトのイメージ図ZOOM

そうです。JICAとJAXAが共同で、「だいち2号」の観測データを用いた「森林変化検出システム」を構築し、世界中からのアクセスを可能にする計画です。熱帯雨林の森林被覆の変化を解像度50mの精度にて約1.5ヵ月ごとに観測し、データを更新します。今年の11月頃にJAXA地球観測研究センター(EORC)のウェブ上で公開する予定で、現在、プログラムやウエブサイトの制作が進んでいるところです。このシステムは、このシステムは熱帯林のほぼ全域をカバーしており、対象となる国の数は52か国にのぼりますが、各地の森林局だけでなく、民間企業やNGOなどにも一般公開されます。海外に大規模な造林地を所有する日本の企業を対象に説明会を開催したところ、盗伐の被害を防ぐためにも非常に有効だという評価をたくさんいただきました。

運用当初の試行版では、衛星画像の分析は目視判読ですが、段階的に自動判別に移行し、精度も向上させていく予定です。これらのデータは、誰でもタブレットやスマートフォンで簡単にアクセスできるよう設計します。1.5ヵ月ごとに新たに伐採された場所の情報が、端末の地図上に表示されるというイメージです。従来のシステムは、森林局のコンピュータに送られてから現場に転送するようなものが一般的でしたが、地方の森林官や民間企業やNGOの方々まで見られるようなります。それにより、森林管理の透明性向上にもつながるツールとなりますし、森林局でのシステム開発も必要なくなり、大幅にコストが削減できます。

「森林変化検出システム」の構築に向けて、どのような課題がありますか?

「だいち2号」「だいち2号」

実際にシステムが稼働するといろいろな課題が出てくるとは思いますが、まずは、JAXAから継続的に観測画像を提供していただけるかどうかが、このプロジェクトを成功に導く鍵となっています。JAXAは宇宙航空分野の研究開発・利用の促進を行う機関です。「だいち」のときはブラジルの違法伐採監視はまだ研究段階で、JAXAとブラジル政府との共同研究で実施されました。一方、今回の衛星データ利用は実用段階のため、JAXAの手を離れ、衛星データの販売業者からの購入となってしまうことがわかりました。例えばブラジル・アマゾンの場合、全体図を作るのに約300シーンの画像が必要となります。それには1回で9000万円程度かかることになり、年に8回更新すると膨大な費用がかかります。それだけの費用を途上国に負担してもらうのは難しく、ブラジルも、「だいち2号」のデータの有効性は十分理解しているけれども、予算的な理由から断念せざるを得ない状況となってしまいました。

しかし、「だいち」を通して得た実績や経験を無駄にするわけにはいきません。ブラジルでの成果を踏まえて、ペルーやコロンビアなどブラジル以外のアマゾン諸国や、東南アジアやアフリカの国々からも同様のシステムを使いたいという要請がありましたので、彼らの期待に何としても応えたいという強い思いがありました。JAXAとの間で何度もアイデアを出し合った結果、それぞれのリソースを持ち寄ることでJICA-JAXAで協力して、熱帯林全体の違法伐採防止に向けた国際貢献ができる基本的な方向性が固まり、昨年のCOP21で発表することができたのです。

継続的なJAXAの国際貢献に期待

“継続的”な支援というのが重要なポイントですね。

JICAでは、気候変動を抑制するための、「REDD+(レッドプラス)」という国際的な活動も推進しています。REDD+とは、途上国が森林を保全したことで温室効果ガス排出量を減少させたり、炭素蓄積量を増加させた場合に、先進国が途上国へ経済的支援を行うという取り組みです。森林の面積が分かれば炭素量の把握ができるため、これにも衛星のデータが使われています。ところが主に使われている衛星はランドサット衛星です。一部、「だいち」で補完している部分はあるものの、残念ながら、森林観測のスタンダードはランドサット衛星なのです。その理由は、長期にわたって継続的に、同じ条件で観測したデータを提供してくれるからです。炭素量の増減を調べるためには、同じ方法で観測した過去のデータと比較するため、途中で途切れてしまうデータは使いづらいのです。

ですから、JAXAには継続的に衛星を打ち上げてほしいと思います。これから「森林変化検出システム」が世界で稼働すれば、実証データがどんどん蓄積されていきますが、それを「だいち2号」の運用終了とともに終わらせるのは、すごくもったいないと思います。

それともう一つ、JAXAへの要望を申し上げるとしたら、データの無償提供の拡大です。JAXAでは自然災害の監視等のため、アメリカのランドサット衛星、欧州のセンチネル衛星と同様、一定の解像度以下の画像は無料で提供しています。衛星のデータは、用途に応じた解析、加工が必要で、この処理には多額の費用がかかることは理解しますが、財政が厳しい途上国に負担させるのは非現実的で、JAXAのデータが使われなくなることを危惧します。「だいち」や「だいち2号」に限らず、JAXAがこれからも長期にわたって継続的なデータを蓄積して国際貢献を続けてくれることを期待しています。

最後に今後に向けたお気持ちをお聞かせください。

地球温暖化の問題は日本だけでは解決できず、国際社会を挙げて取り組む必要があります。その体制を日本主導で作っていくうえで、「森林変化検出システム」は重要なツールになるはずです。世界中でこのシステムを使っていただき、日本の技術で地球の環境を守っていきたいと思います。また、森林火災の検知の分野でも、今年度打ち上げが予定されている気候変動観測衛星「GCOM-C」のデータを活用する話が進んでいます。JAXAの技術をフル活用して、国際貢献ができることはとても誇らしいことだと思います。

宍戸健一(ししどけんいち)

独立行政法人国際協力機構
地球環境部審議役/次長 森林・自然環境グループ長

東京大学農学部卒業。1986年に旧国際協力事業団(現 国際協力機構)に入団。 本部、インドネシア事務所、森林環境協力課長などを経て、2004年よりガーナ事務所長を務める。その後、国内勤務を経て、2007年からスーダン駐在員事務所長を務め、2012年より現職。

著書に「アフリカ紛争国スーダンの復興にかける~復興支援1500日の記録」。

[2016年8月公開]