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「はやぶさ2」で宇宙探査の道筋をつけたい 小惑星探査機「はやぶさ2」プロジェクトマネージャ 國中 均

7年におよぶ約60億キロの旅を終え、2010年6月に帰還した小惑星探査機「はやぶさ」。その後継機「はやぶさ2」が、種子島宇宙センターからH-IIAロケットによって打ち上げられる予定です。みんなの期待を背負い、小惑星1999 JU3に向かって、いよいよ旅立つ「はやぶさ2」。宇宙大航海への出航を目前に控えた國中均プロジェクトマネージャにお話を聞きました。


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打ち上げはスタートラインに過ぎない

インタビュー「はやぶさ2」の打ち上げが近づき、国民の期待が高まってきましたね。

打ち上げ前の「はやぶさ2」
打ち上げ前の「はやぶさ2」

小惑星1999 JU3と「はやぶさ2」のイメージ図(提供:池下章裕)
小惑星1999 JU3と「はやぶさ2」のイメージ図

 はい。でも、計画通り粛々と作業を進めていくことが技術的な成功の近道だと思っておりますので、応援いただいていることを知りつつも、あまり脇目を振らずに仕事をするよう心がけています。ただ申し上げたいのは、ロケットの打ち上げは、我々にとってはスタートラインに立ったに過ぎません。帰還する2020年まで長いミッションが続きますので、それを正確に成功させ、「はやぶさ2」を必ず地球に戻し、小惑星のサンプルを科学者に届けたいと思います。

インタビュー打ち上げ後はどのような予定なのでしょうか?

 2014年の冬に打ち上げた後、1年間は地球近傍に滞在します。この間イオンエンジンで加速を行い、来年の冬に再度地球に舞い戻り、地球の重力を使ったスイングバイによってさらに加速します。2018年6月頃に小惑星1999 JU3に到着し、1年半、小惑星の上空に滞在します。その間に、小惑星に着陸してサンプル採取を行ったり、インパクタ(衝突装置)を使って小惑星の表面に人工クレーターを作り、内部の物質を採取したりします。また、探査機から小惑星に向かって「ミネルバ」という小型ロボットを3機投下し、それを使った観測も行います。その後、2019年11月頃に小惑星を出発し、2020年11月頃に地球に帰還。探査機から分離されたカプセルだけが地球に戻り、探査機は軌道を変えて再び深宇宙へと向かいます。

インタビュー東京でオリンピックが行われる2020年に地球に戻ってくるのですね。初代「はやぶさ」は、内之浦からM-Vロケットで打ち上げられましたが、今度は種子島からH-IIAロケットで打ち上げられます。それについてはいかがですか?

 今回はH-IIAで「はやぶさ2」を打ち上げるわけですけれども、実は、私の宇宙分野での活動は種子島から始まりました。宇宙科学研究所に入って最初に担当したのがSFUという衛星で、助手として種子島での射場作業に立ち会いました。まさに種子島で宇宙の現場を初めて経験させていただいたので、原点に戻ってこられたという気持ちでいます。

太陽系の過去を知ることだけが目的ではない

インタビュー改めて「はやぶさ2」の目的を教えてください。

「はやぶさ2」の主な搭載機器
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「はやぶさ2」の主な搭載機器
「はやぶさ2」の主な搭載機器
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 目的は3つあります。1つ目は科学的な知見を広げること。小惑星の物質を分析することにより、太陽系の起源と進化、生命の発生のメカニズムとその歴史をたどります。「はやぶさ2」が向かう小惑星1999 JU3は炭素質なので、生命の原材料となる有機物や水が発見されるかもしれません。

 2つ目は、日本独自の深宇宙探査技術を継承、発展させることです。精密な探査機を作ることは、日本の技術力、科学力、産業力の粋を集めて行われるものです。初代「はやぶさ」で起きたさまざまな故障を糧に、さらに洗練された宇宙技術を日本が持ち続けることに意義があります。

 3つ目は、宇宙に人間の活動領域を広げるという、フロンティアへの挑戦です。これには、産業や社会への波及、国際プレゼンスの発揮、青少年育成などの効果が見込まれます。例えば、今後考えられる有人火星探査は一国だけで実現するのが難しく、国際協力のもとで実施されると思いますが、そこで日本がどれだけの技術力を持って貢献できるのか、どれだけ日本の存在感を示すことができるかが重要です。また、宇宙探査は短期間で終わる事業ではありませんから、若い世代の力に頼らざるを得ません。私たちの後を引き継いで、宇宙探査を続けてくれる人材を育てます。

インタビュー初代「はやぶさ」から改良された点は何でしょうか?

