世界をリードする次世代ジェットエンジン技術 aFJR(高効率軽量ファン・タービン技術実証)プロジェクトチーム プロジェクトマネージャ 西澤敏雄

JAXAが行う「高効率軽量ファン・タービン技術実証(aFJR: Advanced Fan Jet Research)」は、次世代の航空機エンジンに必要な技術を開発・実証するプロジェクトです。低燃費・低排出ガスといった環境に優しいエンジンが求められる中、「aFJR」が目指す最先端技術とは何か? 西澤敏雄プロジェクトマネージャに話を聞きました。


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日本の売りとなるエンジン技術を開発・実証する

インタビュー高効率軽量ファン・タービン技術実証(aFJR)は航空機用ジェットエンジンのプロジェクトですが、まずジェットエンジンの仕組みを教えてください。車のエンジンとどう違うのでしょうか?

 航空機のエンジンも車のエンジンも、燃料を燃やした熱エネルギーを動力に変える点は同じです。空気を吸い込んで圧縮し、燃料を投入して燃やし、燃焼ガスを後ろに噴き出す。この吸気、圧縮、燃焼、排気の4つの作業を、車のエンジンが1つの部屋で行うのに対して、航空機のエンジンはそれぞれ別の部屋で行います。まず、「ファン」から空気が吸い込まれ、その空気が「圧縮機」の中で圧縮されます。それが「燃焼器」で燃料と混ざって燃えて、その時の燃焼ガスが「タービン」を通って「排気口」から噴出されます。このように部屋ごとに役割分担があり、エンジンの設計も部屋ごとに分けて行われます。そのため、航空機のエンジンは要素技術ごとに製造担当メーカーを変えることができ、国際共同開発の形態がとりやすくなっています。一社で航空機のエンジンを丸ごと作ることは、技術的なリスクと開発に膨大な費用がかかる経済的なリスクから難しく、日本企業も英米の大手エンジンメーカーとの国際共同開発でエンジンの一部を製造しています。

 このようなことから、航空機の次世代エンジンの国際共同開発において、「この要素技術だけはどこにも負けない」といった日本の売りを作り、常に必要とされる存在であり続けることが大切です。そのためにも、新しい要素技術を開発する「高効率軽量ファン・タービン技術実証(aFJR: Advanced Fan Jet Research)」プロジェクトをぜひ成功させたいと思っています。

インタビューaFJRプロジェクトでは、どのような要素技術を開発するのでしょうか?

aFJRが目標とするエンジン
aFJRが目標とするエンジン

 このプロジェクトで焦点を当てるのは、高効率軽量ファン技術と軽量低圧タービン技術です。つまり、空力効率が高くて軽量なファンと、ファンを回転駆動する軽量な低圧タービンの技術を開発・実証します。今の航空機に求められるのは、低燃費、低騒音、低NOx(窒素酸化物)排出ガスです。特に燃費向上のために行われているのが、エンジンのパイパス比を高くすることです。バイパス比とは、エンジンのファンの部分だけを流れる外側の空気の量と、エンジン内部の燃焼器に送られる空気の量の比率です。燃焼器に送られる空気の量を1として、その比率が高いほど、つまり、ファンだけを流れる空気の量が多いほど、燃費向上だけでなく騒音低減にもつながることが分かっています。最新のボーイング787に搭載されているエンジンは、パイパス比がこれまでのエンジンでは最大の約11ですが、私たちは、それを上回るバイパス比13を目指しています。

 それでは、パイパス比を高くするためにはどうすればよいのでしょうか。その答えは、ファンの直径を大きくして、流れる空気量を多くすることです。しかし、ファンが大きくなれば、ファンそのものの重量が増えるだけでなく、ファンを回転駆動する低圧タービンの直径も大きくなり、重量が増えます。それでは燃費が悪くなってしまいます。ですから、いままで以上にエンジンの構成要素を軽くしなければなりません。aFJRでは、ファンとタービンの軽量化によって、既存のエンジンの総重量より10%程度軽くすることを目標にしています。また、ファンの空力効率を1ポイント以上向上させることも目標です。

軽量化だけでなく安全で騒音も少ないエンジンを目指す

インタビューどのようにして軽量化を実現するのでしょうか?

中空CFRPブレードモデル試作品。左側はCADモデル。薄青はCFRP、濃い青が中空部。
中空CFRPブレードモデル試作品。左側はCADモデル。薄青はCFRP、濃い青が中空部。

樹脂製ハニカム構造(左下)の吸音ライナ試作品
樹脂製ハニカム構造(左下)の吸音ライナ試作品

 いくつかあります。まず、ファンの羽根(ブレード)については、すでに複合材のCFRP(炭素繊維強化プラスチック)が使われ始めていますが、内部を中空にして、さらに軽くしたいと考えています。CFRPの中空化はまだどこも実現していませんので、世界に先駆けて成功させたいと思っています。また、回転するファンブレードを支えるメタルディスクについても軽量化を進めます。

 ファンの外側にあるエンジンカバーの内側には、騒音低減のための吸音ライナという、蜂の巣のような形をしたハニカム構造のパネルが張られています。現状は、アルミの材料が使われていますが、それをプラスチックに変えることで軽量化できないかと検討しています。これも世界初の試みです。さらに、吸音ライナを一体成型にして形を工夫することで、もっと音を吸収することができないかといったことも考えています。第一目標は軽量化ですが、それと合わせて騒音低減も狙うというわけです。

 低圧タービンについては、セラミックス基複合材料(CMC)を使って軽量化を図ります。金属の場合は最新の耐熱合金でも限界温度が約1100℃ですが、CMCは1200℃以上ですから、軽いだけでなく耐熱性にも優れています。軽量化に関しては、JAXAの複合材技術研究センターや構造技術グループとも協力して、シミュレーションや実験を行っています。

インタビュー軽量化しても耐久性を保つのは難しそうですね。

 複合材の強度は、メーカーによる技術開発で大きく改善されてきたと思います。けれども、航空機のエンジンには特別な要求項目があって、それを複合材でクリアするのはなかなか難しいですね。航空機に複合材が使われ始めたのは最近ですから十分なデータがないのです。例えば、エンジンのファンの羽根に鳥が衝突するバードストライクがありますが、これくらいの大きさの鳥がぶつかってもファンが壊れてはいけないといった規定があります。金属の場合はこれまでの経験から壊れ方を予想できますが、複合材は作り方を少し変えただけで壊れ方が全然違うなど、予測できないところがあるのです。特に私たちがやろうとしている複合材の中空化は世界初のことなので、技術的なリスクもあります。さまざまな条件下で徹底的にシミュレーションを行い、バードストライクのような衝撃破壊についても壊れ方を予測できるようにしたいと考えています。シミュレーション技術はJAXAが得意とするところなので、設計に使えるレベルまで到達できると自信を持って進めています。

インタビュー開発の現状と今後の予定を教えてください。

空力性能試験用のファン
空力性能試験用のファン

 aFJRは2014年度にプロジェクト化され、今は、衝撃破壊試験やファンの空力性能試験などを繰り返し、さまざまな検証を行っています。例えば、低圧タービンについては、CMCで作られたものに塊を衝突させて、その壊れ方を調べます。CMCのもともとの素材は瀬戸物ですから、パリンときれいに壊れることもあれば、繊維がつながっている部分ではグサグサと崩れるように壊れるなど、いろいろな壊れ方があります。塊がぶつかる場所によってどのように壊れるかというデータを積み上げているところです。引き続き検証を続け、2017年度までには要素技術の性能実証を終える予定です。

子どもの時からエンジンが好き

インタビュー子どもの頃から飛行機に興味がありましたか?

 子どもの時から飛行機に興味はあったものの、身近にある車の方に関心が向いていました。特に車のエンジンが好きでしたが、実は、古い車を大事に乗る父親の影響も大きいんです。今の車はエンジンをかけたらすぐに走り出しますが、その当時父が乗っていた車は、最初にチョークを手で引っ張らないとエンジンがかからないし、エンジンがかかった後も、23分かけてエンジンを温めないとすぐに止まってしまう。エンジンがかかる時に必要な、火花を散らすプラグも時々外して磨かないと動かないなど、本当に手がかかる車でした。でも父はそれを苦にせず、楽しんでいるように見えました。子どもの頃からそんな父の姿を見てきたからか、私もすっかり機械いじりが好きになって。大学4年間は、その父の車を引き継いで乗っていたほどです。大学では航空エンジンの研究室で学び、就職してからもほとんどエンジンに関わっています。ですから私の人生はエンジン漬けなんです!(笑)。

インタビューエンジンの研究の醍醐味は何だと思いますか?