推力がアップした「はやぶさ2」のイオンエンジン
推力がアップした「はやぶさ2」のイオンエンジン

 「はやぶさ2」では、初号機の技術や経験を活かし、さまざまな改良が行われています。例えば、イオンエンジンの推力は25%アップし、耐久性も向上しました。マイクロ波放電式のイオンエンジンは長寿命で信頼性が高く、化学推進に比べて燃費が10倍も良いのが特徴です。世界で初めて実用化に成功させたのが初号機ですが、それをさらに高性能化しました。また、初代はX帯(8GHz)の送受信のみでしたが、2号では、Ka帯(32GHz)の送信機能が追加されました。これにより、探査機から地球まで大容量のデータを送れるようになります。そのために、アンテナが1つから2つへと変化しています。ただし、軽量化によって、アンテナを2つ合わせても初代の半分の重さです。そして、初代で実証した自律航法の技術に、地上にいる人間の判断をより多く取り入れるようにしました。具体的には、小惑星から100m以上離れた領域では、地球にいるオペレーターが判断して探査機に命令を送り、100m以下になると「はやぶさ2」が自律的に着陸・離陸します。小惑星1999 JU3は3億km彼方にあり、コマンドに反応して探査機から地球に情報が届くまでに40分かかりますので、探査機が自分でどこに着陸するかを決める必要があります。その着陸も、「降りられる場所に降りる」から「降りたい場所に降りる」へと進化しています。

インタビュー科学的に価値が高い着陸場所を選んで、そこにピンポイントで着陸してサンプルを採取するわけですね。

 初号機はイオンエンジンや自律航法などの工学技術を実証することが目的でしたが、今度は科学目的を十分に満たす探査機にしてほしいという要望が、世界の惑星科学者たちから集まりました。その期待に応えるものの1つが、インパクタです。金属の弾丸を秒速2キロという高速で小惑星の表面に向けて打ち出し、人工クレーターを作って、内部の物質を採取します。小惑星には太陽系誕生の頃の歴史が残っていますが、表面は太陽光や太陽風の影響を受け風化しています。そのため、内部の新鮮な物質を調べるのです。これは、私たちにとって新しい挑戦です。

継続した成果と技術の蓄積が強みとなる

インタビュー「はやぶさ2」の開発を振り返っていかがですか?

國中均

 なかなか予定通りに進まず、とても難しい探査機だったと思います。10年前の初代「はやぶさ」の開発の知見があったにせよ、新しいシステムを作ることはとても大変でした。前回とは開発の環境も変わり、わずかな設計変更でも徹底して図面に反映させてからでないと先に進めないという、厳しい「コンフィギュレーション管理」というルールのもとで作ったので……。そうせざる得ない事情があったにせよ、図面の描き直しだけでも大変な労力が必要で、しかも、打ち上げまでの工期はたったの2年半です。「はやぶさ2」に予算がついて、本格的な開発へ移行したのが2012年春でしたから。目標とする小惑星の軌道などから、最も効率よく到達する打ち上げ時期を算出するわけですが、その2014年冬のチャンスを逃すわけにはいかないと必死で頑張ってきました。この2年半は、いろいろな苦労がありましたので、心やすらぐ暇はなかったですね。でも問題を1つずつ解決して、ここまで難しい探査機を作ることができたのは、関係する企業の方たちも含め、「はやぶさ2」プロジェクトチーム一同の努力があったからです。また、宇宙科学研究所が50年に及び築き上げてきた成果と技術の蓄積も、大きな強みとなりました。いい探査機に仕上げることができたと自信をもって言えます。

インタビュー前回の「はやぶさ」では、國中先生がこっそり仕込んだイオンエンジンのクロス回路が、絶体絶命の危機から救いました。今回は厳しい管理システムのもとで作られたので、そのような自由度はなさそうですね。

「はやぶさ2」下部の衝突装置とターゲットマーカ
「はやぶさ2」下部の衝突装置とターゲットマーカ

 そうですね。だけれども、一部、JAXAが主体で作ったコンポーネントがあるんです。それを「JAXAインテグレーション」と呼んでいますが、それは私たちの手の上で、比較的自由に、創意工夫を盛り込んで作りました。突拍子もないアイデアや技術が満載なので、なかなか面白いと思います。例えば、DCAM3という分離カメラや、人工クレーターを作るインパクタ、2機のミネルバ2がそれに当たります。私はその開発に直接関わってはいませんが、楽しそうだなあと思いながら見ていました。特にインパクタは、国内技術で全部やり遂げていて、この世のものとは思えないほどディープな技術で出来上がっていますから。こういったコンポーネントが、宇宙でどんな活躍を見せてくれるか、楽しみにしていてください。

インタビュー「はやぶさ2」には、みなさんからの寄付金で作られたコンポーネントもあるそうですね。

CAM-Cという、サンプラホーンの先端を撮るカメラです。いただいた寄付金は、地上システムのためにも使わせていただく予定です。たくさんのご支援をいただき、この場を借りて心よりお礼申し上げたいと思います。

インタビュープロジェクトマネージャとして、チームを率いるうえで心がけていたことはありますか?