西澤敏雄

 人工衛星のように“作る”要素が強いものと違って、エンジンの場合はある要素技術について追求する“実験”要素が大きいため、研究者的な発想がより強いと思います。実験が成功したから終わりではなく、どうすれば失敗するかも考える。実験がうまくいった理由と、うまくいかない理由をとことん調べて、その因果関係を把握する。そのうえで、「だからうまくいったんだ」と分かったときに、実験の成功を心から喜べるし、研究をやっていてよかったなあと思います。

インタビュー西澤さんが考える理想の飛行機とは?

 音が小さくて、燃費もよく、小さい空港でも離発着できるジェット機ができたらいいなと思いますね。日本の場合、ジェット機が飛ぶような大きな空港まで遠いことが多いですが、小さい空港ならば家の近くにあったりします。JAXA調布航空宇宙センターの飛行場分室の前にも調布飛行場があります。けれども騒音の問題でジェット機が飛んではいけないことになっているのです。ジェット機の騒音がもっと静かになって、短い滑走路の空港でもふわっと浮き上がって、あちこち自由に行けるようになったら、航空機の用途が広がるような気がします。近場の空港からパッと飛んで地方に行けたら、きっと、もっとたくさんの人が気軽に飛行機に乗ると思います。

aFJRの技術で日本の航空産業に貢献したい

インタビューエンジンの開発分野でJAXAが得意とすることは何でしょうか?

研究用に開発されたFJR710エンジン。高度な技術が国際的に認められ、国際共同開発エンジンV2500の製品化に発展。
研究用に開発されたFJR710エンジン。高度な技術が国際的に認められ、国際共同開発エンジンV2500の製品化に発展。

 先ほど申し上げた通り、スーパーコンピュータを利用したシミュレーション技術が得意です。圧縮や燃焼などエンジンの各要素の作動状態をシミュレーションし、その結果に対して、単に良し悪しを評価するだけでなく、なぜそのような結果になったのかという原因を徹底的に追求します。JAXAでは、1967~1975年のFJRエンジンをはじめ、超音速旅客機用エンジンやクリーンエンジンといったエンジンを研究・開発してきましたが、それらのデータ蓄積量は膨大です。そのデータをシミュレーションに反映させることで、シミュレーションの性能を高めてきました。シミュレーションの結果はメーカーの方にも開示し、製品開発に役立てていただいています。

インタビュー最後に今後の夢をお聞かせください。

西澤敏雄

 まずは、このaFJRプロジェクトを成功させること。それが私の目標です。このプロジェクトは、JAXAだけでなく、メーカーや大学などの研究室も一緒にやっていますので、実証実験を終えた後の、実用化の話にもつなげやすいと思います。aFJRが目指す技術はどれも先進的であり、それがどんな設計にも対応できることを世界にアピールできれば、日本の産業振興にも貢献できると信じています。まずは国際共同開発でaFJRの成果を活かしたエンジンが実現するのをぜひ見たいですね。日本では、かつてFJRというジェットエンジンを作りましたが、これはあくまでも研究開発用で、旅客機用のエンジンを丸ごと製品化したことがありません。ですから将来的には、日本の技術を総結集させた、国産エンジン・国産旅客機をぜひ実現したいと思います。

関連リンク:aFJR(高効率軽量ファン・タービン技術実証)プロジェクト

西澤敏雄(にしざわとしお)
JAXA航空本部
aFJR(高効率軽量ファン・タービン技術実証)プロジェクトチーム プロジェクトマネージャ
1984年、東京大学工学部航空学科卒業。1986年、東京大学工学系研究科修了。同年、東京大学教養学部助手。1990年、航空宇宙技術研究所(現JAXA)に入所。1994年、東京大学にて博士号を取得。その後、2009年よりJAXA航空本部ジェットエンジン技術研究センター長、航空本部推進システム研究グループ長を経て、2015年1月より現職。

[2015年2月公開]