 「はやぶさ2」は、機械、熱、通信、イオンエンジンなど、いろんな専門的な技術を結集し、ひとつのシステムとして完成させたものです。そのすべての技術に万能な人はおそらくいないでしょう。少なくとも私は、すべての領域に精通しているスーパーマンではありません。ですから、現場の人たちの裁量を最大限、尊重するようにしました。なぜそういう判断をしたのか、まず現場の意見に耳を傾けるようにしたのです。専門知識をもった個々の担当者が、創意工夫を自ら発揮できるような環境をつくりたいと心がけていました。しかし当然ながら、費用やリソースなど決断を迫られるような場合は、プロマネとして全責任を背負う覚悟で、的確に判断をしてきたつもりです。

主体的に参画しなければ意味がない

インタビュー「はやぶさ2」におけるご自身の目標は何でしたか?

初代「はやぶさ」のイメージ図(提供:池下章裕)
初代「はやぶさ」のイメージ図(提供:池下章裕)

 「探査」という概念の道筋をつけたいと思っています。宇宙開発は国家レベルでやらなければならないこと、例えば、災害監視や科学など民間ではなかなか事業として成立しないものは、JAXAが主体的に行っています。一方、民間でもできること、例えば、ロケットや衛星の開発や運用は、企業に引き継いで行われています。そういう意味では、JAXAの活動領域がだんだんと閉塞してきているわけです。でもそれは、JAXAが新しい技術の研究や開発を行うことを目的とした組織なので、致し方ありません。では次に、民間ではまだ手を出せないけれど、事業として成立しそうなことは何かというと、それは「探査」だと思うんです。つまり、限りある地球の資源に頼るのではなく、人間が宇宙で活動する領域を広げる活動のことです。その探査の道筋を「はやぶさ」で示していきたいと思っています。

 特に、小惑星は重力が小さいため、接近したり離れたりするのが楽ですし、着陸できる硬い表面がありますから、火星の有人探査に向けた実験場としてとても有効だと考えられています。その小惑星に行って、着陸して、地球に帰ってくる技術を持っているのは、今この瞬間では日本だけです。「はやぶさ」で実証したことは、まだ世界の誰もやったことがなく、非常に価値が高いものなのです。これは日本が高い技術力を持っている証拠であり、だからこそ今私たちは、世界から協力を求められる立場にあるわけです。その初代の技術を洗練したのが「はやぶさ2」ですから。それを何としてでも成功させ、日本がこれからの国際的な探査事業に、発言力を持って参画できるよう導いていきたいと思います。

インタビュー主体的に参画することに意義がありますね。

 従属的にやるならば、参画する意味はないと私は思います。日本のプレゼンスを保ちながら、主体的に活動できるポジションを取ることが大事で、そのために「はやぶさ2」があるのだと思っています。実は、「はやぶさ2」を2年半という短期間でここまで作り込めたのは、すべて日本主導で作ったからであり、各々の搭載機器の担当者が、「はやぶさ2」の全体像を把握できていたからだと思います。つまり、自分の担当しているものがどういう役割を持ち、どこのコンポーネントと協調しながら何をすればよいかを正しくイメージできていたということです。初代「はやぶさ」で私はイオンエンジンの担当でしたが、自分の仕事だけで精一杯で、全体像が見えていませんでした。エンジンのことは分かっても、それが他のコンポーネントと一つなぎになった時に、何ができるかということまで考えもしなかったのです。全体像をイメージしていたのは、プロジェクトマネージャの川口淳一郎さんだけだったと思いますね。でも「はやぶさ2」では、初代の経験から、日本の技術を合わせれば何ができるかというビジョンをみんなで共有することができました。コストや期間、性能、人材などいろいろな制約がある中で、息を切らしながらも走り抜くことができたのは、みんなが正しいイメージと、高いモチベーションを持って各コンポーネントを担当したからだと思います。

インタビュー「はやぶさ」があったらからこそ「はやぶさ2」がある。まさに、「継続は力を深める」ですね。「はやぶさ」の成功は、国際的な信頼度アップにも貢献したと聞いています。

「はやぶさ2」と小型着陸機「MASCOT」のイメージ図(提供:DLR)
「はやぶさ2」と小型着陸機「MASCOT」のイメージ図(提供:DLR)

 「はやぶさ2」では、前回協力してくれたアメリカとオーストラリアに加え、ヨーロッパとも協力体制を組んでいます。具体的には、NASAが世界各国にもつ深宇宙ネットワークを利用させていただいて探査機のオペレーションを行います。またオーストラリアは探査機が着陸する広大な砂漠を有償で利用させてくれます。そして、ドイツ航空宇宙センターは、「はやぶさ2」に小型着陸機「MASCOT」を託します。「MASCOT」は「はやぶさ2」から分離して小惑星に着陸し、表面に直接触れて観測します。フランス宇宙研究センターが開発した近赤外線撮像分光顕微鏡が搭載され、小惑星表面の鉱物の種類などを調べますので、面白いデータが取れると思います。ところで、先日、彗星探査機「ロゼッタ」の着陸船「フィラエ」が、火星と木星の間にあるチュリュモフ・ゲラシメンコ彗星に着陸したのをご存知でしょうか。この世界初の彗星着陸に成功した「フィラエ」を作ったのがドイツ航空宇宙センターなんです。すごいミッションをやっている人たちと一緒に組み、責任はすごく重いですが、とてもやり甲斐を感じています。

宇宙大航海に挑むのは、新しい発見に喜びを感じるから

インタビュー「はやぶさ2」の先にあるミッションについてはどうお考えですか?

國中均

 個人的には、木星に行くミッションをやってみたいですが、新しい探査機を作るチャンスがあるとしたら、すべて日本製の部品で作ってみたいですね。決まった期間、費用の中で作り込むためには、自ら作るよりも、海外から調達した方が有利な場合はあります。「はやぶさ2」にも海外の部品が取り入れられていますが、それが何かトラブルを起こすと、情報開示の問題もあって、なかなか事が進みません。かつては、イオンエンジンも、アメリカ製のものを購入した方が手堅いと言われたことがありました。しかし、大変でも自分でやることに意義があると思うんです。私は、「はやぶさ」が帰って来られたのは、イオンエンジンをとことん使いこなせたからだと考えていますが、それができたのは自分で全部作ったからなんですよね。海外からの調達品で、ブラックボックスになっている部分があったら、あそこまで使いこなせません。ですから、できるだけすべての部品を国産で作りたいと考えています。

 日本の財政事情を考えると、次のミッションの計画を立てるのは厳しいとは思いますが、それでもなんとか「宇宙大航海」への道を切り開いていきたいと思っています。「はやぶさ」の技術は火星探査にも応用できると思いますし、日本の宇宙技術にはまだまだ可能性があると私は信じています。技術的な根拠と、挑戦できる有能な人材を育て、予算がつけばすぐに開発をスタートできるよう準備だけはしておきたいと思います。

インタビュー宇宙大航海は簡単なものではありません。それでも航海へ出たいと思う情熱はどこから来ているのでしょうか?

 飛行機にしろ、「はやぶさ」のような宇宙探査機にしろ、はるか彼方まで飛んでいくような乗り物を作るということは、縦横無尽に行きたいところに行きたいという願いがあるからだと思うんですね。まずは飛行機で地球上を制覇したので、地球に近い宇宙へ行くロケットを作り、その技術も確立してしまったので、今度はさらに遠くの宇宙をめざす。これは、探究心を持つ人類が歩むべき道です。それにより、これまで見えなかったものが見えてくるということが、究極な喜びであり、だからこそ宇宙大航海に挑むのだと思います。実際、「はやぶさ」が小惑星イトカワに近づいて、その姿を初めて見せてくれたとき、それはそれは楽しかったです。その時の喜びは、今でもはっきり覚えていますね。「はやぶさ2」がめざす小惑星1999 JU3も、まん丸くて黒い物体だとは言われていますが、今はまだ望遠鏡で点にしか見えないので、いったいどんな形をしているのか知りたいです。もしかしたら、小惑星の周りをまわる衛星があったりするかもしれないですし。どんな姿を見せてくれるかとても楽しみです。

インタビュー最後に、みなさんへのメッセージをお願いします。

 「はやぶさ2」は、私たち日本人が自らデザインして作り、自分たちの手で宇宙へと送り出す「船」です。どんな冒険が待ち受けているか誰にも分からないけれど、きっと面白い航海になるはずです。どんな旅をするか、楽しみにしていてください。私たちと一緒にドキドキ、ワクワクしましょう!

國中均(くになかひとし)
小惑星探査機「はやぶさ2」プロジェクトマネージャ
JAXA宇宙科学研究所 宇宙飛翔工学研究系 教授。工学博士
1988年、東京大学大学院工学系研究科航空工学専攻博士課程修了。同年、旧文部省宇宙科学研究所(現JAXA)に着任し、2005年に教授となる。東京大学大学院工学系研究科航空宇宙工学専攻教授を併任。2011年、月・惑星探査プログラムグループ ディレクターを経て、2012年より現職。専門は、電気推進、プラズマ工学で、小惑星探査機「はやぶさ」のイオンエンジンの開発を手がける。

[2014年11月公開] 

  

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